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失踪者7〜キルゼの行方〜

「望んでお二人は、器と眷属の関係になられたというのか」


 スーゴは思わず声を出した。

 そして、先代の器は眷属の寿命に合わせて早期に代替わりしただと。

 過去にこのような例があっただろうか。


 しかし器と眷属の関係を鑑みれば、イサークとサネルヴァの二人は理にかなっているようにも思えた。


「スーゴ様! こちらに過去百年間、神殿に来たものの記録が。参拝者、試練に成功した者、失敗した者、ワノトギになった者、すべての詳細が日付と共に記してあります。数年前に聞こえが悪くなられる以前はその者たちの名前も」

「でかした!」

「早速、記録に既存のワノトギを照らし合わせます」

「素晴らしい。これで、神霊フラサオの欠片を持つワノトギはすべて把握したようなものだな」


 若い神官の報告に喜びの声をあげたスーゴを見て、アルバトロスがにこにこと笑った。


「イサーク様はスーゴ様と同じ匂いがすると思ったんじゃ。今、気が付いたが。あれは、墨と木片の匂いだったんじゃねえ」


 イサーク様のお部屋には木片と木簡がいっぱいだったじゃ。お話しをたんと書いてらっしゃるじゃき。


 しゃべり続けるアルバトロスの話も気になったが、スーゴはそれよりもイサークの書状の続きの方が勝り、再び目を木簡に戻した。




 ~しかし、やはり私とサネルヴアは共に老體(らうたい)ゆゑ、他の器、眷屬(けんぞく)とは勝手が違ひ、上手くいかぬやうです。飮み食ひ、排泄をせずとも平氣な身體(からだ)になつたことはお互い介護の心配もなく非常(ひじやう)感謝(かんしや)しておりますが、耳の衰え、足腰の痛みだけはだうにも出來ませぬ。

 ことに、神殿の荒れていく樣は心苦しく思つておりました。

 此度(このたび)、アルバトロス氏からいたゞきました有難い申し出(まうしで)には、私もサネルヴアも愁眉(しうび)を開く思ひでおります……



「……アルバトロス、お前はフラサオ様に何か致すと申したのか」


 スーゴは文書から目を外し、隣に立つアルバトロスを見やる。


「あい、御殿のお掃除をオイラがしちゃるて言ったじゃ。あと、お二人のお耳が聞こえませんけえ、今度から神殿に来た人の話はオイラが書いて伝えますじゃ、て約束したんじゃき」

「何を勝手なことを……!」


 笑顔で答えたアルバトロスにスーゴは目くじらを立て怒鳴りつけた。


「ヨシュア様のお伺いも立てずに……! 馬鹿か、おまえは! まだ仕事も終わっとらんだろうが!」

「ええ、駄目なんじゃき? オイラの役目はヒヤシンス神殿を浮かばせて、中におるフラサオ様に聞くことで終わりなんじゃなかったかねえ」


 分かっておるではないか。


 ぐう、とスーゴは詰まった。


 思ったより、アルバトロスは物事を理解しているらしい。

 此奴は賢いのかそうでないのか分からんな。


 かと思うと、


「はよせんと、亀さんが可哀想なんじゃ、スーゴ大先生。サネルヴァ様は生き物が大嫌いなんじゃき。さわれんから、全部足で蹴つりつけなさるんじゃあ。亀さんの甲羅がそろそろ割れてしまうんじゃき」


 スーゴには意味不明のことをアルバトロスは懸命に述べる。


「アルバトロスがここでそうするんなら、わしはお役ご免じゃのう。アルバトロスと交代するじゃき。わしはアティファに会いにダフォディルに帰るけえの」


 聞いていたリュウが嬉しそうに顔をほころばせた。


「ま、まてまて。話を早急に進めるでない。全ては、ヨシュア様のご意向を伺ってからだ……」

「ヨシュアさんにはさっきもうナトギに伝言を頼んだんじゃあ。フラサオ様のお手伝いをしてもいいかねえ、ということと、居なくなったキルゼしゃん、という女のひとはワノトギになっていたことをねぇ」

