抜き打ちテスト
目を覚ますと、わたしは小さな小屋の中にいた。ベッドから起き上がると、そばに置いてある花びんが目に入る。あたたかい光が窓から入っていて、爽やかな空気が満ちている。落ち着いていて、居心地が良くて、幸せな感じがする。
<<起きたら、この本を開いてください>>
壁に貼ってある白い紙に指示が書かれている。さっきの女神様からだろうか。
その下には、文庫本サイズの茶色い本が置いてある。とても薄い。表紙には「チュートリアル1」と書いてある。
わたしは指示通り開いてみた。
――こんにちは。お目覚めですか。
すると本から青い光が立ち上って、さっきの女神様の姿が浮かび上がってきた。古ぼけた本なのに、なかなかハイテクだ、と感心していると、話が続く。
――ここは、あなたのために用意した、チュートリアルのための小屋です。この世界で生きていくためには、あなたの世界の知識だけでは、うまくいかないと思います。狼の解体とか、ファイアーボールとか、できないでしょう?
できない。というか、そんなこと、できないといけないのか。わざわざ小屋を建てたり、演出をしたり、なかなか親切だと言えなくもないけど、ちょっと怖いな。
――ここでしばらく生活して、いろいろな知識を身に着けていくといいでしょう。いかなくてもいいけれど、危ないから、おすすめはしません。この小屋とその周りは、安全な感じにしてあります。
安全な感じって何だろう。まあ、せっかく準備してもらったんだから、最大限活用していこう。安全に行こう、これがわたしのモットー。
――この小屋には、他に書斎と、台所があります。書斎にはたくさん本があって、開いてもらうと、この「チュートリアル1」と同じように、わたしみたいな先生役が現れて、あなたにいろんなことをお伝えします。焦らずに、一冊ずつ読んでいくといいですよ。お腹が空いたら、台所に行って、適当に食べてもらえばいいです。じゃっ。
そういうと青い光の神様は消えた。本の中身をぺらぺらめくると、さっき神様が言ったことが文章にしてある。なるほど、先生が話したことは、読んで復習出来るんだ。
勉強方法って、耳・目・手・口の4種類があって、人によって得意・不得意があるって聞いたことがある。わたしはどちらかというと、人の話を聴くよりも、文章を読んで、勉強する方が向いているような気がする。だって、自分のペースで出来るから。だから、ちゃんと文字に起こしてくれているのは、結構ありがたい。
書斎に行ってみると、結構な数の本が並んでいる。背表紙にタイトルが書いてある。
「チュートリアル2」。たぶん、さっきの続きなんだろう。
「魔法概論」。大学っぽい。魔法を使うには、これをやんないといけないんだろうな。
「治癒魔法Ⅲ」。なんか、すごそう。病気を治すとか、信仰を稼ぐのに、よさそう。
「剣術基礎」。え、武闘系もやるのか。狼とか言ってたし、護身用に必要かな。
「古代エルフ語初級」。語学ね。覚えるの大変そう。というか、これは要るのかな?
……他にもいっぱいあった。これは、時間がかかりそうだな。
書斎には、椅子と机があって、机の上にはランプがある。コードはついてないのに、ボタンを押したらついた。異世界ってことだな、うん、と勝手に納得。ノート、メモ帳、筆記用具も置いてあった。
「チュートリアル1」はあっという間に終わったから、とりあえず「チュートリアル2」を開いてみる。またさっきの女神様だ。チュートリアルの担当講師は、女神様らしい。
内容は、大陸の地図とか、どんな国があって、どんな種族が住んでて、という話だ。この辺は、知らないと変な顔をされるんだろう。やっぱり、人間だけじゃなくて、獣人とか、エルフとかがいるらしい。覚えきれないから、適当にメモしておく。
お金は、銅貨を基本単位にして、銅貨100枚で銀貨1枚、また銀貨100枚で金貨1枚。銅貨1枚は、100円の気持ちでいなさい、とのこと。時間・長さ・重さの共通単位は、日本と一緒。1日は24時間とか。
台所に行ってみる。ごく普通のシステムキッチンだ。水とか火とか、どうやって出てくるかは知らない。魔法だろう、たぶん。
