光合成する神官さん
魔力測定用の玉の爆発音はやはり街中に広がっており、発生源と思しきギルドにはばたばたと人が集まってきていた。
わたしの再々の警告を本気にしていなかったおっちゃんは慌てていたが、さすがはプロである、わたしの身体に問題がないと分かるとすぐに裏庭から建物の方に戻っていき何やら大声で対応していた。
――お願い、ねえ、次からこういうのあったら、先に言って……お願い……
――げっ、ガチのお願い? そういうのは弱いんだよなあ。
――わたしがバカなのはわかってるから……ホントにお願い……
――うっ……分かった、分かったって。
腹立たしい思いはないではなかったが、それ以上に泣きそうになってナビに懇願してみるとちゃんと了承してナビはわたしの頭をなでるような動きをしてくれた。ちょっと心が温まるような感覚もあり、きっと何らかの鎮静作用のある魔法を使ってくれたのだろう。
――でも、あれ、最後の方はかなり勢いが良くなったから、そこそこの爆発になったけど、まだ1%も流してないような……
――!?
――空間ポテンシャルを遺憾なく魔力に変換したんだなあ……
そんなまさかと思ったが自分の怪我を治すためにヒールを使ってみたときに自分の魔力がことさら減っているようには感じていなかったことを思い出した。そもそもあの“はじまりの小屋“で教えてもらって試射した星を砕くがごとき極大火魔法の爆発はわたしの防御結界やらシールドやらで防いでどうにかなるようなちゃちなものではなかった。
ナビは何やら遠い目をしてわたしを見ている。
うわっ……わたしの魔力量、多すぎ……?
女神様、充分に魔力はあるから、存分にお楽しみくださいなんて言ってたが、存分なんてもんじゃない。むしろ楽しめないよ、これ、過ぎたるはなお及ばざるが如しって奴だよ。
★
おっちゃんは集まった街の人に対して、先ほどの耳をつんざく爆発音及び天を貫く閃光は、直ちに人体や健康に影響を及ぼすことはないし未来永劫そういうことはない、ということを何とか納得させ、疲れきった様子で裏庭に戻ってきた。わたしはその間ナビの癒やしを受けながら、自分の愚かな行動を後悔し、いじけて、座り込んでいた。
「まったく……たまげたなんてもんじゃないぜ」
「どうもすみませんでした……」
「いやあ、嬢ちゃんが悪いわけじゃない、日ざしがすごかったんだろうよ」
「えっ?」
「まあ、光を使う人らってのはそういうもんなんだろうなあ。なんてったってお日さんの光をずっと浴びてるんだから、魔力の底なんてないよなあ、うん。いや、俺も勉強が足らなかったよ。ちゃんとカードに書いとくぜ、測定不能(炎天下)って」
変な方向へ誤解しているような気もするし、知らない人がみたら、測定不能(炎天下)って何故か魔力測定を猛暑日に屋外で敢行した挙句熱中症で倒れた、みたいに思われそう。まあ、それはそれでいい。とりあえずは新たなこじつけや言い訳をひねり出す必要がなくなった。陽光を魔力タンクにする光合成人間なんだ、わたしは、うん。
何はともあれ無事カードを受け取った。これでわたしもランクF(新入り)冒険者だ。
ちなみにソン族の受付嬢、眠り姫レーラはやはり体勢を変えることなく寝ていた。
★
「ホントに大丈夫か?」
「ええ、ちょっと手元が狂ったみたいなもんですから」
「なら良いけどよ、病人を治しに行って魔力切れで病人になるたぁ、笑えねえからな」
「大丈夫ですよ、パッパッと治してきますから」
いかに光から供給を受けた(ということになっている)とはいえ消費した魔力量はなまなかの量ではなかろうに、とおっちゃんは、カードを受け取ってそのまま治癒依頼に向かおうとするわたしを心配してくれた。
治癒は比較的順調に進んだ。
