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物事はよい方に考えましょう

 小村の存在は、スマホに全て載せ替えられたのだと言う。あまりにも軽い言い方を前に、羽生はただ呆然とスマホの画面を見つめるだけだった。

「だいじょうぶっスよ、先輩」

 声はかすかに割れて、ハウリングを起こしている。

「別にこん中でも気分悪くないっスから。それに何かすっげえ動画も無料見放題だし」

「お前……なぜ」

「説明聞いたっスが、エネルギー転換? えっと分子レベルで分解して」

 狭い画面内を泳ぎ回る小村の生首はあちらを向きこちらを向き、まるで金魚だ。

「……オレはリョウコちゃんに何て詫びればいいんだ」

「リョウコのことは気にしないでください」

 ここにきて急に、声が明瞭になった。小村の声は羽生よりも落ちついている。

「先輩にはちゃんと話そうと思ってたんスが、リョウコとは別れたんスよ。つうか、オレが一方的にのぼせあがってたって言うか、騙されてた、っつうか……中国からの留学生で父親が日本人て言ってたけど、就労ビザで入ってきて、嫁入り先を探してただけっぽいス。上智大学っつうのもウソだったし、オヤジが貿易で儲けてるってのもまるっきりウソで、実際、ヤクザがヒモだったらしいし、オレが金ないの知って、愛想つかされちゃったみたいで」

「そうなのか」

「それに」小村の声は軽く笑いを含んでいる。

「ついて来たのも、最初は申し訳ないって気持ちで、先輩っちの玄関先まで謝りに行っただけなんス。したら変なスーツの連中に捕まっちまったんスけど、船まで案内してくれた政府なんちゃら対策会議室補佐官つう人がね、先輩に同行してくれればありがたいし、二人とも日本のイシンにかけても生命の保障はするし、しかもロシアではホテルごと金髪の案内役がいて、異星人との対決までに、どんな無茶な要求でも叶えてくれますよ、もちろん、お望みのやり方であんなことこんにゃことにゃんにゃんにゃこと……」


 結局、基本的には人の良い小村は女にも騙され、政府のなんちゃらにも騙された、ということらしい。


 小村、本当にほんとうにお前は、生きているのか? 弱々しい声で羽生は画面に向ってそう訊いた。

 スマホがよどみなく答える。

「アウに食われると、すぐさまアウに取りこまれるんスよ。今、しゃべっているのはあくまでもアウの一部としてのコムラユウサクで、しゃべり方とか声とかは、先輩だったらどう見えるか、聞こえるかという観点で作り直されてるんスよ」


 カンテン、という言葉が出た時点で、羽生は小村の『消失』を確信した。

 ぐっ、と生つばを呑んで、尻ポケットにスマホを突っ込むと、羽生はひとり先に進んだ。

 小村の声が能天気にこう続けているのも、耳に入っていなかった。

「三人残っていた挑戦者、二人、消えたっス。残っているのは先輩だけっス! ふぁいと!」


 こじんまりした木立を抜け、更に広い草地に出た時、羽生はついに『それ』に対峙した。

 いや、『それ』と言っていいものか……羽生は束の間逡巡する。


 羽生の目の前にいたのは、人間。しかも、東洋人にも似た、かなり小柄な老人だった。


 着ている衣装も素朴な色合い、長いマントのような上着をはおり、シンプルなズボンがひざ下から見えるのみ。履いているのも地味な色合いの短靴だった。顔は平面的で目は小さく切れ長、どこか、羽生の生まれ故郷、岩手の片田舎にでもいそうな顔立ちだ。

 狩猟用なのか、長い銃を携行している。危険そうな雰囲気はまったくない。銃はまるで身体の一部分のように見えた。

「……」

 羽生はその姿を見つめ、その瞳を見つめた。


 男には間違いなさそうだ、ただ、年齢については、いかにも判別しがたい。

 始めは老人と見ていたが、もしかしたら十も違わないのかも知れない。

 羽生はよろめきながらも前に進み、口を開いた。


「アンタ……」


 目の前の東洋人らしき男は哀しげな目のまま彼を見ている。


「いったい、何なんだ?」


 急に耳をつんざく絶叫が響き渡る。ひとつふたつではない、いっぺんに、六つ。

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