酒と噂と女と女
魔獣を売りさばき、治癒依頼の報酬も手に入れ、懐があたたまった。
おっちゃんがいたら大丈夫だったかどうか聞こうと思っていたが見当たらず、おっちゃんを待ちつつ、酒場でちょっくら飲もうかしらと思ったが、宿の食事もあるし、食べてから飲みに戻ろうとギルドを出て宿「夕涼み亭」に向かう。
「あ、おかえりなさい、ハルさん」
「ただいま。お夕飯、できてる?」
「もう出来ますよ。すぐ召し上がりますか?」
「ええ、お願いね、リサさんは?」
「今日は帰ってこないらしいですよ。遠出するんですって」
「へえ、さすがは冒険者」
宿の1階で丸テーブルに向かって座っていた、イケメン神官ハンター志望、宿屋の娘がわたしを迎えてくれる。リサさんはいないらしいのでわたしひとりで食べることになるだろう。しかしもし今日新規の宿泊者が来ていなければ料理はわたしの分だけってことなのか? なんか申し訳ないというか、それでやっていけるのか、稼働率は大丈夫なのかな。
「わたしの分だけ作ったの?」
「あー、いえいえ、今日みたいな日は、家族で食べてますね」
「なるほどね、そりゃそうだよね」
「何です? 寂しいんです? 独り者はつら……」
「……」
「ごめんなさい。一緒に食べますか?」
「いや、いいよ。食べたら酒場に行こうかと」
「そうですか。なるほど、捕まえるんですね、イイおと……」
「……」
「料理とってきますね!」
うざいなあ、あの娘。
料理はまたオーク肉がメインだった。おいしいけど、オーク肉以外は、と思っても、近くに海がないから、どうしても肉がメインになるのかな。川魚という手は? と思うが、味に問題があるわけじゃなくむしろ満足なので、ケチをつけることもない。
黙々と食べると昨日の食事に要した時間が嘘のように思える。
ごちそうさま、今日もおいしかったよと言って宿を出て酒場に向かう。
空が闇を深くした分、酒場は賑わいを増している。
ギルドの入り口をまたいで、ちらりと左側を見るが眠り姫しかいない。おっちゃんがいるかどうか聞いても良かったがそれだけのために起こすのも可哀想に思ってやめた。
今度は酒場のある右側に進むと、ショートの金髪に猫耳を生やして、おしりに長いしっぽを持ったかわいらしい女の子が、エプロン姿でわたしに声をかけてくる。きっと猫の獣人の従業員だ。身長はわたしぐらいで小柄。
「いらっしゃい! おひとりかにゃ?」
「ええ」
「お好きな席に座るにゃ!」
やっぱり語尾はにゃ……猫だもんね。すでに出来上がり始めている客たちの間を通りすぎてわたしは奥のテーブルへと向かった。大歓迎にゃ! と朗らかな笑顔にかいてあるねこさんもわたしについてきて、わたしが席に着くと注文を聞いてきた。
「えっと、ビールと、何かつまむ物を、軽くてちょっとでいいからお願いね」
「わかったにゃ!」
「ああ、それと、川魚ってあるかな?」
「魚? 川魚はまずいにゃ、あんなの食う奴いないにゃ」
「そうなの? じゃあやめておく」
まずいのか……魚好き(?)のねこ目線でまずいというのは、評価がからいのか、あまいのか、良くわからないけれど。まずいというなら無理に食べることもないが、でも一度ぐらいは食べてみたい。そのうち川魚が名物という街もあるだろう。
運ばれてきたビールはキンキンに冷えている。おそらくは冷却魔法の本領発揮である。つまみに出てきたのは、塩漬けした野菜と茹でた豆。時々は“はじまりの小屋”でMENUから呼び出してアルコールを飲んでいたことがあったけれど、異世界酒場デビューはこれが初。周りの空気に当てられ、ちょっとギアを上げつつビールを喉に転がしていく。
