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ゴウテツヤマクマゴロウ組 (中)

 ――どうして、こんな事態になっているのだ。


 スーゴ下級神官はがんじらめにされた自らの体を見下ろし、すぐ隣に転がるヨシュア上級神官に目を移した。

 市場でガラの悪そうな男たちに絡まれたと思ったら、ここまであっという間だった。


 一体、どういうわけなのだ? 訳が分からない。

 ヨシュア様はこの荒くれ者集団『ゴウテツヤマクマゴロウ組』とすでに知り合いだったのか?

 どうしてそんなことを私にヨシュア様は黙っていたのだ。


 疑問と苛立たしさを覚えながら、スーゴはここに来るまでに至る過去を思い出していた。――


 * * * * *


『もし大神官になれば、おいそれとは神殿を出られなくなると思うから』


 ヨシュアがそう言い出したのは神官選挙を目前に控えたユシャ・ルア(冬のひと月)のことだった。


『ダフォディルでしたいことがある。君も来てくれないか。君は交渉が上手そうだから』


 ヨシュアが口にした名前、ダフォディル北部に巣くっている特殊なワノトギ集団『ゴウテツヤマクマゴロウ組』の聞こえは高く、その存在はもちろんスーゴも知っていた。


『なるほど。馬鹿なワノトギ代表であるあの軍団をとりあえず抑えるわけですな。ああいうのを真っ先に潰すとこの先の仕事は確かにやりやすいでしょう』


 だが、神官選挙を控えたこの大事な時にですか、とスーゴは言葉を濁した。


 自分も同行したほうが早く終わるだろうか。

 できるだけ余裕をもって神官選挙に臨みたいのだがな。


 スーゴは思案の末、承諾した。


 どうやって彼らを懐柔するかは道中に考えれば良い。いや、ヨシュア様にはすでにお考えがあるのだろう。


 スーゴがダフォディルを訪れるのは初めてだった。

 緑豊かな自分の出身地サンセベリアと違い、だだっ広い砂漠と赤い岩の大地がそこには広がっていた。照りつける陽射し、乾燥、昼夜の温度差等、厳しいダフォディルの自然にスーゴは圧倒させられた。

 また、各集落の貧しい風景に驚き、この方(ヨシュア様)はこんなところで生まれ育たれたのか、という同情の念も抱いた。

 今まで、ダフォディル出身の神官はヨシュアしかいないのも頷けた。そう考えると、やはりヨシュア様は稀な存在の方なのだ。


 ようやくスーゴが昼夜の温度差に身体が慣れ、砂の中を歩くコツも覚えたころ、目的とする北部の大集落フィキーに二人はたどり着いた。

 足休めと腹ごしらえにとりあえずは、と店を選んでいたときである。

 薄汚い子供がヨシュアに絡みついた。

 茶色の髪と晴れた空のような青い瞳、人よりも大きな瞳孔が印象的な、なかなか可愛らしい顔をした女児だった。だが髪はざんばらで絡まり放題、頭も悪そうである。

 父親と間違えてヨシュアに飛びついたらしい。


 無礼にもほどがある。この方に似た男がそうそう居てたまるか。

 無垢な子供を装ったスリかもしれぬ、と子供を追っ払おうとしたスーゴの心配をよそに、子供にとったヨシュアの対応はやさしかった。

 スーゴは驚いた。


 この方はこんなに優しいお顔もできるのか。


 また、その表情を使い分けしていただくときも来るのであろうな、と考えていたスーゴであったが。

 次の瞬間にはゴウテツヤマクマゴロウ組に取り囲まれていた。


 そして、このような顛末となっている。――




 ――もしや、ヨシュア様は私が考えていたよりも物事を深く考えない方であるのか?


