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ゴウテツヤマクマゴロウ組(上)

マスカダインクロニクルズのホームページにて、「ダフォディルの白い雷」「破戒問答」を読まれてから、こちらの話にすすまれることを推奨します。

「ウチのおとんちゃんや!」


 市場の人の群れを見とったウチは、その中でもわやくそ(とても)目立つ人におらんだ(叫んだ)。


「おとんちゃんや、おとんちゃんやろ?!」


 黒い髪、黒い目の背の高いぶち(すごく)かっこええ男の人。

 ヨシュア様、て隣の人に呼ばれたのをウチは聞き逃さんかった。市場のおばちゃんが『しんかん……さんなんか』て、感心してゆぅたのもの。


 間違いない。おかんちゃんがゆうとったウチのおとんちゃんの特徴、そのまんまじゃ。

 この人がウチのおとんちゃんじゃ!


 ウチはおとんちゃんに駆けり寄って脚に飛びついた。

 ホンマにこがぁな男前さんやったんや! ウチ、 嬉しい!


おとんちゃんはあわてて立ち止まって、ウチの肩に手を置いて目をおっぴろげた。


「おかえりんさい! おとんちゃん! おかんちゃんと待っとったんよ!」

「なんですか、この頭の悪そうな子供は。親とはぐれて勘違いでもしているんでしょうか?」


 おとんちゃんの隣に居った、ちいさいおっさんがウチを覗き込んでゆぅた。


 で、でええええええ〜!?

 ウチはそのおっさんの顔を見て、びっくりしたんじゃ。


 なんぼ、ブッサイクなおっさんなんじゃ、このひと?

 デコ、広過ぎやろ! 目と鼻と口、どんだけ歪んどるんかのぉ?


 ひゃー、こがぁなブッサイクなひと、初めて見たわ。

 どうしたんかのぉ。

 このおっさん、赤ちゃんの時、誰かに顔を踏まれたんじゃぁないかのぉ。かわいそうに。


 あまりのおっさんのブサイクぶりにびっくりしょぉったウチに、


「君は何処の家の子か? ゆうてくれたら、おっちゃんが家まで送っちゃる」


 おとんちゃんはぶちカッコええ声でそう言ぅて、しゃがんでウチの顔を覗き込んだんじゃ。

……はぁう、ド、ドキドキするわ。

 どんだけ、おとんちゃん、カッコええのん?


「ヨシュア様、なんと、こちらの方言をお使いになれるのですか?」

「しばらくここに居たといっただろう。君も居ればすぐにうつる」


 あ、外の人の言葉じゃ。

 おとんちゃん、外の言葉も両方しゃべれるんね? 今まで、気取った感じがして、外の言葉はあんましよう思わんかったが。

 素敵じゃ。その言葉を喋るおとんちゃんもかっこええなぁ!


「こら、離れなさい。ヨシュア様の衣が汚れるだろう、そんな汚い手で触るな」


 ぶっさいくなちいさいおっさんが、ウチの手の甲をパシリと叩いた。


 なにするんよ!

 ウチはハラが立って、おとんちゃんから手を離して、ちっさいおっさんを睨みつけちゃったんじゃ。


「ウチを誰じゃゆぅて思うとるん! ウチは、アティファじゃ。神霊様の器になった女盗賊アティファ様と同じ名前なんよ!」

「フン、同じ名前がどうした。そんなのは腐るほどそこら中にいるだろう」

「アホ、それだけじゃないわ! ウチはここを仕切る『ゴウテツヤマクマゴロウ組』の女組長、ギョヒョンの孫娘アティファなんじゃ!」


 おとんちゃんは驚いたようにウチを見つめた。


「そうじゃ、おとんちゃん。ウチのおかんちゃんは組長の娘、ウンビじゃ」


 ほら、やっぱしおとんちゃんじゃ。おかんちゃんを知っとる、っちゅう顔じゃ。


「おはつでがんす。ウチがおかんちゃんとおとんちゃんの娘のアティファじゃ。ずっと待っとったんよ。今まで何しょぉったん? おかんちゃん、去年、病気で死んでしもぉたんよ」

