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呪われし民1

 ラウラは森に侵入した異物の息遣いを感じ、目覚めた。

 柔らかな苔や鳥の羽毛、獣の毛皮を敷き詰めてつくった寝床から這い出し、木の上にあるその住処から、眼下に広がる鬱蒼とした濃緑の海に目を凝らす。

 もちろん、ラウラにその異物たちが見えるはずもない。しかし、その存在は感じる。


 早朝の靄がかったような暗い青の世界。

 頰を撫でる風はひんやりと冷たく、鳥たちもまだ目覚めてはいない。


 ワレラノ、スミカヘト、ヨクモ、アノハジシラズドモガ。


 豊かな臀部から続く、細く締まった腰の上は張りのある若い娘の乳房だった。その肌はみずみずしく滑らかで、やや褐色を帯びている。

 真っ直ぐなその長い脚を折り曲げて、ラウラは全裸の肌に、寝床の傍らへと置いていた衣をくぐらせる。この森の獣たちの毛皮を繋ぎ合わせて作った衣だった。

 細かく波打つ黒髪を振って背中に流したのち、衣の隣に置いてあった木片の仮面を顔に取り付け、縄で頭の後ろでくくり付ける。

 木片には目鼻の位置に穴を開け、墨で精霊をかたどった模様が描かれている。初めて見たものに恐怖心を与えるであろうことは間違いなかった。


 ザンギの一族の領土に来た侵入者を追い払うのは、この十年、ラウラの仕事だった。

 この自分が一族の誰よりも役目を果たすのに相応しいからだ。

 裸足で木を速やかにつたいおり、柔らかな落ち葉の敷き積む大地に立つ。


 前回は半年前。

 木の実、茸を採集に来て森の奥深くへと迷い込んだ老婆だった。

 ラウラは老婆を森の外れまで案内してやった。

 今回の侵入者は明らかに我らの領土へと望んで近づいているように感じる。

 人数は二人。


 ラウラは三年前のことを思い出した。

 男と女。

 彼ら二人は迷いながら、頼りなげに、しかしはっきりとした意志を持ってこの地へと来た。


 今回の二人はどうなのか。


 ラウラはその二人の気配を頼りに、深遠の緑の中へと足を踏み出した。――




 ラウラの一族、ザンギはマスカダイン島のヒヤシンス南部に広がる森林に住む。

 ほぼ自給自足の生活をしており、森に自生する山芋、果実、木の根、獣肉、川魚などを食していた。

 森外れにて「外」の者と毛皮で交換した塩を手に入れることもあったそうだが、現在は行われていない。



 ……ミツケタ。


 早々に、ラウラは声のする方角に向かった。

 騒々しい声だ。

 どうやら男の声であるようだが。

 女でもないのに何をそんなに騒いでいるのか。

 不快に感じ、ラウラは仮面の下の眉をひそめる。

 ザンギの一族は音を立てずに歩く術を得ている。


 陽が昇り、視界が明るくなるにつれ、ラウラはそろそろと侵入者たちの近くへと慎重にすすんだ――




「いやじゃあ、スーゴ大先生!」


 図体のでかい白金の髪をした男がいやいやをするように首を振って、必死に傍らの小男から離れようとしている。


「この先はいけんのじゃ! オイラはここで待ってるじゃき」

「何を言うておるのだ! まだ、ジャンギの姿すら見えぬのに、情けないことを言うな! どうしたのだ、いきなり!」


 大男に背伸びするようにしてつかみかかる小男の顔を低木の繁み越しに見て、ラウラは仮面の下の目を見開き、唇の端をあげた。


 オモシロイ。

 外にもあのような者が居ようとは。


「怖いんじゃあ! ここはヘンなところじゃき。ナトギがおらん。ひとつもおらん。オイラの声が届かん。ここまで飛んできてくれんのじゃあ!」

「なにを……」

「オイラにトギちゃんの声が聞こえんのじゃ! ひとつも聞こえんのじゃき。こんなことは初めてじゃあ。これ以上先に進むのはやめるんじゃ、スーゴ大先生」


 ナルホド。

 でかい図体の男は、ムシもち(・・・・)か。


 ラウラは納得する。


 しかも相当なムシもち(・・・・)だ。それならば、この地に対する恐怖の程度もこのように大きくなろう。


「アルバトロス! 気をしっかり持て! 私一人で行かせるな。わざわざお前を連れてきたのは意味があるのだ。私にもし何かあったらどうするのだ! お前は強い。殺そうとしても死なん。だから連れてきたのだ!」

「じゃけえ、無理だが、スーゴ大先生! オイラ、ここでは力が使えん。チム=レサ様のお力が使えないと言うとるんじゃ。トギちゃんの声もだから聞こえないんじゃき。オイラは何も使えねえ。ワノトギじゃなくなったんじゃき! だから、スーゴ大先生を守れないと言っとるんじゃき!」

「なんだと?」


 ラウラはわざと音が鳴るように、繁みを揺らして立ち上がった。


「その男の言うとおりだ。今すぐ、この地から立ち去れ、囚われし者よ」


 ヒャア、と声をあげたのは意外にも大きな男に抱きついた小柄な男の方だった。

 怯えたその男の顔立ちにラウラは親しみを覚えた。


「ジャ、ジャンギさんじゃが?」


 小柄な男を抱きとめながら、白金の髪の男が目を丸くしてラウラを見つめる。

 先程まであんなに怯えていたのが嘘のようだ。男の目は非常に澄んでいて、その眼差しにラウラは多少の居心地の悪さを覚えた。


「ザンギとも呼ばれる……どちらでも良いが」


 ラウラは一歩踏み出した。


「早く、去ね。この先は我らの住処。踏み込むことは許さぬ」












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