MENUと書かれた青い板がおいてあって、いろんな料理の名前が書いてある。サンドイッチを押すと、たまごサンドとハムレタスサンドが2つずつ、白いお皿に乗って出てきた。これ、コンロとかいるのかな。わたしはサンドイッチを最初の寝室に戻って、つまむ。つまみながら、今後の方針を考えてみる。
女神様の話をまとめると、一応の行動目標として、この世界で神への信仰を、人々から集めればいいらしい。信仰なんだから、教会に入って、困っている人の助けをしたりすれば、自然と集まるだろう。人助けをするためには、自分は余裕で生活できるぐらいじゃないとだめだ。なので、書斎でいろんなことを、勉強する。
ご飯も出るし、まったりやっていくかと、思う。
おなかもふくれたから、また書斎に戻って、どんどん本を読む。
チュートリアル編は終わって、「魔法概論」を開くと、赤いマントを羽織った、ダンディなお爺さんが出てくる。基本理論は後じゃ、とりあえずやってみなさい、とかなんとか言って、わたしはいきなり実技をやらされる。
身体の中にある魔力を感じてみるのじゃ――ふむ、確かに何か、感じますよ、先生。
慎重にそれを手先まで運んでみよ――わたしは右手まで運んでみる。
保ったまま、光の玉をイメージして、指先から魔力を出してみなさい――
するとポワンとした明かりが指先に出た。今なら誰かと人差し指を合わせられそう。
成功したようじゃな、と言って、お爺さんはやわらかく微笑んだ。
その後、魔法概論の名にふさわしい魔法の基本的な仕組みが、お爺さんによって語られていく。わたしはメモをとりながら、確かにこれは、実技をやってからのほうが良いだろうと思った。話を聞いても、普通の日本人のわたしには信じられそうもなかっただろう。
「剣術基礎」は、細身でかっこいいお兄さん。背中には羽みたいなのが生えている。ひょっとして、天使とかかな。こちらは本を開くと、最初に神様と話したような、真っ白い空間に連れて行かれた。剣術だから、場所が要るものね。
「古代エルフ語初級」は、小人。きいきいとした声で、文字を教えてくれた。一通りの文法までやるらしいので、結構分厚い。
疲れたら言ってね!と言うので、そう言うと、「では次回は続きから!語学は復習だよ!」と元気良く叫んで、姿が消えた。しおり機能が搭載されているようだ。
なんだか、○大に入学させる漫画みたいだな、と思う。エキスパートが集まって、わたしに手取り足取り教えてくれる。どの先生もどちらかと言えばふんわり系だから、そこはちょっと違う。
外から差し込む光も赤く染まって、わたしはそろそろ終わりにするかと書斎を出た。
翌朝、「和定食」をメニューから呼び出して食べて、また書斎に向かう。
書斎の本のタイトルをもう一度見ていくと、大体こんな感じに分かれるみたいだ。
・魔法系――火・水・土・雷・光・闇・無属性など。無属性は、空間魔法とか。
・武闘系――剣・槍・弓・短剣・斧・格闘など。これは、全部はきつそうだなあ。
・教養系――地理・歴史・言葉。大陸共通語は、ほぼ日本語と一緒だから、古代語だね。
魔法系は一度使えるようになればそうそう忘れないみたいだから、大丈夫そう。
武闘系は、きつい。そもそも体力が足りない。筋トレコースもあって、これをやりながらやることになる。
教養系は、興味深いけれど、勉強したそばから忘れていく。覚えておかないと変に思われそうなところだけは抑えておいて、後は聞いたことあるなあ、ぐらいで十分だろう。
わたしのこんな学習意欲だと、魔法系の習熟度が高くなりそうだ。狩りは後衛だな。
でも、妙な出自がバレないようにするには、基本はソロ行動じゃないと、困ったことになりそうだ。わたしが後衛で安全に狩りをするためには、前衛が必要だ。
そこで有用なのが、召喚魔法だ。盾になってくれる召喚獣をたくさん出して、わたしを守ってもらおう。そうしよう。
てなわけで、治癒魔法と召喚魔法を主軸に魔法系を学んで、武闘系は回避をメインに。
今後の方針も経った所で、昨日の続きから読んでいくか、と決意を新たにした。
しおりを挟んでいた「古代エルフ語初級」を開くと、おはようございます!!と元気の良い挨拶が先生から飛んでくる。幻?なんだろうけど、一応挨拶は返しておく。
――テストするからね!筆記用具以外しまってね!!
……そんな機能、ついてるんだ。
教育熱心だなあ、と遠い目で見てしまった、ノー勉の、わたし。