4.炎魔術師のバカ野郎
杖がない。エセルの身の丈と同じくらいの長さの、真っ赤な血の色をした宝石が付いている、金属製で中々に重いあの杖が。
いつからだ? 一体いつからない? トッドは頭を抱えた。
春の夜の冷える山中、共に焚き火を囲むエセルとグラムは、そんな彼には気付かず、思い思いにくつろいでいる。
ちなみに、カルポスは炎から少し距離を取って就寝した。彼の眠りが人と同じものかは分からない。
エセルは延々と焚き火の炎を眺め、グラムは手のひらサイズの日記帳に、カラスの羽根ペンで細い字を綴っている。
確か三日前の昼、エセルが宿の壁に立て掛けていた杖に自分が足を引っ掛けて一悶着あったことを、トッドは思い出した。
“燃やすぞ……!”
“やれるもんならやってみろコラァ”
その次の日、山賊を七人倒した。あの時は…………既に持っていなかった気がする。
そして昨日、カルポスという名の樹木精と出会った時を思い返したが、やはりエセルは杖を持っていない。
「エセル、杖どこやった?!」
トッドは思わず大声を上げた。野営地に声が響く。
「杖なら、質に入れましたよ」
「は?! バカじゃねぇのか?!」
なんだそんなことか、といった態度でエセルに言われたトッドは激した。
杖は、術の安定化を図るためのものである。人によって、指輪であったり書物であったり様々だ。グラムの場合、紋様が縫い込まれたローブが、それである。その杖を手放すとは、どういう了見だと言うのか。
「何日か前に、カードで負けて金が必要だったんですよ」
「クソ弱えー癖に賭け事をすんじゃねぇ!」
「売られた喧嘩は買う主義です」
思った通り、くだらない理由であった。
「なぁ、オイ……グラム、お前はコイツの杖が消えてるのに気付いてたんじゃねぇか?」
グラムは、優れた観察眼の持ち主である。その目は前髪で隠れているが、別に視界が閉ざされているということはない。基本的にエセルから焦点をずらして生活しているトッドには無理でも、彼ならば早々に気付いていても不思議ではない。
「……ごめん。一昨日の朝から気付いてたけど、エセルがあまりにも堂々としてるから、最初から持ってなかったんじゃないかと思って…………」
グラムが確かめるために開いた一昨日の日付のページには「どうしてエセルが杖を持っていたような気がするのだろう」と書いてあった。
「お前はもっと自信を持てよ!」
「ごめん……」
「ハァ~。勘弁してくれ」
「別にいいじゃないですか、杖なんてなくても炎は出せるんですから」
「よくねぇ! 昔、暴発した炎に髪を焦がされたこと忘れてねぇぞ……」
「全く覚えてません」
エセルは、微塵も悪びれず偉そうにしている。本人に偉そうにしているつもりはなく、普段の態度が常人ならば偉ぶっている類いのものなのだ。
彼はいつだって賞賛しか受け入れないし、炎に近付き過ぎて身を焼きそうになっている蛾みたいなものの癖に、自分が一番正常であると信じている。無数にある、トッドがエセルを嫌う理由の一部が、これだ。
「とにかく、金を払って杖を返してもらえ」
「じゃあ、金くださいよ」
「昨日入った金は?」
「酒と女で消えました」
「殺していいか?」
トッドは顔を引き攣らせて、グラムを窺った。
「ダメだよ、捕まるから……」
「どうして法はコイツを守るんだ?! 法が俺の邪魔をする!」
「奇遇ですね、私も法に邪魔をされがちですよ」
エセルは自身の前髪を弄びながら、魅入られたかのように炎を見つめたまま言った。
「人が集まっているのを見ると、そこに火を放ちたいと思いませんか?」
「いや」
「昔、無意識で人が沢山いる教室を燃やしてしまったんですよね」
「それは初耳だな。暇だし、お前のろくでもない生い立ちでも聞かせろよ」
「ろくでもないって、人のこと言えるんですか?まあ、別に構いませんけど。部分的には話しましたが、頭から話せばいいんですか……?」
――――商家で生まれたエセルは、幼い頃から炎が好きで、火遊びをしては両親に怒られる子供だった。庭の雑草を集めて火を着けたり、台所で鍋を温めている火に薪を焼べ過ぎたり、そんなことをしょっちゅうしていた少年を、両親が何とかしなくてはと思うのは当然である。
何か悪いものが憑いているのではないかと、まずエセルは教会に連れて行かれた。
「お子さんには、何も取り憑いておりません」
にこやかな神父が言う。
その時の両親の苦い顔を、よく覚えている。子供心に、何かに取り憑かれていてほしかったのだろうなと思った。