「…… ウンビ様が」


 おとんちゃんはかすれた声でゆぅた。


「はよう、ウチの家に来て。おかんちゃんに帰ってきたよ、って挨拶しちゃりて」


 ウチがおとんちゃんの衣を引っ張ったとき、いつの間にかゴウテツヤマクマゴロウ組のみんなが、ウチとおとんちゃんをずらりと囲んどるんに気付いた。市場の人らぁ青い顔をして、息を飲んでウチらのことを見ょぉる。

 ウチは顔を明るく輝かせた。


「みんな! ちょうどいいわ! おとんちゃんが帰ってきたんじゃ! みんなで連れてっちゃりて」

「……どのツラ下げて帰ってきたんか、ヨシュア」


 一番隊長のタツが、ウチの声なんか聞こえんみたいに無視しておとんちゃんにゆぅた。


「……お久しぶりです。タツ兄さん」

「どのツラ下げてどのクチが言ぅとんのじゃ、コラァァァァァ!」


 タツが急に吠えた。

 なに? どうしたん?

 なんでみんないびせぇ(怖い)顔して、おとんちゃんを見てるん?

 おとんちゃんもなんでちぃゆびせぇ(少し怖い)顔しとるん?


「まさか、われがもっぺんダフォディルの地を踏む日が来るたぁなァ。ちゅーこたぁ、とうに覚悟は出来とるんじゃろうな、コラ」


 二番隊長のトラヒコがいびせぇ顔をして、おとんちゃんに詰め寄る。

 どうしたの、トラ? あんた、いっつも優しゆおっちゃんなんに。なんでそがぁに怒っとるん?


「トラヒコ兄さん。ご無沙汰してます。お元気そうで」

「ワシらをコケにしてトンズラしよってからに。どうなるかわかっとるんか……まさか……指詰めばっかしで済むたぁ……思うてんじゃろうなァァァァァ!」


 なに言ぅとるん?

  指詰めって、なによ、それ? おとんちゃんにそがぁなことする気なん?


 わあっ、と次の瞬間にゃぁ、みんながおとんちゃんとウチを取り囲んだ。

 おとんちゃん(と、ちっさいおっさん)はあっっちゅう間にウチの家に連れて行かれてしもぉたんじゃ。


* * *


「おとんちゃんを離して! なんでこがぁなことするん?!」


 ウチは家の奥の部屋に連れて行かれたおとんちゃん(とブサイクなおっさん)が心配で、立ちはだかったリュウに飛びついて、胸をどんどん叩いた。

 リュウは太い眉根を寄せて、肩を掴んでウチを引き離したんじゃ。


「お嬢さん! あんなぁは、お嬢さんのおとんさんじゃぁない! 全然違います!」

「嘘や!」


 ウチは暴れてリュウの脚をけつりつけた。


「おかんちゃんが言ぅとったんじゃ。おとんちゃんの名前はヨシュアで、男前で背が高くて、しんかんさんになったんよ、て。まんまじゃろ! 」

「じゃけぇそりゃぁ……」


 困ったように三番隊長リュウはウチを見つめた。


「はぁええわ!おばあちゃんに聞いたる!」


 われじゃ、話が進まん!

 ウチは怒鳴りつけると、組長のおばあちゃんの部屋に向こぉて駆けり出したんじゃ。


――ウチは『ゴウテツヤマクマゴロウ組』、組長ギョヒョンの孫娘、アティファ。

 ゴウテツヤマクマゴロウ組はダフォディル北部をしきっとるワノトギを中心にすえた漢たちの集まりじゃ。

 近い昔まで、このダフォディルにゃぁ長い間、神霊様がいなかったんじゃ。

 でも、待ちに待ってようやく神霊チム=レサ様はある器に降り立ったんじゃ。

 義賊である女盗賊、アティファ様のお身体に。

 弱きを助け、強きを挫いてきたアティファ様の心意気にかの神霊チム=レサ様が惚れ込んだんじゃそうじゃ。神霊様自らが、アティファ様のもとに赴いて降りたんよ。これ、すごいことよ。

