女三人寄れば姦しい
タイトル、ゆるふわ旅、だと語呂が悪い気がしたので、ゆるふわ旅日記にしました。
シアの街の門が見えた。
門のそばには、門番さんらしき人が2人立っている。ごつい鎧を来て、でっかい槍を持っている。強そうだなあ、と思う。
「こんにちは」
「やあ、お嬢さん。この街は初めてかい?」
右の門番さんから返事が帰ってくる。
「はい。北から旅をしてきて」
身分証明書を提示してみると、左の門番さんがそれを受け取って、小走りにそばの小さな小屋の中に入っていく。すぐに出てきて、わたしにそれを返す。
「神官さんなのかい?」
「そうですね。修行中の身ですが」
「どうして神官服を着てないの?」
確かに。標準的村人服で来てしまった。
「旅の途中でひどく汚してしまったんです。替えがなくて」
「ふうん、まあ、身分証は確認できたから。ようこそシアの街へ!」
そういって通してくれる。替えがないというのは、まあまあ信憑性がある言い訳な気がする。神官さんだって、そんなに神官服を用意するわけにもいかないだろうし。街の中にいるんだったら、良いんだろうけど。
門をくぐると、木造の建物が並んでいて、商店街になっている目抜き通りがある。その先には広場があって、その奥には教会と、集会場みたいな建物が見える。
「とりあえず、宿をとりましょうか」
「教会に泊まらないの?」
「なんか、面倒そうじゃない? 妙な祈りとか」
神官が言うかね、といいたげな顔をナビにされる。
「ナビは普通にしてていいの?」
「うん、でも見えてないから、話すときは【念話】の方がいいかも」
そうか、念話ね。何もない空間に話しかけていたら、ちょっと怖い人に思われそうだものね。精霊との交信をしているのです……とか言ってハクをつけるのも……いや、ないな。
門番さんに振り返って、宿の場所を聞く。高い方と、安い方があるけどね、と言うので、高い方の場所をお願いする。衣食住にかかわるところは、お金をケチらない方がいいと思うから。ナビが念話で安い方で十分だよって言ってくる。
――そりゃナビくんは寝心地とか食事とか関係なさそうだもんね。
――だめだよ!積もり積もって、大きな無駄遣いになるんだよ!
貧乏症妖精か。妖精全体がケチなのか。ナビが吝嗇くんなのか。
――わたしの初めての宿だよ? 良いじゃないか、ケチ妖精。
――これはケチなんじゃないっ!!
うるさいので、放っておく。
教えてもらった場所まで行くと、「夕涼み亭」と書かれた木の看板がかかった建物がある。3階建ての結構立派な建物だ。
「いらっしゃい。泊まりかい?」
恰幅の良いおばちゃん女将が、テーブルを拭きながらこちらに声を掛けてくる。
「はい。1人なんですが」
「1泊銅貨60枚で朝晩食事付き。素泊まりなら、45枚だよ」
「食事付きで。美味しいんでしょう? 門番さんに聞きましたよ」
おばちゃんはふふんと笑う。カウンターに入って、宿泊者名簿らしきものを取り出す。
とりあえず10泊ね、と言って銀貨6枚をカウンターに置いて、名簿に記名する。
おばちゃんは銀貨を受け取って、中に収めた。
あてがわれたのは2階の角部屋だった。案内してくれた女将さんは、日が落ちたら下に食べに来なと言って階段を降りていった。部屋の中はこじんまりしているけれど、ひとつひとつが綺麗に整えられている。ひとりだし、十分な広さだ。わたしはベッドにバタンと倒れこんで、おひさまの香りを嗅いだ。女将さん、グッジョブ!