次に病院へ連れて行かれたが、やはり異常なしと診断され、両親の様子は悲愴極まるものだった。
そして、その日の夜、両親は激しく口論をする。
「何か、教育に悪いことをしていないだろうな?!」
「私を疑うのですか?!」
それが、とても恐ろしいものに感じられて、エセルは自室のベッドに潜り、必死に耳を塞いだ。これが、彼が九歳の頃の出来事である。
それから、エセルは大人しくすることにした。炎には極力近付かないようにし、家庭教師に教わった興味のないことを吸収しようと努めた。
既に仲間に話したことがある、彼が家に帰れなくなった理由、例の実家を半焼させた事件を彼が起こすのは四年後のことである。
ある日、十三歳のエセルは息抜きに図書館を訪れた。入館料を払い、本棚の間を進んで行くと、一冊の絵本が目に止まる。その絵本は、異国に関する書物が納められた棚にあった。「悪の炎と癒しの雨」と背表紙に題名が書かれている絵本を手に取り、近くの長椅子に座って表紙をめくる。
内容は炎を司る悪神と雨を司る善神の話を、子供向けにしたものらしい。翻訳されたその本を、炎が描かれているからというだけの理由で読み進めていくと、このような文言が記してあった。
私は、日暮れには魂と肉体を炎に焼べる。
太陽よ、昼であれば私の敵を赤き炎によって灰にしてくれ!
これをいたく気に入ったエセルは、絵本を持ち帰りたい衝動に駆られたが、そんなことをすれば本に仕掛けられた呪いが発動してしまうので必死に抗った。仕方なく、その文を持参した紙に丁寧に書き写し、それで満足することにして、帰宅する。
それから辛いことがあると、これを心の内で唱えた。エセルは大人しくしていたが、いつだって心の中では炎が揺らめいていたのである。
だが、そんなささやかなお守りも、ある日、母に見付かって泣かれ、父には殴られ、それは破かれて部屋の窓から捨てられてしまう。窓に駆け寄って見た遠ざかる紙切れは、エセルの目に、宙を舞う灰のように映った。
「私は……私は、日暮れには魂と肉体を炎に焼べる! 太陽よ、昼であれば私の敵を赤き炎によって灰にしてくれ!」
振り向き様に、暗記していたものを叫ぶように唱える。自分から炎を完全に奪うことは出来ないのだと、両親に宣言するように。これは、彼にとっては祈りの言葉でもあった。
そして、事件は起こる。
エセルの部屋に、突然火の手が上がったのだ。同時に、複数。数学やら経済学やらの書物が並ぶ本棚が、寝具が、壁に掛けられた風景画が、燃えている。それに、両親の服の裾にも火が着いている。ふたりは喚きながら、水を求めてエセルの部屋を出た。
エセルは「ああ、アイツらは、やっぱり敵だったのだ」と、笑みを浮かべながら怒った。
部屋は燃え続けている。エセルは、この軛を燃やし尽くさなくてはならないと強く思った。生家を綺麗さっぱり灰に出来たのなら、なんと清々しいことだろう。
部屋を出て一階の店へ行くと、そこも既に燃えていた。
「あはは……」
値の張る商品が燃えているのは、実に愉快で笑いがこぼれる。
雇い人の姿がないので、恐らく衛兵を呼びに行ったのだろう。
「あははははははッ!」
心の底から笑うのは、随分久し振りのことだ。
「全部燃えちまえ! 全部だ! 何もかも! 私を自由にしてくれ!」
しかし、結果は既に述べているように、半焼である。
衛兵の迅速な消火活動のおかげ、ではない。エセルが暴発させた魔術由来の炎は、ただの水では消えなかったのだが、研鑽を積んだ魔術師のようにはいかず、勝手に消えたのだ。とはいえ、エセルの両親には身体的にも経済的にも痛手だろうが。
彼らは軽い火傷と心的外傷を負い、とうとう息子と縁を切ることに決めた。
「お前は、もう家の者ではない。荷物をまとめて出て行け」
父は静かに言った。母は声を殺して泣いていた。
エセルは言われた通りに荷造りをし、こうなったら遠慮はいらないとばかりに、地下室から商品の在庫である誰にでも扱える魔術の巻物を大量に盗み、その日の内に足取り軽く家を出た。誰にでも扱える故に高価で、紙なので本当に軽かった。
自分には、きっと魔術の才能があるのだと考えたエセルが目指すのは、国唯一の魔術を学べる場所。入り口の洞窟から、地下十層に渡り深く広がるクァットゥオルオーウム魔術学校である。
ほとんど誰も正式名称では呼ばず、単に「学校」か、もしくは「洞穴」と呼ばれているその場所。元々は秘密結社めいた組織だったが、国に公認される際に、「魔術学校」という穏やかな名称になった。