「なんだと!?」


 意外に此奴(こやつ)、仕事が早いではないか。

 いやいや、まずそれは筋を通してからだろうが。

 どうして、私への報告より先にヨシュア様に連絡をするのだ。

 順番をすっ飛ばされたことに苛立ったスーゴだったが、間を置いて、アルバトロスの言葉の重要性にやっと気がついた。


「まて、キルゼという娘はやはりワノトギになっていたのか?」

「スーゴ様、こちらにイサーク様のお答えが」


 若い神官が、スーゴがアルバトロスに渡した箇条書きの木簡を開いて手渡した。

 急いで、スーゴは内容に目を走らせる。



 ~御質問にお答ゑいたします。

 三年前、こちらにキルゼといふ死靈しりやうつきの女性がコトトキと二人連れで神殿に來ました。その頃はまだ私は耳が聞こえておりまして、彼女のこともよくおぼえております。

 彼女は試練に成功し、なおかつワノトギとなりました。彼女は髮と目が眞つ靑に変色し、一目でワノトギと分かる容姿やうしとなりました。しかし、あはれにも靈力(れいりやく)を見るに、彼女は非常(ひじやう)脆弱(ぜいじやく)なワノトギでありました。

 その頃、アマランスの方ではザヤの疫病(えきびやう)が始まつておりまして、私の缺片(かけら)を持つワノトギが一人、死したところでした。ワノトギが死せば、缺片は私へと(かへ)ります。器の私には缺片を渡したワノトギたちの末期(まつご)樣子(やうす)が伺えるやうになつております。死したワノトギは脆弱(ぜいじやく)なワノトギであり、惡靈頽治(あくりやうたいじ)で命を落としたのではなく、哀れ(あはれ)にも此先強いられる惡靈頽治の苦痛を悲觀しての自決でした。

 私は彼女の行く末を憂えました。死したワノトギと同じ道を彼女が辿るのではないかと。此まゝ、人の世に彼女を(かへ)せば、彼女を殺すのも同然(だうぜん)だと。


 私はそのとき、彼女に話したのです。

 ヒヤシンス南部の未知の民の話を。

 コトトキにて島の巡囘中(じゆんかいちゆう)、耳にした話を。

 神靈が此島に降り立つ以前から、太古の森で生活をつづけてゐる民の話を。

 彼らはザンギと呼ばれ、人前には滅多(めつた)に出て來ない。話によれば、彼らは我々とは異なる體躯(たいく)、文化、價値觀(かちかん)を持つており、ワノトギ、神靈にらない生活をしてゐると。

 彼らの正體(しやうたい)を知りたくも年のためそれが叶わず、ずつと私の心に引つかかつておりましたのも、彼女に話したゆゑんでありませう。

 彼女が身を隱して生きるのならば、その場所が相應(ふさわ)しいのではないのかと私は考へたのです。




「ザンギ?……おい、お前はヒヤシンス出身だろう。ザンギというヒヤシンス南部にいるその名の一族を知っているか?」


 スーゴは若い神官に目を向けた。


「……ジャンギ、のことでしょうか、それは。私は目にしたことはありませんが、野蛮な民です。彼らは森から出てこない。幻の山の民、とも呼ばれております。南部の森外れに住む私の祖父が昔、彼らと物々交換をしていたという話を聞いたことがありますが。なにしろ、獣のような人間だということで。毛皮を纏い、終始、仮面をかぶっている薄気味悪い奴らだと祖父はこぼしておりましたが」


 スーゴは記憶を辿った。

 紫神殿に置いてあった風土記に、そういえばちらりとそのような民の話が載っていたような気もする。




 ~彼女がその民のもとに訪れたのかは分かりませんが、私が云へる心當(こころあ)たりと云へばそれだけです。

 アルバトロス氏の話を聞けば、近年、脆弱なワノトギを紫神殿が保護する動きになつてゐるとのこと。ありがたいことです。彼女のやうなワノトギも保護してくださることをせつに願ゐます。