1件目のおばあちゃん(70)はウイルス性の上気道炎すなわちただの風邪だった。こういうのはただただヒールをかけて活力を与えて、あとは消化に良い食事とか部屋を暖かくとかでよい。もし1週間経っても治らないなら、わたしか、誰か呼んでくださいね、と言い残し次に向かった。
2件目もおばあちゃん(65)で腰が痛いとのこと。【走査】で腰を探してみたがいまいちよく分からなかったのでとりあえず【痛覚鈍麻】をかけておいた。随分と感謝されてしまったが、治したわけじゃないからねと良く良く言い含め腰に負担のかからないように注意をしておいた。
3件目は唯一の非高齢者で20代の女性である。半年前から続く頑固な咳。時々発熱して、解熱効果のある薬草を飲むが改善しない。時々咳に血が混じるようになり怖くなって依頼を出した、とのこと。
まさかねえと思いながら肺を【走査】してみると結核だった。地球の医学では抗生物質を複数組み合わせて長期間飲む必要があった気がするがさすがは異世界、診断がつけば治癒魔法で結核菌も一発駆除である。一応全身を見ておいたが結核菌がいるのは肺だけのようだ。
長い間患っていたため体力が落ちているので、暫くは養生するように言って、近親者にも感染者がいる可能性があるので他の家族も検査を受けて欲しいとお願いした。幸い接触していた人は看病していた旦那さんぐらいで旦那さんの感染はなかった。
「ありがとうございました、随分と楽になりました」
「結核……そんな病気があるんだねえ」
「大したお礼も出来ませんが」
「いえ、これも神のお導きですから」
ふと思い出して神官らしき台詞を言ってみた。取ってつけたような定型句を不格好に発言するあたり信仰心のなさが露呈していると自分でも思うが、空間管理社畜女神へ信仰心を持てという方がおかしいだろう。
しかし若い夫婦はわたしの発言にぎょっとしている。たしかに普段着な神官に驚く要素はあるだろうがそれ以上に何らかの困惑を感じる。
「神官さまだったのですか!?」
「ええ、修行中の身ですが」
「そうですか……いえ、ありがとうございます、まさに神のご加護なのでしょう」
何となく煮え切らないものを感じたが、まあいいやと思って無理はなさらないでとか言いつつそそくさとふたりの家を出た。
4件目はおじいちゃん(75)で患者が家にいないので困ったが家にいた娘さんに聞くと広場にいるんじゃないかしらと半分呆れ顔で教えてくれた。もしやと思ったが午前中に広場で話しかけてきた暇人2人組の片割れである。明らかに元気溌剌で、聞くと「話し相手が欲しかったんじゃよ、ほっほ」とのたまう。頭がちょっと痛くなったが、こういうのも大事なことかなと思って雑談に付き合った。
4件の治癒依頼を終え、すでに夕暮れ時である。実際一番時間を食ったのは広場の暇をもてあましたジジイ共であるが、ともあれそれぞれの家でサインをもらい依頼は完遂した。
報告のためギルドへ引き返すと中からは柔らかな灯りが漏れていて、併設酒場も稼働しているようである。ちらりと外から見えたのだけれど、驚くべきことに眠り姫は冒険者とカウンターで応対している。
この機を逃すまいと慌ててその冒険者の後ろに並び、前の冒険者の対応が終わった後、間髪を入れず眠り姫の前に座った。
「……」(眠ろうとした目を開けてこちらを見ている)
「依頼をすませてきたのですが……」
「……カード、紙」(実に不愉快そうに言葉を絞り出す)
「これです」
「……」(目が開いているか微妙だが、冒険者カードと依頼書を見ているようだ)
「……」
「……」(インベントリから銀貨を取り出し机に置く)
「ありがとうございます」
「……」(わたしの後ろをちらりと見て誰もいないことを確認し素早く目を閉じた)
恐ろしいほどに簡潔で愛想のない受付嬢であるが、その目は意外と雄弁だった。
報酬は1件あたり銅貨50枚に結核の重症ボーナスで追加銀貨1枚、計銀貨3枚。
ナビさんからひとこと:
ガチ泣きされたら、まるでボクが悪いみたいじゃないか。