しかし、魔術師以外からは相変わらず、この学校は不吉の象徴のままである。特に赤竜教会からは白眼視され、洞穴に集う魔術師たちを「コウモリ」と嘲弄する者も少なくはない。
それは、魔術師という人種が犯罪に手を染めると、甚大な被害が出る恐れがあるためだ。教会に言わせれば、そのような人間は魔物と変わらない。
魔術師が犯罪者になると困るのは、学校側も同じである。学校に在籍しているヘオヴォン国内の魔術師は、常に一定数おり、およそ百人ほどらしい。その魔術師の所在を出来る限り把握し、手綱を握るのも学校の役目だ。
もし、法に背く者が出たならば、すぐさま手練れの魔術師が派遣され、始末される。万が一、逃亡を許してしまった場合は、衛兵に魔術師の情報を開示することが義務付けられており、その後は指名手配される運びだ。
そうは言っても、学校ぐるみで非人道的な実験をしているのだろう、と邪推する者もいるが。
なお、学校に在籍していない魔術師については、彼らの知るところではない。
エセルは学校の情報を集めたり、思いっ切り店の名前を出して巻物を売り払ったり、街道でろくでもない喧嘩をしたりしながら、街から街へ。
そうして辿り着いたのは、町外れの小さな森にある大穴の前だ。この見張りも何もない洞窟の入り口が、魔術学校の玄関だと、俄かには信じ難い。
誰かいないのだろうか?
一歩、洞穴の中へと踏み出す。すると、エセルの首は超常的な力で捻じ曲げられた。
「ぐぅ……! あっが……!」
元から首が一八○度回るように出来ているみたいに軽々と捩られ、エセルは痛みで背に涙を流す。
痛みが強過ぎて、思考が定まらない。
何故。苦しい。痛い。助けて。ごめんなさい。ゆるして。
苦しみから膝を突き、手を祈るように組んでしまう。
その時、頭の片隅に浮かぶものがあった。
“屈辱”
小さく浮かんだその感情が、次第に存在感を増していく。
ゆるして? 誰の許しが要るというのか。
ごめんなさい? 誰に謝る必要があるのだろう。
助けて? 誰も助けてなどくれない。
何故、痛くて苦しい?
自分は悪いことなどしていない。いや、いつだって自分が悪かった。いつもだ。いつも、当たり前のように。そんな予定調和みたいなものは、もういらない。
こんなことが許されるか? 謝りたくない。そもそも、毎回自分が悪い訳がない。
自分は、自分を助けなくてはならない。そうしなくては救われない。
エセルは組んでいた手を解き、ふらつきながらも立ち上がった。
「ぶっ殺してやるッ!」
洞穴に怒声が響いたその瞬間、痛みも苦しみも消え、なにより首が正面を向いている。
ただ、涙を流した痕だけは残っていた。
「今のは、幻覚?」
「そうだよ」
顔を袖で拭っていると、背後から少しかすれた低く落ち着いた声が聴こえ、振り向くと赤いマントの妙齢の女がいた。一体、どこから現れたのか。凛とした佇まいの彼女の瞳は、エセルを射抜くように見つめている。
「まずは、合格おめでとう。私は、グリゼルダ・グランディ。ゼルダでいい。あんたの名前は教えてくれなくて構わないよ。あんたが一年後にも学校にいたら、気が向いた時に教えてちょうだい」
「さっきのは試験……?」
「そうね。入学したくて、ここに来た奴は、あの幻覚を見せられるの。で、泣き喚いてるだけで終わらなかった奴は合格。魔術師は強靭な精神を持っていないとね」
「あの試験を考えたのは?」
「私じゃないよ。恨むなら、創始者のテッラ・クァットゥオルオーウムを恨みな。彼が仕掛けたものだからね」
エセルに睨まれたゼルダは、ふぅ、と息を吐いた。
「損な役回りだよなぁ。可哀想だよなぁ、私。たまにいるんだよ。あんたみたいに、幻見せてきた奴を殺さんばかりに憤る奴。無理もないけど。残念ながら、テッラは千年以上前に死んでる」
かつ、かつ、と彼女は靴の踵を鳴らす。
「あんた、もう魔術使ったことある?」
「ある。家を燃やした」
「じゃ、炎魔術師だ?私とおんなじ。凡庸ね」
「凡庸?」
「魔術師が十人いたら、六人が炎魔術師だって言われてる。まあ、魔術師が非凡だから気にするな」
別に気にはしていないが、もしかして彼女は気にしている、もしくは気にしていたのだろうか。
「とにかく、クァットゥオルオーウム魔術学校、秘密結社、洞穴、地獄へようこそ。歓迎するよ」
随分明るく地獄入りさせるな、このおばさん、とエセルは思う。
自分の人生は、ここから始まるのだろうか? それでいいのだろうか?
