呪われし民 2
ラウラの言葉に、大男にしがみついていた小男が突き放すようにして大男から離れ、ラウラに向き直った。
「ジャン……いや、ザンギの民よ。我々は聞きたいことがあるのだ」
ホウ。
ラウラは仮面の下で口元を緩ませた。
この男、威張っているように見えて中身は臆病かと思いきや、そうでもないのか。
小男が上、大男が下、の立場は最初の印象どおりらしい。
ラウラは男の顔立ちから、湧いてくる好ましい感情が抑えられなかった。
「三年前にこの地に来たと思われる男と女の二人連れを探している。どうか教えていただきたい。……私は、ロウレンティア紫神殿のスーゴ中級神官。隣にいる男はワノトギのアルバトロスと言う」
ヤハリナ。
ラウラは仮面越しにアルバトロスと言う名の男を頭の先から足先まで観察した。鬱陶しいほどの圧倒的な煌々しさを感じる。
そのあいだ、隣にいる小男のスーゴが自らの身体の上にチラチラと這わせる視線も感じて苦笑した。
ザンギの一族の衣装は粗野で、外の者たちが着ているものと比べると露出部分が多い。
ラウラの剥き出しの二の腕と太腿、盛り上がった胸の谷間にスーゴという男は惹かれたようだ。
コノオトコ、オンナニ、ウエテイルノカ。
嘲笑ったラウラだったが、男の顔立ちを考えればそれは当然かもしれない、とすぐに思い直した。
それに比べて、アルバトロスという男にはラウラに対してそういう興味は一切無いようだった。童子のごとく清らかな瞳でラウラを見つめているだけだ。
舐めるような男の目に、ラウラは慣れていた。男の気を特にそそる身体を自分は持っているのだということをラウラは分かっていた。
これまでにも、外の男がこの地へ迷い込んで来た時、女一人だからと、相手の昂りのままラウラは突然押し倒されたことが何度かある。
そのたび、相手はラウラの正体に気づいては逃げ去っていくのだったが。
「男の名前はロランゾ。女の名はキルゼです。若い男女二人連れです」
「その二人なら知っている。今でもここにいる」
「本当か!」
ラウラの言葉にスーゴは息を大きく吐いた。
「やはりそうか。来た甲斐があった……二人に是非会いたい。会わせてはくれませぬか、ザンギの……」
「私の名はラウラ」
「ラウラ殿」
ラウラはスーゴの低い姿勢も気に入った。
外の者は明らかに自分たち一族を下にみた態度を取る者が多いからだ。
「会わせてやらぬこともないが……おぬしらは、彼らの知り合いか?」
「いえ。彼らの家族の要望を受けて、彼らを探して来たのです。キルゼという女の父母が心配している」
「なるほど」
ラウラは暫し黙った。
「彼らは我が一族に帰化した。その父母の元に戻ることは無いと思う。 ……以前の彼らでは既に無いのだ。それでも、おぬしらは二人に会うか」
スーゴは短く考えて言葉を返した。
「私の説得に彼らは応じるでしょう。彼らがここへ来た時とは今は状況が変わっております」
「……無駄だと思うがな」
ラウラの言葉にスーゴがあからさまにムッとした。
カワイイ、とその表情にラウラは心の中で微笑んだ。
外から来た者で自分がここまで好ましく感じた者は、この男が初めてかもしれない。
だから、これまでは起こそうとしなかった事例を自分は起こそうとしているのかもしれない。
ラウラはいまだかつてない感情に驚いていた。今まで、外の者には嫌悪と侮蔑しか感じなかったのだが。
相手の外見が普段より違うだけで、ここまで自分の感情も変わるとは。自分でも無節操だと思った。
「なら、ついてくるがいい。案内する……隣の男はどうする。怖いならここに居た方が良い。お前はワノトギなのだから」
ラウラは自分とスーゴのやり取りを見守っていたアルバトロスに声をかける。
アルバトロスとスーゴは顔を見合わせた。
「ワノトギがこの先へ行ってはならぬ理由があるのでしょうか」
アルバトロスを心配するようなスーゴの声に、ますますラウラはスーゴを気持ちよく感じた。
「ワノトギだけではないが。本来、お前たち外の者がこの先に立ち入るのは良くないのだ。……一人では心許ないか? 私がいる。悪いようにはしないが。それでも怖いか?」
からかうように言ったラウラの言葉にまたもやスーゴはムッとした表情を隠さなかった。
ラウラの心の中でなんだか楽しくて素敵なものが飛び跳ねた。
「いえ。そんなことはありません」
ほ、ほんとに行かれるのじゃか? スーゴ大先生、と聞くアルバトロスにスーゴは頷いた。
「もし、私が戻って来なければ、お前が紫神殿に戻ってヨシュア様にそう報告しろ。キルゼとロランゾの二人はザンギの一族で存命だと、キルゼの両親に伝えてやれ。それでお前の仕事は終わりだ、アルバトロス。わかったな。次にはヒヤシンス神殿に仕える仕事が待ってる。心してかかれよ」
「そんなあ。絶対、帰ってきてくれじゃあ!スーゴ大先生」
アルバトロスがスーゴの手を握りしめた。
「オイラ、キラリちゃんの話の続き、待っとるけえの。ね、ギンコちゃんとカンコちゃんの冒険もまだ途中だが、スーゴ大先生。オイラ、あのお話が終わらないと気になって夜も眠れないじゃき」
「うむ、分かっておる」
うんうん、と何度もスーゴは頷いてアルバトロスの手を握り返す。ラウラはむき出しの二の腕をぽりぽりと掻きながらそれを見守った。
見ようによっては至極心に訴えるような、感動的な別れが目の前で披露されたあと、スーゴがラウラに向き直った。
「ならば、ご案内をお願いいたします、ラウラ殿」
「わかった、私についてくるがいい」
ラウラは若干、浮き立つような気持ちを抑えて、スーゴを森の奥へと誘ったのだった。
ちょっと黒背景が似合わないような話でした。