「そんな疲れてないでしょ、ハル」
念話じゃなくて普通に話してくる。確かに肉体的には疲れていないのかもしれない。小屋の中で筋力トレーニングみたいな講座も武闘系基礎に含まれていた。
「精神的にね。ずっと小屋の中にいたし。前の世界だったら、なおさら大自然の中を歩いて行くことなんてなかったから」
そんなもんかねえ、と疑わしい目でわたしを見つめるナビ。
この謎生物は、人のことを何だと思ってるんだろうか。一般的日本人は、森の中を単身数時間行軍して、合間合間で魔獣退治なんてしていたら、いくらそれが出来る能力があっても気疲れする。
あんたみたいな脳天気謎生物とは違うのよ、と思いながらも、その視線を受け流す。
宿についた時はもう夕方近くて、適当に荷物を整理したり、ナビと話をしていたら、あっという間に外は暗くなっていた。そろそろごはんを食べようと思って、下に行くと、エプロンを着た中学生ぐらいの背丈の女の子と、見た目25歳ぐらいのお姉さんがいた。
テーブルに向かって座るお姉さんのそばに女の子が立って、何やら楽しげに話をしている。わたしが近づくと、あら、という顔をしてこちらに話しかけてきた。
「今日から泊まっているひと? 一緒に食べましょう、今日はね、あなたとわたししか泊まっていないみたいなの」とお姉さん。矢継ぎ早に話しかけてくる。
「ええ、構いませんよ」と言って、わたしはお姉さんの向かいに座った。
現代日本で考えて、民宿に泊まって、食堂で鉢合わせても、いきなり声を掛けることは普通しない。だからつい、ちょっと素っ気なく、警戒心を出しながら返事をしてしまった。よく考えると、日本のほうが人と人の結びつきみたいなものは薄くて、宿に泊まっている人が2人しかいなかったら、会話をするというのは普通なのかも。
お料理お持ちしますね、と言い残して、女の子は奥へ消えていった。
「そんな硬くなんないでよ~。わたしはリサ。冒険者よ。よろしくね!」
「ハルです。流れの神官をしてます」
「神官!? なんで!?」
「なんで、とは」
「どうして神官服を着てないの? あるでしょ、あの白いやつ、白くてきれいなやつ」
「旅の途中で汚して。替えもなくて」
「あ~、白い服は汚したら大変そうだもんねえ。そう考えると、あの神官服って実用性皆無よねえ、動きづらそうだし、あっ、でもそもそも動くために作ってないか、あはははっ」
ひとりで笑っているので、愛想笑いをしておく。
その後も、「ねえどこからきたの」とか、「この街にはどれぐらいいるの」とか、ずっとわたしの話を聞いてくる。話すのが好きというか、ただ自分が話すだけじゃなくて、うまく相手の会話を引き出して、楽しく会話をする人だ。まさか違う世界から来たとは言えなくて、適当にごまかしながら答えていくと、さっきの女の子が料理を持ってきてくれた。
「お待たせしました~。オーク肉のソテーです!」
とても元気良くお皿をわたしの前に並べていく。オーク肉は見た目豚肉だ。黒いパンとスープ、何かのサラダも並べられる。見た目おいしそうだ。ナビもちょっと物欲しそうな顔をしてるような気がする。妖精の物欲しそうな表情は結構読むのが難しい気がするけど、わたしのオーク肉の近くでふらふら飛んでいるから、わかる。
お客さん、どこから来たの? 北の方から。神官さんなんだって。えっ、神官! そうなのよ、こんな小さいのに。神官さんって、教会の? そうよ、所属してないけど。所属してない神官さんがいるの? そうらしいわ。わたしもあんまり見たことないけれど、一度パーティを組んだことがあるわ。えっ、神官さんって狩りとかするの? んー、その神官さんはね、治癒魔法を使ってくれてね。治癒魔法! そそ、ケガしたらさ、ばっと来てぱっと治してくれんのさ。
どんなひと? 若い男だったねえ…… かっこ良かった? かっこ良かったねえ……
うは~! でさでさ、流れの神官だかんね、狩りが終わったら、ふらっといなくなんのさ、ひとこと、あなたに神のご加護がありますように、なんつってさ。
うは~! わたしもかっこいい神官のご加護ほしいよ! バカね、神様のご加護よ。良いのよ、治してくれるのは神官なんでしょ、そりゃもうその神官のご加護よ! ははは、わたしは治してもらったぞ~。くぅ~うらやましいっ! わたしも宿屋の娘なんかやめて、冒険者やるか、冒険者!
……女3人、姦しいってのは、ホントだね。
その一角を担いながら、あまり担えていないが、オーク肉を頬張る。
外は真っ暗だ。
ナビさんからひとこと:
ハル、とんでもなく強いのになあ。
ガールズトークには、弱そうだけど。