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呪われし民 4

「だから言っただろう。彼らは以前の彼らではないと」


 ザマアミロ。

 仮面の下の唇を歪めながら、ラウラはスーゴに嘲笑(あざわら)った。


「外から来た者はこの地に留まると身体が腐れ落ちるのだ。特にムシもち(・・・・)……ワノトギは酷い。だから、お主やあの男にここには来ぬ方が良いと言ったのだ」


 現れた男女二人は髪がところどころ抜け、剥き出しの頭皮はじくじくとし、痂皮がはり付いている。酷い火傷をしたあとのように、顔、身体中の皮膚は爛れ、ひきつれ、無様にもりあがり、汁が漏れて独特の臭いを放っていた。

 特に女の方は酷く、眉毛と鼻は溶け落ちて無く、眼瞼は垂れ下がり、ほとんど目は開いていない。

 まるで巨大な芋虫のようだ。

 醜悪で吐き気を催す姿であった。


「その二人と気が済むまで話せ。私は少し戻ったところで待っている」


 ラウラは呆けたように立ち尽くしているスーゴに声をかけた。

 スーゴの返事を待たず、ラウラはくるりと背を向けると自らの足跡を辿った。



 * * * * *



 一刻後、待ち構えていたラウラの前に、木漏れ日の中、スーゴがゆっくりと歩いてきた。

 肩を落とし、若干俯き加減のその様にラウラは予想が当たった満足心で呼びかけた。


「彼らはここに残ることを選択しただろう」


 ラウラの当然と投げた声に、スーゴは頷いた。


 ソレミタコトカ。


「何度も説得したのです。ですが彼らの意志は強固で……揺るがなかった。もう、外の世は昔とは違い、変わり始めたといっても……全く少しも」

「外の世は変わらぬ。昔もこれからも、永久とこしえに」


 言い切ったラウラの顔を背の低いスーゴが力なく見上げた。


「彼らが外の世に戻れば、彼らの身体は多少元に戻るのでしょうか?」

「知らぬ。ああなってから、再び外の世界に戻る輩が今まで誰一人としていなかったのでな。外の世から来た者は皆、ここを出たがらぬのだ」

「何故……理解出来ませぬ。あのような姿になってでも彼らはこの地で生きたい、と言う。それが彼らは……決して貴女たちに唆されているわけではなく……彼ら自身の強い希望であるのが……私には全く理解出来ませぬ」

「それが本来の人の生き方であるからだろう」


 ラウラは目の前のスーゴを含め、外の世界のもの全てに対しての侮蔑を込めて言い放った。


「お主ら、外の者は全てを忘れてしまったのだな。かつて、我らはもともと一つの同族であったことを。太古に九つのムシ(・・)……『異物』がこの地に舞い降りたとき、奴らと契約を交わしたのがお主ら一族であり、そしてそれを拒否したのが我ら一族であることを」

「契約?」


 問うスーゴを見下げて、ラウラは言葉を続けた。


「人は死ねば天に帰る、それが自然の理だ。その理に反し、お主らは九つの異物と奴らが支配する大地に自らの命を委ねる契約を交わしたのだ。異物の持つ人知を超えた力を得る代わりに、自身の一族の魂を未来永劫、この悪しき島と異物に売り渡した」


 ラウラは仮面の下でスーゴを蔑んだ。

 彼が何も知らなかったとはいえ、胸から込み上げてくる嫌悪感は止まらなかった。


「同胞の中で生贄を選び、異物を寄生させる。奴らの力で自然の力を欲しいままに操り、この島の理を捻じ曲げ続けた。お主らのせいで、この島のいくつかの種が滅んだのをお主らは知るまいな。……お主らは生来の人としての生き方を捨てた卑しき民だ。仲間を売るなど。反吐が出る」


 苦々しく言葉を吐くラウラをスーゴは愕然と目を見開き、見つめる。


「そのくせ、たまにキルゼとロランゾのような輩が外から現れる。今更、虫が良すぎると思わぬか。もう、お主らはあとに戻れぬと言うのに。理に反したお主らは外の世でしか生きられぬ、我らの聖地では身体が腐れ落ちるというのに、聞こうとせぬのだ」


