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難攻不落の眠り姫

 特に手伝ってもらうようなことはない、ということだったので、教会を出る。

 しかし、お茶の一杯でも出してくれたら良いのに、と思う。

 神官服も着てない自称神官の怪しい女には、これぐらいの対応ってことなんだろう。



――どうするの、ハル?

――そうねえ、手持ちも少ないし、冒険者ギルドってやつに行ってみようかな。

――おっ、戦う神官の本領発揮だねっ!


 ナビと念話で会話する。戦う神官か……とんでもなく強いモンスターとかでなければ、そこそこ対応可能かもしれないけど、危ないことはあんまりしたくないな。薬草採集とか、住民のお手伝いとかがあれば、そういうのにしておきたい。


 住民のお手伝いとかなんて、まさに人助けって感じだし。神官が荷物運んで、神への信仰心があつくなるということにはならなさそうだけどね。


 わたしもお金を稼がないと、暮らしていけない。女神様がくれた銀貨20枚のうち、10日分の宿代で銀貨6枚使っただけだから、まだ余裕はあるけれど。


 宿に戻って冒険者ギルドの場所を聞こうと思っていたら、広場にいたお爺ちゃん2人組に話しかけられたので、適当に応対しつつ場所を聞いた。


 お嬢ちゃん、よそから来たのかい? ええ北の方から。北からねえ、嬢ちゃんぐらいの年で旅とはのう。わたしもう24ですよ。冗談だろ? ホントですよ。ははあ、じゃが、若いというのはいいのう。おめえさんもまだ70じゃろ、わしはもう75じゃ。えっ、お二人ともお若い。ははっ、人は見かけによらねえってか。


 見るからに暇を持て余しているようだった。突然見知らぬ他人に話しかけるあたり、田舎くさいなあと思うけど、都会で妙な絡まれ方をされるよりは、いい。



 勇者っぽい人物が剣を掲げている姿がマークになって吊られた小さな看板に描かれている。木造の平屋2階建て、ここが冒険者ギルドのようだ。窓が開け放たれていて中の様子が少しだけ窺えるがこれまた暇そうな受付嬢らしき女性がカウンターで舟を漕いでいる。荒くれ者みたいな人はいなさそうなので勇んで中に入ってみた。


 中に入ると正面の掲示板がまず目に入る。向かって右側にはいくつかの木の丸テーブルが並んでいるが誰もいない。左側にはカウンターがある。3つほどの窓口があるが窓際の1つしか人はおらず、その唯一の職員も深い眠りに落ちていて、その睡眠はわたしの訪問ごときでは遮られないようだった。


 その職員の向かいの丸椅子に座って、あのう、すみません、と寝ている所申し訳ありませんがという気持ちをこめてやや小声で話しかけてみた。ショートの青い髪、顔はかわいい系の女だけど、よく見ると下半身がない。すわ幽霊かと思うが、普通に実体はありそうである。口元からはよだれが垂れており、全く起きる気配がない。


 起こすのもな、こっちも大した用はないし、とギルドの中を見物がてら、うろうろする。さっき入って右側に見えたテーブルが並ぶ場所は、その奥に長いカウンターがあり木製のジョッキが乾かされている。どうやら併設の酒場のようで今は営業時間外なんだろう。


 入って正面の掲示板の裏手には先ほどは隠れて見えなかったが扉がある。扉を開いてみるとそこは裏庭のような場所で、それなりに広い。隅には弓の的のようなものが並んでいて、修練に使われているようだった。


 さてさてどうしたもんかねと思っていると裏庭のさらに向こうにあった倉庫からガタイの良いおっちゃんが出てきた。こちらと目線があいお互いに近づいてゆく。



「おう嬢ちゃん! ギルドに何か用かい?」

「はい、まあ、そうなんですけど、受付の方が……」

「ああ、レーラのやつぁ、ブジルの小瓶があったろ? あれで起こせるから」


 というが早いがおっちゃんはずんずんと建物の方へ戻っていく。とてとてと後ろからついていくと、扉をバーンと開けておおおい、れええらあぁ、きゃくだぞおおお、と声を上げたのでわたしはびくっとしてしまった。ブジルの小瓶とかいう便利な起こし方がありそうな風に言いつつ何故だか実に豪快で原始的な方法を試している。


 結構な物音を(少なくとも先ほどわたしが発生させたものよりは数段大きい)たてているにもかかわらず、レーラとかいう昏睡上半身受付嬢は未だ目を覚まさない。おっちゃんは、ちっ、やっぱ起きねえか、と言うと、受付嬢のいるカウンターに近づき、その脇にあった小さな瓶のふたを開けてその女に嗅がせた。



「ん……なに……」

「レーラ、客だぁ」

「……いらっしゃい」


 受付嬢は小瓶の香りを嗅ぐと寝ぼけ眼ながら応答した。その小瓶につめられた緑茶のような薄い緑色をした液体には、おっちゃんの大声をも跳ねのける上半身女の泰平の眠りすら覚ます効果があるようで、飲むか嗅ぐかの違いこそあれ、まさしく異世界版上喜撰といったところか。



「獲ってきたウサギの解体と、あと、仕事をしたいなと思いまして」

「……カード」

「冒険者ギルドのですか? わたしは神官で、登録はしてないんですよ」

「……」


 そういうと受付嬢レーラは露骨に面倒くさそうな顔をして程なく目を閉じた。日本的サービスに慣れているわたしはサービス業従事者が客を目前にして眠り始めるという尋常ならざる事態が理解出来ず一瞬困惑したが、何の事はない、彼女はただ単に職務を放棄しているだけのようだ。