 自分の大嫌いな言葉――行き当たりばったり――という行動をもし好まれる方であるのなら……いや、まさかこの方がそんなわけはないだろうが。


 疑いを持ちながら、転がっているヨシュアをスーゴが見つめていると、この問題を招いた張本人、アティファが勢いよく部屋に飛び込んできた。


 どうやらアティファはこのヨシュア様が父親だと思い込んでいるらしい。

 ヨシュア様に既にこんなに大きな子供がいたという説か。面白い。まあ、この方ならあり得ない話ではない。


 スーゴが見守る前で、そこからはしばらく女と子供二人の言い合いが続いた。


 ゴウテツヤマクマゴロウ組の頭領、ギョヒョンは炎の神霊イオヴェズの欠片を持つワノトギにふさわしく、真っ赤な髪と切れ上がった緑の目の美しい女だった。

 三十代程度に見えるが、アティファが『おばあちゃん』と呼ぶのを聞くに、実際は外見以上の年齢なのだろう。

 触れたら切れそうな危うい色気が全身から放たれている女である。


「この男はな、ワシらの組からトンズラしてしもぉたんじゃ。ワシと、ウンビの前からな」


 なるほど。

 この方の魅力に憑かれた狂信的な女たちからヨシュア様は逃げられたわけか。


 ギョヒョンはヨシュアに近づき、しゃがみ込むと、持っていた煙管でつい、とヨシュアの顎をひっかけて上げさせた。

 縛られているヨシュアと対比してなんとも倒錯的な図である。

 次の作品はこのような女とヨシュア様のような男の物語にしようか……などと考え、つい自分の世界に入り込みそうになったスーゴはあわてて我に返った。


「わりゃぁウンビがどこぞの男に犯されて出来た子じゃ。ある夜、ボロボロになってウンビが帰ってきた。どこの男にされたか聞いても何にもゆわん。そのうち腹が膨らんで十月経って、われを産んだ」


 子供に向かって容赦のないことをいう女だな。

 スーゴは少々、少女アティファを哀れに思った。

 この女児は思ったとおりヨシュア様の子ではなかったか。確かに、ヨシュア様が神官になられたのはこの子供が生まれたときよりも前の話だ。


 それにしても、ここにいる者たちは、あの少女の父親について、あの男を疑わなかったのだろうか。


 スーゴは首を捻った。


 私はすぐに気が付いたものを。

 やはり知識の足りない者には到底、気が付かないものなのだろうか。


「この男にウンビは惚れとったんじゃろうの。折角、ウチの男にしようゆぅて思うとったのに、横から取りくさって。突然夫婦になるとかゆい出してしまうしの。でも、この男はな、式の前日に逃げ出してしもぉたんよ。ぜーんぶ、式の用意、しちゃりとったのにの」


 なんと。契りの儀式の前日に逃げ出した花婿、とは。それはひどい。

 だがしかし、この方ならそれもありえそうな話ではある。


「おかんちゃんを捨てた人なん?」


 アティファが驚いたようにヨシュアに視線を移した。

 その瞳が徐々に怒りの色に染まっていく。


 まずい、のでは。


 スーゴは眉をひそめた。


 これでは、唯一ギョヒョンを止める可能性のある人物が居なくなって、反対に煽る側の人間が増えたではないか。

 どうする。とりあえず、別の話題でも出してこの場の主題を取り替えるか?


「お待ちを!」


 スーゴは声高に叫んだ。

 女と子供二人は自分の声に驚いたようにこちらを見た。

 自分の存在を忘れられていた気配は感じていた。だがこういうことは今までに何度も経験している。今更、気にすまい。


「そのアティファ殿の父親については私には心当たりがあります」


 ヨシュアが目を見張って自分に合図するのをスーゴは気づいた。


 しまった。かえって私は余計なことをしてしまったのか?


 どうやら、ヨシュアも父親の正体がわかっているようである。


 なんと。

 わかったうえで、秘密にしているという次第だったか。

 やってしまった。


 スーゴは後悔した。


 でも、もう仕方ない。

 ええい、ままよ!