 くっ、とラウラは仮面の下で小さく笑い声をたてた。


「だがそれでも我らは彼らを受け入れ続けてきた。彼らがあまりにも哀れであるからだ。特にムシもち(・・・・)……お主らの言葉でワノトギと呼ばれる者たちだな……彼らは異物に卵を植えつけられたのも同じ、異物の子供同様。それと知らずに己の身体を削り、同胞の魂を滅し、外の虚構の理を守り続けていると言うではないか」

「……それは……もしや悪霊を滅することを指しているのですか」

「悪霊? あはぁ、お主らはそう呼ぶのだったな。それは、異物にとって都合の悪い魂というだけだ。本来の道を見出した魂たちのことだ。……お主らが呼ぶ死霊、悪霊というのは稀な強い魂がなるのだろう。善悪を悟った強い意志を持つ魂、強い想いを抱いて死した魂、は強固となる。そういう魂は生温いゆりかごに囚われ懐柔されていた自身に気がつき、それと知らず呪縛から逃れようとするのだ。正常な理に自然と戻らんとする健全な魂だというだけだ。……それが、お主らの世界ではとち狂った存在だとされ、同胞のムシもち(・・・・)にて滅ぼされるというのだからなんとも哀れな話ではないか。……健全な魂――死霊と呼ぶのだったな――死霊に憑かれた外の者はこの地に来た者のように身体に爛れた印が出来るのであろう? それが証拠だ。死霊は同胞の魂を取り込み、共に呪縛から逃れようとする。それをムシもち(・・・・)たちは、捕らえて再び呪われた大地へと戻しているのだ。真実も知らず、異物の手先となってせっせと魂を大地に封じ込めているのだろう?」

「神霊……異物とはなんなのですか、ラウラ殿。我らの何と引き換えに奴らはこの世に存在しているのですか」

「私にも詳しくはわからぬ。ただ、お主らの存在がなければ、奴らも存在出来ぬ、ということだ。お主らの想い、魂……それを取り込むことによって奴らは生き永らえている寄生虫よ。我らは奴らをムシと呼んでいる。果実に食らいついて甘い汁を吸う虫と同じだからな……汚れた大地に溶け込んだお主らの魂を奴らは常に摂取しているだろうが。気づかぬのか? ……器と呼ばれる生贄が唯一口にするものがあるだろうが?」


 その事実にスーゴは長く嘆息した。


「なんと……マスカダインか」

「あの果実を媒体にして、お主らと異物は長い間、共存してきたのだ。どちらを失くしても成り立たぬ。生きられぬ。それがお主ら一族の選んだ道」


 ラウラは言い放つ。


「……だが、今となればお主らの選んだ道が正解であったのだろう。現状を見よ。どちらが正しかったのかは一目瞭然。お主らは栄え、我らはもうすぐ滅びる。ああ、確かにお主らの選択が正しかったのであろう。……かつて、お主らと領土を二分したはずの我らはこの島の隅に追いやられ、潜むだけだ。ムシが支配する汚れた大地が広がり、島のほとんどを占めてしまった。聖なる土地はこの森に残されるのみ。ザンギ一族の血は濃くなり過ぎて、赤児は腹の中ですぐに死ぬ。子供はまともに育たぬ。お主らとは相容れず、滅多なことでは血は混ぜられぬ。……我らは近い将来、滅ぶだろう」


 ラウラは言ったあと、森の奥――ザンギの一族が住む里へと目をやった。


「……だが、我らの選択が間違っていたとは我らは決して思わぬぞ。お主らのように、理を曲げ、生贄を出してまで、生きたくはない。そんな恥ずべき、あさましき生き方は我らには到底出来ぬゆえ」

「ならば……」


 スーゴは頼りなくラウラを見上げ、小さく呟いた。


「ならば。……我らはどうすればいいのですか」

「どうも出来ぬ。どうにもならぬことなのだ。お主らは自身の理で生き続け、我らも我らの理で生き続けるしかない」



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