二杯目のビールをねこさんに頼んだところで新たに酒場にやってきた女が相席を頼んできた。たぶん、普通の人間。正直に言って自信はないけれど。人間だとすれば30代前半か。こっちの人には珍しく黒髪。村人風の格好である。
他のテーブル空いてるし他行けよと思わなくもなかったが、どちらかと言えば上機嫌だったのでいいですよと言った。わたしもビールね、あとシュカの塩焼き。その注文を聞いたねこさんは露骨に嫌な顔をしてあんなの食う気がしれないにゃと言い残し立ち去った。
「シュカってなんですか?」
「魚よ、知らない?」
「ええ、知りませんでした、よそから来たもので」
「あなた冒険者?」
「いえ、神官で」
「神官!?」
相変わらずの反応である。シュカはねこさんに嫌われている川魚らしく、その女性は別に嫌いじゃない、むしろビールにあうと語る。ねこさんには嫌な顔をされるかもしれないが後で注文しよう。酒や野菜類にはあまり興味を示していなかったナビも川魚は食べてみたいらしくちょっとそわそわして、わざわざ念話でねえ、それ頼んでよなんて言ってくる。
「神官ねえ……ねえ、ピカさんとこ行った?」
「ええ、行きましたが」
「変じゃない? あの教会」
「変とは?」
「なんというか、こう……どんよりしているというか」
「教会ってそんなものなんじゃないですか」
「うーん、でも、わたしこの街住んで長いけど、昔はもうちょっとましだったのよねえ」
「そうなんですか」
「それにさ、ピカさん、治癒全然やってないじゃない」
「わたしやりましたよ、今日、依頼で。教会行ったんですけど、俺がやるからやんなくていいって言われまして」
「はー、なーんか変なのよねえ」
ぐび。追加のビールと川魚シュカをねこさんに発注すると、また毒された人間がいるにゃ…とげんなりした顔をこちらに向けながらも一応オーダーを受けてくれる。実に表情豊かで見ていて飽きない。
「他にも何か?」
「んー、子どもらの噂なんだけどさ、神父さんちょっと…イってるんじゃないかって」
「いってる?」
「……土食べてるとこ見た子がいるらしい」
「土、ですか」
「そうよ、土、地面に這ってさ、ちょっと息上がった感じで、手で掘ってさ」
「ホントですかねえ」
「まあ、噂なんだけどさ、小さい街だし、すぐ広まるんだよ、そういうの」
「はあ」
「何となく教会関係者として風当たりの強さみたいなの、感じなかった?」
「わたしはこんな格好でちんちくりんですからねえ」
「それもそうねえ、あはは、というかあんた成人してるの?」
「失礼ですねえ、24ですよ、今年」
「にじゅうよん!? んなバカな!?」
ぐびぐび。姉さんのペースはギアをかけているわたしを凌ぐ勢いで、どんどんと饒舌になっていく。
「あの子は、誰なんです?」
「あの子って?」
「教会にいたんですけど、神父さんと一緒に」
「ああ、チュカちゃんか、ピカさんの孫だよ、孫娘、箱入り娘、なんーて」
「なるほど、お孫さんですかあ」
「チュカちゃんの両親はね、ふたりとも冒険者でね、死んじゃったんだって」
「……」
「なあに辛気くさくなってんのよ、冒険者は命かけてやってんじゃないの?」
「いやね、わたしそういうイケイケ冒険者じゃないですから、登録はしましたけど」
「それもそうねえ」
ぐびぐびぐび。
さらにふたりで飲み続け、ふらふら、ほうほうの体で、わたしは宿に戻った。
娘さんに鼻をつままれた。
ナビさんからひとこと:
あのねこさんは単純に魚全般嫌いらしいよ、さっきあっちで客にキレてた。
ねこがみんな魚好きだと思うんじゃないにゃ! って。