やがて悲しき爆破劇
ギルドの登録手続きと治癒依頼の斡旋、待ち時間が出来たので、ギルドの外に出た。
すでに日は高い。星の運行も地球とそっくりなのかな?
食堂らしき施設があるのを見つけたけど、どうも入りづらい。がやがやとした喧騒が漏れ聞こえてきているし、時折ちげえねえ!とか言っておっさんの大きな笑い声もする。そういうの抜きにしても、初見で個人経営の店って、入れないよなあ……
――やーい、ハルの意気地なし!
――自分が人に見えないからって、好き勝手言うなあ!
まさか食券制牛丼チェーン店を探す訳にもいかないので、インベントリの食糧を消費することにした。宿に戻ってもいいけれど、さっきの食堂をおすすめされたら目も当てられないので、散歩がてら街の外に出かける。門番のひとにすぐ戻るんでと挨拶する。
しばらく歩いて適当な木陰に座り込み、サンドイッチを食べていると、ナビは念話でなく普通に話しかけてきた。
「そういえば、さっきのソン族の受付さん、見えてたね」
「何を?」
「ボクの姿だよ、たぶんだけどね」
「えっ!?」
「ボク、結構珍しい存在だと思うんだけどなあ、普通の人が見たら『何だお前は!?』ってなるところ、ノーリアクションだったねえ、よっぽど眠かったんだろうな」
あの受付嬢、おっちゃんの大声、ブジルの香りに加え、謎の生命体の存在にも打ち勝って眠っていたのか。いやはや相当な大物である。ヤンキーが言いがかりを付けてきても、きっと骨抜きにされてしまうだろう。気に入らなければ自分の世界に帰ってしまえばいいのである。ある意味受付嬢に向いているのかもしれない。
ギルドに戻るやいなや、さっきの解体おっちゃんが、おおお、嬢ちゃん、と声を掛けてきた。相変わらず大きな声だ。手にわたしのカードと思しきものを握ってこちらに手をぶんぶん振っている。受付嬢レーラは体勢を変えずやはり寝ている。
「ちょうど良かった、準備出来てるぜ、まずは依頼のリストだ」
「この家を回っていけばいいんですね?」
「そうだ、まあ、完全に治してくれというわけじゃない、出来る範囲で、やれるだけのことをしてくれたらいいさ」
リストによれば4件の治癒依頼がある。
治癒魔法は正確な診断と正確な治療が重要である。闇雲にヒールをかけることでもある程度の回復はあるがそれは対症療法的なものである。純粋に治療目的の魔法が専門的になればなるほど、すなわちそれが対象とする病気が特殊になればなるほど、対象外の病気に対してその魔法をかけたときの害が大きくなる傾向にある。
だから、正確な診断が重要になる。診断と治療はいわば両輪である。
やれるだけの、ということは、無理にあてずっぽうの診断をして的はずれな治療をして、逆に体調を悪化させるようなことをするなということだ。分をわきまえて、診断がつかなければ、対症療法的な初級の治療を行えばいい。
「あとは、さっきのウサギとかの買い取り額だな」
「いくらになりました?」
「しめて銀貨5枚だな、全体に新鮮だったし」
結構多いな。数時間、向こうから来た奴だけ狩ってそれか。
無理に仕事をしなくても、ちょくちょく森に入ればいいんじゃないかと一瞬思ったが、当然襲われるリスクを背負ってのことだ。
「ああ、それと嬢ちゃん、さっきの魔力測定の玉、替えがあってな」
――!!(ナビ)
――!?(ハル)
「あるんだったら、使わなきゃ損だし、ちょっくら手をかざしてくれるか」
「えーっと……」
他人の不幸が大好きな妖精が、目をらんらんと輝かせてこっちを見ている。
まさか出てくるとは……ナビの言うことはあまり信用したくないが、この妖精、自分が笑える他人の不幸に関して嘘をつかなさそうなので、さっきの『玉に魔力注ぎ過ぎて建物を爆破する神官』もあながち妄想というわけではないのかもしれない。
「外でやりませんか?」
「外? 何でだ?」
「……ほら、また壊れちゃうかも、ドーンって」
「大丈夫だ、前は端っこがちょいとパリーンって感じだった」
「破片がね、横で寝てる人に当たったりするかも」
「破片? まさか。ちょいと離れたらすむだろ」
……
「……ほら、天気がいいですから」
「天気? 天気が何の関係が?」
「えっーと、きもちいい空のしただと、わたし、力が出やすいかなあ、なんて」
「はあ? もしや、お前さん、光を使ってるのか?」
「えっ? えーっと、そういうこともあるかなあ、なんて」
「なんだ、そうならそう言ってくれ、行くぞ」
便利な設定を引っ張り出してきてしまった。光を変換して魔力にする生物がこの世界にいるのか? まるで光合成じゃない。何にせよ助かった。
微妙に瞳に失望の色を浮かべている妖精を尻目に、わたしはおっちゃんの後ろをついていく。
「じゃあ、頼むぜ、なあに、壊しても大丈夫だ」
「賠償とかないですよね?」
「ないない。派手にやってくれ、ドーンとな!」
裏庭に出たおっちゃんはガハハと笑ってその玉をわたしに渡す。
おっちゃん、絶対本気にしてないだろ、とわたしはヤキモキするが、妖精もおっちゃんも、にやにやするばかりで、助けはなさそうだ。
爆発してもいいように、できるだけ中庭の真ん中に移動して、わたし自身も【身体強化(防御)】を自分にかけて、【防御結界】を玉と自分を囲むように張り、【シールド(物理)】【シールド(魔法)】をミルフィーユがごとく玉と自分の間に幾層か重ねて、片手だけシールドから出して、もう片方の手で片耳だけでも塞ぎ、万全の対策をとる。
何が悲しくて、風船爆発ゲームをひとりでしなければならないのか?
