呪われし民 3
背後のスーゴが自分の臀部を凝視してるのを感じる。笑いそうになるのをこらえて、ラウラは森の奥へと歩き続けた。
それにしても自分はどうかしている。外の者を中にすすんで引き入れようとしているなんて。全てはこの男の顔が魅力的なせいだ。
スーゴが森を歩くのを慣れていない様に、ラウラは歩きやすい道を選び、立ちはだかる木々の枝をたびたび折ってやった。スーゴは礼儀正しく礼を言い、ラウラに話しかけた。
「ラウラ殿。貴女たちザンギの民はどうして外に出ようとはなさらないのか」
「……私とお主らは相容れないからだ。そして、ここが我らの住処だから」
ソンナコトモ、 シラヌノカ。
スーゴの問いにラウラは呆れた。
外の者たちはそんなものなのかもしれない。
自分たちの世界は依然として太古からそうであったのだと思っているのかもしれない。
「ならば、貴女たちは一体どのようなものを食していらっしゃるのか」
「お主らとそう変わらぬだろう。獣肉に川魚、木の実や山芋などだ。山の恵みは豊かだ。我らが山の生き物と分け合えるぐらいはある」
「なるほど。書いてあったとおりだ。いえ、実はザンギの一族については多少、知識があるのです。昔、文献を……」
「ブンケン?」
「あ、いえ。……貴女たちの話を聞いたことがありまして。その中でも驚いたのが、その……貴女たちは伴侶を定めない文化だとか」
「ああ、知ってる。何故か外の者は一人の男と女で番って生活するのであろう。我らは違う。男は全ての女と寝ようとするし、女はその時に好きな男と寝る」
「それで争いは起こりませぬか」
「争い? 何がだ」
「好きな相手が他の者と仲良くしているのを見て、腹をたてる者が居らぬのか、ということです」
「腹をたてることなどないが」
フシギナ、コトヲ、イウ。
ラウラは立ち止まった。
実を言うと、ラウラ自身は処女であり、そういうものがどういうものか実際によく分かっていない。
だから、その状況の感情などラウラ自身は想像もつかないのだが、ザンギの一族でそれが原因で諍いが起こったというのは今までに見たことも聞いたこともなかった。
「例えば、好きな女が自分と違う男の子供を産んでもその男は嫌ではないのかと」
「子供が誰の子か分からないからいいのだろう。男は自分の子かもしれないとみんなが子供を大事にする」
「まあ……そういう考え方もありますな」
それにあぶれたのはこの自分だ。
父親の正体が判明していたラウラは、子供時代、父親格の男たちから他の子供たちとは違う待遇をされたことを覚えている。
「キルゼとロランゾは、我らの一族の住処からは少し離れたところに住んでいる。二人とも、お互いをハンリョと決めたということでな。まあ一族のだれもあの二人に手を出すことはあるまいが。ああ、先の冬に子供が生まれたぞ」
「子供! それはめでたい。 それを知ればキルゼの両親はさぞ喜ぶでしょう」
明るいスーゴの声にラウラは心の中でもやもやとした思いが渦巻いた。
キルゼとロランゾの選択に対しては他人事であり、この自分がとやかく言うことではない。しかし、どうしてもその子供だけにはラウラは特別な感情があった。
スーゴの知識欲のままの質問に答え続けて、ラウラは森の奥へと彼を導いた。
スーゴはラウラが今までに会ったどの男よりも落ち着いて格式ばった話し方だった。彼の口調が与える雰囲気にラウラは新鮮さを覚え、胸の奥がときめくのを感じた。
やがて、数十本もの柱を組んで立てかけ、毛皮をはった天幕式の住居が見えてきた。
族長ともなると木造の高床式の家となるが、ザンギの一族はほぼこのような住居に住む。
キルゼとロランゾの二人の住居はザンギの一族が好意で作ってやったものだった。
「中に居るだろう……キルゼ、ロランゾ!」
ラウラは家に向かって多少弾んだ心待ちで呼びかけた。
捜していた二人の男女の姿にこの男、スーゴがどのような反応を見せるのか。
それを想像して、ラウラの胸に悪戯心のような嗜虐的な暗い喜びがわき起こったのだ。
間を置いて、男と女の二人が姿を現した。
ラウラが見守っていたスーゴの身体がびくり、と揺れ、その後は硬直した。
「……これは、どういうことか、ラウラ殿」
しばらくして吐かれた、スーゴのかすれた声と想像どおりの反応にラウラは非常に満足した。
「……彼らは病気なのですか」