「今、ここにきたばかりのわれが、どうしてアティファの父親の正体についてわかるんか……まさか、われがアティファのおとんじゃゆうのじゃぁなかろぉうのぉ」


 ギョヒョンの言葉に、うげ、とアティファがカエルのような声を出すのが聞こえた。


 ……まことに失礼な子供だ。いや、今更気にすまい。


「いえ、アティファ様のお身体のある特徴からです。お気づきになられてはいませんでしたでしょうか?アティファさまの瞳は重瞳ちょうどうであるということが」


 重瞳ちょうどう。瞳が二重に重なった珍しい形質である。アティファとその父親のそれはよく見ないと気が付かない程度のものであるのだが。

 容姿に絶対的劣等感を持つスーゴは他人の容姿の詳細を瞬時に記憶するという癖を持っていた。


「非常に珍しい特徴です。親から子に遺伝する。アティファ様と同じ重瞳の男はこの組の中に一人、います。……先程、私を縛った男が重瞳でした」

「リュウか?!」


 ギョヒョンが大きく声をあげたとき、部屋の外で音がした。

 ややあって、リュウと呼ばれる件の男が姿を現した。


「姐さん……」


 切羽詰まった表情でありながら、どこか諦めたような男の顔であった。


「お前が……ウンビと」

「嘘や……リュウが……ウチのお父ちゃん?」


 ギョヒョンのかすれた声とアティファの頼りなげな声が響く。

 リュウが部屋に入るなり後ろから、一番隊長のタツ、二番隊長のトラヒコ、が続いた。

 三人の男は立ち並ぶと、そろって土下座し、額を床に押しつけた。


「まっことに……すいやせんでした……っっ!!」




 * * * * *



「君の洞察力の素晴らしさを見くびっていた」


 相変わらず、捕縛された状態のヨシュアが隣に座るスーゴを見て微笑んだ。

 同様のスーゴもヨシュアを見返す。


 二人は部屋に置き去りにされたままだった。

 あの後、他の者は部屋を出て行ったきり、戻ってこないのだ。

 なんとか身を起こして、壁に背をまかせたものの、いつまでこの状況がつづくのであろうか。

 そろそろ、小用に行きたくなってきたのだが、とスーゴは下腹に力を入れた。


「……リュウ兄さんとウンビ様の仲は暗黙の了解でね。兄弟の秘密だった」


 ヨシュアが語り出した。


 リュウは公然のギョヒョンのお気に入りの愛人である。

 母親と娘が男を取り合う泥沼の未来図は恐ろしく、兄弟たちはギョヒョンに決してばれぬよう協力して、リュウとウンビの秘密を守り続けてきた。

 そんな時、新人(美少年)が組に入ってきた。


「あのときは自分なりに生き残ろうと必死だった。ここに入れば、悪霊退治で死ぬような末路は防げるかなと考えたんだ」


 既に何度も悪霊退治をこなし、このままでは命がいくつあっても足りないということを痛感していたヨシュアは、噂に聞いていた『ゴウテツヤマクマゴロウ組』を訪れた。

 ギョヒョンは一目見るなり、たちまちヨシュアを気に入った。

 ヨシュアに課せられる組での仕事は、訪れた瞬間に決定した。


「ギョヒョン様の愛人としての生活が一生約束されたようなものだった。……君なら、どうだ? そんな生活。私はまだ、十五だったんだぞ。しかも、相手は自分の母親より年上だ」


 ヨシュアは自嘲するように笑った。

 スーゴはちらりとミラルディのことが頭をよぎったが、それについては言及せずに答えた。


「私には想像もつかない世界でございますゆえに答えられません」

「そうだな、悪かった」


 そんなヨシュアに助け舟を出したのは、ギョヒョンの娘のウンビだった。


『ウチと夫婦になりましょう。あんたがおかんから自由になる道はそれしかありゃぁせんわ。おかんも、わしの夫にゃぁ手を出さんじゃろう』


「美しくて若い女性にそんなことを言われたら……しかもそれが初恋の相手だったとしたら、君ならどうだ?」

「というと、あなた様の方はウンビ様をお慕いしていたのですな」

「初めて手に入れた女性というものに舞い上がって夢中だった」


 自分と身体の関係まで持った女性が既に自分を裏切っているなどとは思わないほど若かった、とヨシュアは言った。


『これからリュウ兄さんの子供を孕んだ時のゆい訳にあんたと夫婦になるんじゃ。あんたぁ好きな女とこれからなんぼでも寝りゃぁいゆわ』


 婚姻の儀式の前夜、彼女が自分に告白した言葉を聞き、ヨシュアは逃げる決意をしたのだという。


「今ならそういう人生の選択もありだと思えただろうが。……君ならどうだ? 最初から偽りの夫婦生活だ。私はまだ、十五だったんだぞ」

「先ほども申しましたように、私には想像もつかない世界でありますゆえに」

「そうだったな、すまなかった」


 それからはロウレンティアに行き、独学で学習し、身体を張った試験を受け、晴れてヨシュアは神官になったのだという。


「まあ、私なりにそれなりに考えて努力して手に入れたのが神官の地位だったということだ」


 神官になったヨシュアはダフォディルに残してきた母、アガニをロウレンティア神殿の付近の里に呼び寄せた。しかし、アガニは以前から持っていた病が悪化し、程なくして亡くなったという。