 時代が変わつたことに萬感胸(ばんかんむね)に迫る思ひです。





「スーゴ大先生、ヨシュアさんのお返事をトラヒコ兄さんがたった今、ナトギで送ってきたじゃあ。『スーゴ大先生に任せる』じゃて」


 アルバトロスが弾んだ声でスーゴに話しかけた。


「アルバトロス……私はお前がここに居を構えることは賛成だ。確かに読み書きできるワノトギは貴重でお前が適任だと思う」


 スーゴはアルバトロスに身体を向けて答えた。


「しかし、お前はレグロワノトギだ。第一の役目は悪霊退治だということを忘れるな」

「わかっていますじゃあ。此処にはおりますけれど、ナトギで連絡が来た場合には、一番に悪霊のところへオイラが駆けつけますじゃき」


 アルバトロスはどん、と厚い胸をたたき、真面目な顔で頷く。


「なら、ここに居て、フラサオ様のお手伝いをしていいかねえ、大先生」

「いや、それはこの仕事が終わってからの話だ」

「へっ?」


 アルバトロスは虚を突かれた声を出した。


「キルゼという娘を探すまでがこの仕事だ。それが済むまではお前は私と共に居ろ」

「あい、わかりましたじゃ」


 アルバトロスの返事にスーゴはホッと胸を撫で下ろした。


 ザンギという訳の分からない一族のもとへ単身踏み込むなど、怖いに決まってるではないか!


 それがスーゴの本音だった。


「スーゴ大先生、あとねえ、サネルヴァ様からもいろいろ言付かってきたんじゃあ」

「何をだ」

「イサーク様ねえ、ぶどうのマスカダインが昔からお嫌いなんじゃと。生も干したのも駄目なんじゃて。みんながみんな、供物でマスカダインを下げてくるものだから、嫌気がさしとるんじゃて。これから、マスカダインは要らぬとみんなに申し渡すようにと言ってらしたじゃ」

「ことごとく、神霊の器らしくないお方なのだな、相分かった」

「ほいでねえ、イサーク様はお話が大好きなんじゃって、スーゴ大先生の書いたお話や他の方の書いた新しい神官さんのお話が読みたいんじゃて。代わりにイサーク様の書いたお話と交換するけえ、神殿のお話をいくつか欲しい、言うてらっしゃるんじゃき」

「それは願うところだ。早速、写本させてこっちに持ってこさせる。紙も墨も持ってこさせよう。イサーク様の時代はまだ紙がなかった。存在をご存じないかもしれぬ。さぞかし、喜ばれるだろう」


 紙が発明されたのはここ十年ほど前の話である。あまり手に入らない貴重なものであるし破れやすいものであるから、スーゴは持ち運ぶにはかさばるのが難点であるものの、丈夫で削って何度も使える木簡を使用していた。


「イサーク様の新たな文書を読めるなど願ってもないことだ。こんなところまで来た甲斐があった」


 もう既にこの世には存在しないと思っていた偉人の存命を知り、なおかつ、かの方の新作を拝読できるとは天にも登る心地である。加えて尊敬している文士に自分の作品を望まれるなど、光栄の極みだ。

 ほくほくと有頂天で満たされた承認欲求に浸っていたスーゴだったが、ふと胸にわいた不安にアルバトロスに問うた。


「ところで、アルバトロス。お前は私のことをなんとイサーク様に申したのだ」

「ええ、そうじゃねえ、スーゴ大先生は中級神官で、ミラルディしぇんしぇいの授業の教科書を書いてくださるのですじゃ、とねえ。あとはオイラがお話しをしてくれじゃあと頼んだら、すぐに面白いお話しをしてくださるすごい方じゃ、とねえ」

「ほう」

「あとねえ、すごぉく、イサーク様とサネルヴァ様が驚いてらしたが。スーゴ大先生がいっぱい書いてらっしゃるあのお話をねえ。男の人と女の人のはちみつつぼとかきまぜぼ」

「馬鹿者がああああああああ!」


 火が出るかと思うほど真っ赤な顔でスーゴは怒号し、アルバトロスに飛びついて白目を向くまでその首を絞めつけた。














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