だが、迷っていても仕方がない。地獄から別の地獄へ踏み出すことになろうとも、戻るという選択肢は無いのだから。
翌日、まず基礎授業を受けなくてはならないと言われ、渋々席に着いたエセルは、ゼルダが言った通り、学校は確かに地獄だと思った。
「えー魔術師は半数以上が炎魔術師だと言われており、他は水・風・土・雷魔術師などですね。雷は珍しいですが。そういった属性とは別に精神に作用するものがあり、これは呪術とも呼ばれますが、魔術の範疇です。また、光や闇は――――」
眠過ぎる。教師役の魔術師が、人を眠らせるための詠唱を口から垂れ流している。
「得意、不得意はどのように判断するのですか?」
ひとりの新米魔術師が質問した。
「大抵は出来るか、出来ないかです。安定しないが一応は出来るということもありますが、精神に異常をきたすことが多いので使うべきではないでしょう。このことについては後に詳しい説明がありますので。まずは自分に合ったものを探るためにも使い魔を使役する術を――――」
いいから、炎を使わせてくれ。という言葉が、喉元まで来ている。
この我慢を、いつまで続けさせられるのだろう。今すぐにでも、何かを燃やしたいと願った。
その後は、義務付けられた退屈な授業の数々を流しつつ、炎魔術を行使できる授業は熱心に受ける日々を送る。
炎魔術を教えるのは、あのゼルダだった。ゼルダは、まず新米たちに火の消し方を教えた。
「炎を消すも起こすも自由自在でなければ、炎魔術師とは言えないからね。あと、的は丁寧に絞るんだよ。木を一本燃やすために、山火事を起こすな」
ゼルダの授業だけが、心休まる時間だった。比較的。
そして、入学して二年目。精神が限界を迎えそうになった。
エセルはストレスから、夜な夜なベッドの下に魔術式を書いたり、枕に向かって奇声を発したり、自分の髪を燃やしたりして、同室の者を怯えさせた。
「お前、いつか捕まるぞ」
途中までエセルの過去を聞いたトッドは、呆れている。
「もう捕まりましたよ。ここは自由な国ではなかったんですね」
「無法クソ野郎」
トッドは吐き捨てるように、エセルを評す。前科者だったのは、初耳である。
一度目、実家を半焼させた際は両親はエセルを衛兵に突き出さなかった。
捕まったのは二度目の、退屈な魔素学の授業の教室を無意識の内に炎で包み、怪我人(炎に驚いて転んだ)をひとり出した事件でバカをやったからである。
「心の中で詠唱していたはずが、実際に口にしていたらしい」と悪びれずに主張したエセルの精神性が問題視され、教師の大半が彼に罰則を科すことに賛成した。
そしてエセルは精神鑑定にかけられた後に、魔素を排除して魔術を使用不可能にした、反省部屋という名の牢に二週間ほど入ることになったのだが、頭の悪い彼は怒りから、ろくでもないことを企てる。
牢は、第十層の一室の中にあった。
ふたりの見張りと共に入り、扉が閉められたところで、エセルは右隣の男に頭突きをお見舞いした。
「がッ!」
男は、頭を押さえて膝を突く。そして、事態を飲み込めていない左の男の背後を取り、首を絞め上げる。直後、よろよろと起き上がってきた右の男の首を、両足で絞めた。
数秒後に、ふたりの間に架かる橋は落ちて、不良学生は自由の身に。街道で暴漢相手に買い物をしておいたお蔭で、喧嘩のやり方はよく分かっていた。殴り合いなど、ほとんどしたことがない魔術師たちの片方からローブを奪い、ふたり共牢にぶち込む。
フードを目深に被り、エセルは地上を目指して早足で進む。
時を同じくして、エセル(と他一名)の自室のベッド下の時限魔術式が発動し、派手に爆発していた。
洞窟の中をコウモリが飛び回っているかのような騒ぎの中、進む。
魔術学校の出口へやって来たエセルを迎えたのは、一体の見回りのゴーレムだった。
「邪魔だ、どけーっ!」
彼は、土製のゴーレムを、独自研究の槍状にした炎の雨を降らせる魔術で、突き刺した。今出来る全力である。