「最後の方は母に楽な暮らしをさせてやれたと思う。そこは良かったと自分でも思う」


 母と共にいたときは、母を困らせてばかりの生活だった、とヨシュアは告げた。

 ヨシュアが幼いときから思春期にいたるまでの間、アガニはヤドゥンという男――同じヲン=フドワの欠片を持つレグロのワノトギ――と一緒にいた。


「彼は父親じゃない。母も彼を好いてはいない。そして嫌な男だった。私は彼に反抗して何度も母を困らせた」


 母が、自分の為を思ってその男と共にいる、ということがそのころのヨシュアには分からなかった。

 悪霊払いの負担から逃れるために、底辺ワノトギ親子の母が考えた方法。

 大人の考えが理解できなかったのだ。


「今なら、母の考えもわかる。似た意味でウンビ様の考えもな」


 ヨシュアがゴウテツヤマクマゴロウ組を去って数年後、ウンビはリュウの子供を宿したことに気が付いた。

 見知らぬ男に乱暴されたことを装い、ウンビはその場をしのいだのだ。


「……やはり、ウンビ様という女性も貴方様に惹かれていたのではないでしょうか。だから、貴方が父親だとアティファ様に嘘をついた」

「そう言ってくれるのか」

「婚礼の前日に貴方に真相を告白したのも罪悪感に耐え切れなかったからでしょう。どうでもいい男ならバレるまで黙っているでしょう。ストーリーとしてはその方が艶がありますしな」


 スーゴの答えにヨシュアは苦笑した。


 ゴウテツヤマクマゴロウ組の男たち――兄たちは、組抜けした自分が戻ってきたとしてもウンビとリュウの秘密を共有した自分を殺したりはしないだろう、という確信がヨシュアにはあったという。

 ほどほどに手加減した私刑でも装ってくれるだろうと。


「義兄弟の絆、というやつだ」

「いくら手加減した私刑、と言ってもそれなりの事は行うでしょう」

「まあ、何事もすべて悪霊を取り込む苦痛よりはマシ、だと私は思っているから」


 実際に目の当たりにしたことはないが、蝸牛アデロであるヨシュアが悪霊を取り込む苦痛というのは想像を絶するものであるらしい。

 いつか、そういうお姿を見る時が来るかもしれぬな、とスーゴは思った。


「なんといいますか……貴方様には年上女性の女難の相があると思いますな」

「私自身もそう思う……スーゴ」


 ヨシュアはスーゴの顔を見つめた。


「君は不快に思うかもしれないが……私は、君とは同類だと思っている。美形も奇形の一種だ。特に、私の母はまさにそれだと思う」


 ヨシュアの母のアガニが生まれたのはダフォディルの険しい山岳地帯の小集落である。近親婚を繰り返した結果、スーゴのような奇形の子が産まれたり、反対にアガニのようにとんでもなく美しい子供が産まれる場合が多かったという。


「君の重瞳ちょうどうの話を聞いて考えていた。君と私のような人間は紙一重だ」


 ヨシュアと自分は似たようなところがあるとスーゴは以前から感じていた。

 ヨシュアが自分の容姿に惹かれる者たちを何処かしら嘲笑しているように今まで感じることがあったのは、自分の容姿そのものを侮蔑していたからかもしれない。


「貴方様の仰りたいことは理解できますが。皮肉にしか聴こえませんな。私は出来るならそちら側に産まれたかったと思います」

「すまない」


 ヨシュアが小さくため息をついた。


「……さて、アティファの父親がリュウ兄さんだとバレてしまった以上、これからどうなるのかな」

「申し訳ありませんでした」


 スーゴが頭を垂れた直後、部屋にギョヒョンが戻ってきた。













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