他人に笑われながら妙な体勢をとっている自らを省みて落ち込む。
日光も燦々と降り注いでいる。光合成の調子は抜群だ。もはや言い訳はできまい。
適当なところで魔力を注ぐのをやめればいい。そうしよう。
「いきますよっ!」
「おう、やれやれ!!」
わたしは覚悟を決めて玉に魔力をこめる。無色透明のガラス玉は、薄い桃色になったかと思うと段々とその赤みを増していく。ひとたび魔力をこめはじめると、わたしの手と玉との間の魔力の流れは確固たるものになっていく。最初はちょろちょろとした流れだったが、すぐに川を思わせるようになりそして急流のようになっていく。そろそろまずいのではと思い流量を減らそうとするが、かいもなく、魔力はとめどなくわたしの手から迸り、むしろそのパスはわたしの制御を離れてどんどん激しく激流のように、さらには太くなっている感触がある。
「これ、とまんないっ!?」
「おう、嬢ちゃん、そいつは魔力測定用だ! 玉が魔力を引っ張り出すぜ!」
「なにそれっ!? 引っ張りだす!?」
「おう、そうよ、ちょっと注いでやれば、あとは玉が勝手に流れを作ってくれるから、新人でも魔力量が分かるって寸法よ!」
「それを先に言ってよっ!!」
「どうだ、すげえだろ!」
おっちゃんは再びガハハと笑ったが、玉の色が完全なる赤に変わり、深みを帯びた真紅に変わり、さらにどす黒く変色しだした頃には、先刻の豪快な笑いの残滓をたたえつつもおっちゃんの表情に余裕がなくなっていく。ナビはきゃっきゃっと笑いながら実に楽しげに裏庭を自由自在に旋回している。
もはや玉の色には赤の要素はなくただただひたすら黒い。
すると漆黒の玉はぶるぶると振動し、得体の知れぬ危険な気配を帯び始めた。
「おい、嬢ちゃん、やめろ、とめろ、やめてくれっ!!」
「今更とまんないよっ! 引っ張りだすとか言ってたの、おっちゃんでしょ!?」
ッッドゥアアアアアアアアアアアアン!!!!
魔力量の限界を超えた玉は無数の破片となって砕け散り、さらに内部に抑圧されていた魔力は制御を失って閃光を伴い爆発した。破片は防御結界で受け止められたようだが、わたしと玉の前にあったミルフィーユ・シールドは瞬く間に霧散していきわたしは僅かに減衰した魔力の爆発を一身に受けて吹っ飛び防御結界に激突した。
……対策しといて、良かった。
身体は結構痛むが、飛びそうな意識の中で自分にかけた【走査】魔法によれば、精々肋骨が折れた程度のようである。玉を持っていた方の腕は焼けただれているが、この程度なら治せる。わたしは、防御結界にもたれかかったまま治したい部位・治すべき怪我を意識して【ヒール】を唱えた。
おっちゃんが青ざめている他には、被害はなさそうなのが救いだったが、あるいはソン族の眠り姫すら起こしてしまうかもしれないほどの、とんでもない爆発音は辺り一帯に、街中に響き渡ってしまっただろう。
これから予想される面倒事に、わたしは頭が痛くなり、暗鬱たる気分になった。
――ねえ、何で【防音結界】張らなかったの? ねえねえ、何で?
ちくしょう、忘れてたよ、ふざけんな、このクソナビが。
ナビさんからひとこと:
ちゅどーんって……かはっ……
(笑いすぎて喋れないようだ)