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とりあえず、努力は惜しまず続けましょう

 ユジノ・サハリンスクから軍の用意したヘリでひたすら西へ飛び、羽生と小村とはロシア沿海地方のダリネレチェンスクという街にたどり着いた。

 街と言っても、大きなビルディングなどはない、せいぜい四、五階程度の建物が緑の木々の中点在しているくらいだ。


 船を降りてからの三泊にわたる旅で、小村はその都度ホテルのフロントで「金髪の案内係はどこ?」と訊きまくって、ロシア人たちから不審な目で見られていた。


 最後の宿となるらしいダリネレチェンスクのペンションでも、ひとりでさんざんフロントの冷たい視線と闘ってきたらしく、なぜか逆にすっきりした顔で部屋に戻ってきて「さあ今から本番だぁ!」と両頬をぱしんと叩いてから黙ってずっと動画を検索していた。

 小村のあんがいと地道な努力にも関わらず、二人は何の解決策も見つけ出すことはできなかった。


 ここまでに入った情報。


『異星人』と直接対決することになっている人間は、確認されているだけで五十八国籍四百八十九名、そのうち、異星人指定の座標にたどり着き、何らかの『対決』をしたという報告はすでに半数以上になっていた。

 結果と言えば。

 敗北ですらない。まるっきり歯がたたないのだ。


「なんスか……」

 スマホで異星人関連の動画を見ているうちに、すっかり気分が悪くなってしまったのか、小村が真っ青な顔のまま弱々しくつぶやいた。

「ぜんぜん勝ち目ないっスね」

 小村は動画を見せながら羽生に解説する。

「ユカタン半島にペルー人の金持ちがボートで座標まで行ったらしいっス、メキシコ陸軍が沿岸で見守ってたんですが、少し沖に出てから十五分ほどした時にボートが爆発炎上、黒こげになったペルーのおっさんらしき姿がぽーんと飛んで、海に落ちるーって時に急に水面に、ここ書いてあるでしょ……『長い舌状の突起』に『ぺろりと丸めこまれ』、そのまま海ン中へと引きこまれちまったそうです」

 動画は何度観ても、何もなぐさめになるようなものではなかった。

「ロシアでも、ほら、チェリャビンスクってつい最近、でかいのが落ちたらしい所っスが、同時に二人の挑戦者がかかっていったらしくて……これも軍関係者や地元住民・マスコミも張りついていたのに、かなり悲惨な最期だったようっス、裏返しに……何が裏返しになったか分かります? 観ます? 動画」

「いやいい」

 挑戦者が具体的にはいったいどのように異星人と『対決』しようとしたのかは、全くといいほど伝わってこなかった。

 まあ、伝わって来なくともあまり変わりはない。異星人との勝負に勝利したという報告は皆無だったのだから。

 すでに挑戦者たちはもとの一割程に減少、途中で逃げ出そうとした者も数名いたが、逃亡を図った瞬間、アイロンに落ちた水滴のように、あっと言う間にこの世から姿を消した。

 ちゃんとした研究機関が手厚くバックアップして、挑戦者にウェラブルカメラと各種モニターを取り付け、全記録を取ろうとした例もあったが、準備が万端だった箇所ほど、座標に近づいたと同時に挑戦者の変化は突然かつ急激で、たいていは彼らが一言も発することができないうちに、融けるか縮むか膨らむか炎上するか、はたまた粉状に粉砕されてしまうか、コロンビア・ネクタイからの変形とかそんなこんなで影形もなく消失してしまっていた。


「なんスか……」小村は今までの元気さはどこへやら、ひと回り縮んでしまったかのようだった。

「これって、けっこうヤバイっすよね」

 羽生はここ数日の間すっかり習慣になっていた家と妻の携帯へのリダイヤルをいったん止めて、こじんまりしたベッドの上でうずくまる小村にちらりと目をやった。ちなみに自宅の電話も、妻の携帯も留守録以外の応答はただの一度もなかった。

「小村」

 羽生は感情のこもらない声で淡々と応じる。

「何にせよ、けっこうヤバいのは同じだよ、俺ら誰もがね」


 ダリネレチェンスクから今度は東に。ごつい幌つきの軍用車両で二時間、三時間、大自然の他には何もないような白茶けた道路を延々と進み、いくつかの街なのか村なのか微妙な地域を経て、ただひたすら最終目的地へと向っていた。

 道路はいつの間にか舗装をあきらめ、やや短い草の中に刻まれる二本のわだちのみとなっていた。

 ジープの中でも、小村はまだ何かと楽しい妄想にふけっていたようだった。現地に近づくにつれ、また少しだけ元気を取り戻してきたようだ。

 元来、小村は会社勤めが向いていないと自身で度々愚痴っていたし、そのくせ給料日だけ妙にテンションが高く、そこから日が経つにつれだんだんと空気が抜けるように元気を失っていった。多分、極端な現物ゲンブツ主義なのだろう。

 目的地がはっきりと目の前になったおかげで、小村はやや高く自分を保てていたようだ。

 ねえ先輩、ロシア語って楽勝っスよー、といいながら、車中でもしきりにメモ帳片手に女の口説き方を研究している。

「かかーや、くらしーばや、ばーぶしゅか!」と突然大声で発音練習した時には、一番近くに銃を抱えて座っていた若い兵士がぶふっと吹き出し、隣の兵士に肘で小突かれ、その後その若造はずっと顔を伏せて笑いをこらえていた。

 羽生が後で通訳にこっそり訊ねてみたが、どうも小村は間違えて婆さんをくどく台詞を練習していたらしい。どうりで他の兵士も顔を真っ赤にして何かをこらえていたはずだ。


 よく考えれば、いくら銃を持っていつでも命令次第で発砲できる態勢に入っていると言えども、彼らも、羽生と同じサイドに立っている「地球人」なのだ。

 そして、兵士たちがあからさまに羽生と小村に笑顔を向けない理由もよくわきまえていた。


 誰も、死刑囚に対して愛想を振りまきたい者などいないのだ。

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