 きっと加入手続きと基本事項の説明と、さらに残っている中での適切な仕事の斡旋に加えて持ち込み解体依頼の処理というタスクの多さにげんなりしたのだろう。職務怠慢は日本時代のわたしにも覚えがあるので擁護したくもなるが、受付嬢は彼女ひとりしかいないのでとりあえず起きてもらわなければ困る。



「あー、こりゃダメだな。嬢ちゃん、オレが代わりにやってやるよ」

「ホントですか、ありがとうございます」

「とりあえずは解体からだな、ウサギってクローリか?」

「ええ、他にもお願いしたいですが」

「ヒマだから、解体はタダでやってやるよ、ついてきな」


 おっちゃんが匙を投げて助け舟を出してくれる。再び裏庭の方へ向かうおっちゃんの話によれば、受付嬢レーラはソンと呼ばれる種に属する生物らしく下半身がない。滅多な用がない限りは眠り続けているらしく、それを起こす手段として先ほどのブジルが用いられるそうだ。


 朝の依頼処理ラッシュを乗り切った彼女にとって、昼前から夕方に掛けての時間帯は疲れも加わって常ですら尋常ではない眠気に拍車がかかり、ブジルによってもまともな対応が出来るほどの覚醒レベルを維持するのは困難らしい。そんなんで仕事になるのかと思うが、それほど客も来ないので適宜おっちゃんが対応しているとのことだ。


 よくそんな生命体が淘汰されなかったなと深まる異世界の謎に思いを馳せていると、おっちゃんが先ほど出てきた倉庫らしき建物まで戻ってきた。この中は冷却魔法がかかっていて魔獣の解体や保存に使われているらしい。わたしはウサギのクローリの他、狼のボルクと蛇のズミヤをインベントリから取り出して解体をお願いした。



「嬢ちゃん、なかなかやるじゃねえか、倉庫持ちたぁな」

「それほどでも」

「よおし、いっちょ片付けるか」

「見ててもいいですか?」

「かまやしねえが、大して面白いもんでもねえぞ」

「見たことないので」

「そうかい、まあついでにうちの登録の説明もしてやるよ」



 そう言うとサクサク解体しながらおっちゃんは色々と説明してくれた。

 概要をまとめるとこんな感じ。


・冒険者ギルドは依頼主と冒険者を仲介する。

・冒険者はランク分けされている。能力や依頼遂行状況を考慮。

・依頼もランク分けされていて、あまりランク差のある依頼は受けられない。

・ランクが上がると色々とサービスがよくなるが、義務も増える。

・例えば緊急招集、指名依頼に応じる義務など。

・加入脱退に特別な要件はない。



 ま、そんなところだなと話が一段落ついたところで解体も終了していた。スゴイですね早いですねなんていうとあったりめえよとケラケラ笑っておっちゃんは返事をした。


 ちなみにランクが上がったときのサービスって? と聞いてみると顎に手を当てて、そうだな、ある程度のランク以上の冒険者しか入れないサロンに入れたりとかだな、ウチは田舎だからそんなもんないが、と教えてくれた。空港のラウンジみたいなものか。



「ところでこいつらはどうする? 持って帰るかい?」

「買ってもらえるなら、お願いします」

「そうかい。状態も良いし、色付けといてやるよ」

「そりゃどうも」

「じゃ、登録だな」


 革や肉やらをさらに温度の低い奥の部屋に放り込んでおっちゃんはまた受付の方へ戻っていく。寝ているレーラを横目に隣のカウンターにどかりと座り込んで登録手続をはじめた。わたしはその前に座って必要事項を書いて身分証を出す。



「神官だったのか、嬢ちゃん」

「ええ、まあ、流れですが」

「ふうむ、いや、良いんだけどな。治癒魔法使えるか?」

「使えますよ」

「そんじゃあ、ちょっくら診てやってくんねえか、たまってんだ、病人」

「え? たまってる?」

「そうだよ、あの神父の……ピカさんだっけか、なんつーか、どーも調子悪いみたいでな」


 病人いるじゃねえか、あのジジイ神父め。困ってないとかいって、「若者は自由に生きろ」なんか言っちゃって。さては大した治癒が出来ないと思われてたか。まあこんなナリじゃ仕方ないか。ちっこいし、神官ぽくないし。



「じゃあ、カード発行して、治癒依頼まとめてくっから、昼でも食べてこいや。

ゆっくり食べて、ちょうど良いぐらいだと思うぜ」

「わかりました」

「ああ、魔力測るとかあんだけど、玉が壊れててな、悪いけど適当に書かせてもらうわ」

「えっ、いいんですかそれ」

「はは、バレやしねえよ、空間魔法と治癒魔法が出来るんだから、それなりはあるんだろ?」



 魔力量を測定する玉があるらしい。ちょっと興味があったけど、壊れてるんなら、仕方ないか。仕方ないでいいかは、ちょっと微妙だけど。後で不正登録の片棒を担いだなんて言われないだろうな。すると今まで出てこなかったナビが念話を飛ばしてくる。



――危なかったね、ハル?

――えっ、何が?

――たぶんハルの魔力量だと、その玉、爆発するよ、ドーンって。

――は?

――それはそれで面白いだろうけどねえ……爆破する神官かあ……


 くっくっと笑う性悪妖精。こいつ、玉が出てきたら、絶対止めなかっただろ。

 ひとつため息をついて、わたしは昼ごはんを求め外に出る。

 受付嬢は自分の世界へ回帰して以来、全く起きる気配がなかった。


ナビさんからひとこと:

ちっ、絶対おもしろいことになったのになぁ。

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