見過ごせない間違いはきっちり訂正しましょう
いつの間にか脇を固めていたロシア軍兵士たちが、銃を構えた姿勢のままグツグツと煮えたぎっていた。服も、銃もそのままだった、ただ、生身の身体だけが熱々のグラタンか何かのように、熔解しつつあった。
恐怖という感情すら、死滅していた。羽生はただ突っ立っているのみ。
すっかり硬直し切った羽生の目の前で、男が、おもむろに口を開いた。
「 」
声は聞こえなかった、はずだ。なのに急激な思考が奔流となって、羽生に向ってなだれ込んでくる。光の洪水か、または突風か、羽生は耐えきれずに頭を抱えてその場に倒れ込んだ。
――ワタシハイママデタベタイノチハスベテ…………
私は今まで食べた命はすべて、ひとつ残らず私自身に還元した。様々な地に降り立った我々はどれも最初はアメーバの大きさだった。だが、手の届く生命を片っ端から喰って、徐々に大きくなっていったのだ。細菌から昆虫、鳥類も哺乳類……我々は取り込んだ生命体の活動や思考のパターンを踏襲し、組み合わせて自らを創り上げてきた。この男もそうだ、地球時間で五十年ほど前に、たまたま近くの森を通ったこのナナイ人に遭遇し、私は彼を喰い、内に取り込んだ。
他の地域に降り立った我が同胞たちも大小さまざま多くの命を喰らい、徐々にこの星の知識を蓄えていった。
だが、このナナイの存在を取り込んだことで、私は他の多くの同胞より大きく抜きん出た存在となった。ナナイの明確なる意思が我々を目覚めさせたのだ。
それは、地球上の命はすべて、等しく軽重など存在しないという認識の把握だった。そしてもう一つ、自らを生かす時のみ、他の命を取ることができるという掟。
この意見が全体に還元された時、すべてのアウの民は衝撃を受けた。それまで、地球上にいるヒトという種族は、自分こそ地上における頂点の存在と自負を重ね、誰もが揺るぎなくそれを信じ込んできていたのだから。我々の多くは一度はヒトを取り込んでいた、だから自然にヒトが地球生態系の頂点だという共通認識を持っていたのだ。
しかし、このナナイの思考を皆で突き詰めて討議するうち、そしてさまざまな地球上の実情を知るにつれ、我々はヒトという種族そのものに危機感を抱いた。それが、今回の一連のアクションを起こしたきっかけだ。
ハニュウシンジと名乗るお前。我々の問いかけに応じてこの地に来たお前。ヒトの代表として訊こう。
お前は何を求めている? お前は何だ? お前はこの地上でどんな位置に立つ?
この地球上で、ヒトは互いに戦っている。それだけではない。ヒトは積極的に他の生き物を殺す。ヒトどうしだけでなく、他の生き物も。その命を自らに取りこむことなく、ただ単に捨てるためだけに。
それだけではない、ヒトは他の生物どうし、楽しみのために殺し合いをさせることがあるではないか。そして自らに都合のよい理由をつけたり、自他どちらにも見え透いた嘘をついたりして殺し合いを続けている。
私たちはこの地に降り立ってから、いったいどれだけの殺戮を見続けたことだろうか。
ナナイの心を取り込むまで、それはごく当たり前のこととして我々アウも見過ごしてきた。しかし、今では違う。
我々全体の意思は明確になった。そして今こそこの問いの答えを求める。
ハニュウシンジなるヒトよ、お前は
そこまで耳に入った時、羽生は腹の底から絶叫した。
「オレは、ハブだーーーーーーーーーーーーっっっっ!!」