 神霊様さえも心酔する奇跡の女盗賊アティファ様の話を聞いて、ダフォディルにゃぁマスカダインの荒くれ者どもが集まってきた。

 んー、なんっちゅうか。なかでも特にイキっとる漢たち、っちゅうん? そがぁな漢たちがこのダフォディルに集結したんよ。

 その中にゃぁ、ウチのおばあちゃんもおった。

 おばあちゃんは昔、アマランスとサンセベリアの間あたりにおったのんじゃがも、こっちに移動してきたんじゃ。


 ウチのおばあちゃんは、八代目『ゴウテツヤマクマゴロウ』。

 代々、おばあちゃんの住んどったあたりじゃぁ、ワノトギからワノトギへ『ゴウテツヤマクマゴロウ』を襲名する、てゆう決まりがあったんじゃ。

 ワノトギじゃったら誰でもなれるって訳じゃなぃんじゃ。ワノトギ同士で競って、一番強うて気っ風のええ者がそれを襲名するんじゃ。

 おばあちゃんは最強じゃった。おばあちゃんは火の神霊イオヴェズ様の欠片を持つワノトギ。一日に二体の悪霊をやっつけたことがあるらしぃんじゃ。それでもケロリとしょぉったんじゃって。

 美人やし、おばあちゃんは大人気じゃった。

 ただ……大人気、過ぎたん、じゃなあ。男たちにモテて、モテて。

 あと、おばあちゃんがかなりの男好きじゃった……て、ことも問題の一因となって。

 英雄じゃったおばあちゃんも、堪忍袋を切らした女たちに追っ払われて、早い話がダフォディルに逃げたんじゃ。

 ダフォディルでも、おばあちゃんは最強で。荒くれもんらを従えて、トリコにして、あっっちゅう間に『ゴウテツヤマクマゴロウ組』を作ってしもぉたんじゃ。

 ダフォディルは神霊がいなかったけぇ、他の地域より元々ワノトギが少なかったそうじゃ。その中でヒイヒイ言ぅて悪霊退治しとった力の弱いかわいそうなワノトギをおばあちゃんはみな受け入れて、代わりに自分や舎弟の中の強いワノトギで悪霊退治を引き受けた。

 弱いワノトギは感謝しょぉったそうよ。もちろん、そがぁなワノトギにも何かしらの仕事を与えたらしいがの。

 きょうびじゃ、ダフォディル全土の人間がおばあちゃんを頼ってよう来る。

 悪霊退治以外でもの。

 暴力に任せてデカい顔しとる奴やら、無体な高利貸しやら、女を攫って売り飛ばそうとしとる奴とか。そがぁな困った奴らがいると、おばあちゃんの舎弟が何人かその地に赴いて成敗する。おかげで大分、ダフォディルは昔と比べて治安がようなりゃぁしゆわよ。ガラは更に悪ぅなりゃぁしいが、ハハ。

おばあちゃんはまた、組を頼りにしてくる人が、わざわざここまで足を運ばのぉてもええように、ダフォディルの各地にナトギと話すんが得意なワノトギを置いた。

困ったことが起きたら、そのワノトギがナトギをつこぉてここまで伝える、ってゆう寸法。おかげで悪霊退治はかなりはよぅ出来るようになったんじゃ。――



 ウチは部屋までの通路に突っ立っとった邪魔な舎弟たちを突き飛ばし、おばあちゃんの部屋に向かったんじゃ。


「ちぃとおばあちゃん! おとんちゃんに何するん!」


 部屋に飛び込んでおらぶ(叫ぶ)と、おばあちゃんは煙管をくわえたまま、ちぃと顔を傾けてゆっくりと瞳だけこっちに動かした。

 燃えるような赤い髪、緑の目。

「男殺しのギョヒョン」ゆぅてゆわれた究極の流し目。

 もう、五十過ぎたが、おばあちゃんは綺麗。ワノトギじゃけぇかのぉ。四十にも届かんように見える。


「あほ」


 ふー、とおばあちゃんは煙を吐き出した。


「この男がわれのおとんじゃったら、わりゃぁ今頃絶世の美少女じゃ」

「う、ウチは美少女じゃ!」


 ほんまじゃった。

 おばあちゃんも美人だし、おかんちゃんもべっぴんさんじゃったし、ウチもそこらのコに比べたらずっと可愛い顔しとる。


「われなぁ『並』の美少女じゃ」


 おばあちゃんはつい、と顎で部屋の奥を指したんじゃ。


「われのツラに、この男のカケラもあるかい」

「おとんちゃん!?」


 床におとんちゃん(とちっさくてぶさいくなおっさん)が身体をぐるぐる巻きにされて転がされとったんじゃ。


 ……うっ。

 縛られとる姿が妙に似合うなあ、おとんちゃん。乱れた髪と、苦しそうな表情がサマになりょぉって、色っぽくて、なんかエエわ!

 ……じゃのぉて。


「なんでこがぁに酷いことするん? 解いちゃりて」

「解いたら、また逃げるじゃろうが」


 おばあちゃんは煙管をまた口の端でくわえた。


「この男はな、ワシらの組からトンズラしてしもぉたんじゃ。ワシと、ウンビの前からな」

「トンズラ、て」


 組抜け、のこと?


 ウチらの組にゃぁ、いっぺん入ったらすぐにゃぁ抜けらりゃぁせん、っちゅう掟があったんじゃ。

 抜ける前にゃぁ、組の全員から私刑リンチを受ける、てゆうオソロシイ掟が。

 おかげさまで、今まで抜けた人間はおらんかった……と、今のいままで思うとったわ、ウチ。


「おとんちゃんにみんなでヤキ入れるん?」

「さあなあ。どうするか。まさか、戻ってくるたぁ思わなかったけぇの。おばあちゃんも、考え中や」

「やめちゃりて。おとんちゃんを傷つけんであげて!」

「われのおとんじゃないと、言ぅとるじゃろうが」


 おばあちゃんはおとんちゃんに近づいてしゃがみ込むと、煙管でくい、とおとんちゃんの顎を持ち上げた。


「この男がここを出てったなぁ十三年前じゃ。わりゃぁ、何歳なんじゃ」

「じゅ、十歳」


 チビじゃけぇいっつも八歳ぐらいに見られるが。


「計算が合わんじゃろう。わりゃぁどこの馬の骨かしれん男のガキじゃ。……今までわりゃぁまだガキじゃけぇゆぅて思うて放ったらかしにしょぉったがな。……ちょうどええ機会じゃ。……ウンビも死んだし、われも十歳になったし、ほんまのこと教えちゃる」


 おばあちゃんはウチの顔をなんだかいなげな(不思議な)表情で見た。哀れみ、っちゅー感情じゃろうか。


「わりゃぁウンビがどこぞの男に犯されて出来た子じゃ。ある夜、ボロボロになってウンビが帰ってきた。どこの男にされたか聞いても何にもゆわん。そのうち腹が膨らんで十月経って、われを産んだ」

「嘘や!」

「そんで、何を考えたかわれに作り話を始めたんじゃ。この男がわれのおとんだとの。頭がエエから神官になったんよ。またいつか、帰ってきてくれるかもしれん……と? ハハ、そりゃぁ当たったな、ウンビ」


 おばあちゃんはおとんちゃん……じゃゆぅて思うとった人にまた目を向けた。


「この男にウンビは惚れとったんじゃろうの。折角、ウチの男にしようゆぅて思うとったのに、横から取りくさって。突然夫婦になるとかゆい出してしまうしの。でも、この男はな、式の前日に逃げ出してしもぉたんよ。ぜーんぶ、式の用意、しちゃりとったのにの」

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