炎は土を貫通し、木製の核を炭にする。エセルは、入るのも出るのも楽じゃない、崩れ落ちる土塊を背に文句をつけた。平時ならば監禁されている訳でもないので、出るのは容易なのだが。
一方、内々で処理出来なくなった学校は、仕方なくエセルのことを危険人物として報せざるを得なかった。学校から逃亡したエセルは国の法に則って、対魔術武装の衛兵に捕らえられ、傷害罪で牢に入れられ、二年二ヶ月と二日ほど世話になった学校も除籍処分となる。
しかし、エセルに何者かは告げられなかったが、ひとりの魔術師が便宜を図ったらしく数日滞在しただけで出られることになった。
それからは、法を犯していない。少なくとも捕まっていない。
◆◆◆
「バカのバカな過去を聞いちまったせいで、頭痛と吐き気で死にそうだ」
「そうですか。愉快ですね」
「悪い見本みてぇな人生を送りやがって。なんでコイツが味方なんだ? 俺はリーダーとして、こんなのと関わらなくちゃならねぇってのか?」
「あなた方も同類じゃないですか」
「ざけんな」
彼らが冒険者である理由は――――トッドは、蟲使いとしての技術を磨くために。グラムは人を呪うことにのみ長けていたため、選択肢があまり無かった。そしてエセルは、炎魔術に魅せられたからだ。
「私たちは、皆クズでしょう。それからトッド、あなたがリーダー振ると腹が立つので、やめてください」
「リーダー振るっていうか、リーダーなんだよバカ」
「あなたがリーダーになるのを納得した覚えはありません」
「前リーダーに任命されたんだから、納得しろ」
「……まあ、私はリーダーというより参謀ですからね」
「は……? はぁ~?! お前みてぇな参謀がいるかバカ! どちらかといえば参謀はグラムだ!」
エセルは火力以外の何者でもないだろう。
「とにかく、杖は借金してでも買い戻せ。お前、他にも何か売っ払ってねぇだろうな? それから、グラムは気になってるのに黙ってることあるか? お前ら、俺にこんなクソくだらねぇことを訊かせて申し訳ねぇと思えよ」
「あなたに威厳がないせいでは? 良くてチンピラの親玉ですよ」
「新しい所属先さえあれば、お前とおさらば出来るんだがな」
「まあ、売ったものは色々ありますけど、あなたが困るようなものは他にはないと思います」
「不安だ」
トッドは額を押さえて項垂れた。
「……ねぇ、ちょっといい?」
黙り込んでいたグラムが、口を開く。
「カルポスは、どうして俺たちが冒険者だと分かったんだろう……?」
「あの森に来るのが冒険者ぐらいしかいねぇからだと思ってたが」
「それか、犯罪者ですね」
「犯罪者か冒険者なら、犯罪者のが多そうだな。つまり、俺たちが犯罪者を殺してるのを見てたのか……?」
「その場合、ローレンが消えた瞬間も見てた……のかな……?」
「そうなるかもしれません。いや、でも犯罪者と冒険者の違いって見ただけで分かりますかね?」
三人共、分からないのではないかと思った。悲しいことに。
「俺らの会話を聞いて、理解したってことか?」
「あの草が、人のことをどこまで理解しているかなんて分かりませんよ。喋りは上手くはありませんでしたが……」
「カルポスは人語を勉強したって言ってた。どうやって?」
更にトッドが思考した後に、疑問を呈する。
「もっと根本的なことなんだが、カルポスの年齢と言動が噛み合ってねぇのが気になるな、俺は」
「え? そこは人外だから、そういうものなんでしょう。そこ、疑う必要あります?」
「俺がエルフの知り合いから聞いた話なんだが、成人までは俺らと変わらない速度で成長して、その後、緩やかになるそうだ。全盛期を長くするってことだろ。理に適ってる」
「カルポスはエルフじゃないので。あなたは、そうやってすぐ疑う」
「ドリュアス自体の情報が異様に少ないのも、変じゃない……? そもそもドリュアスとは書いてなくて樹木精についてなんだけど、図書館にあった本は、たった一冊だけだった。樹木精は美しい娘の姿をしたものしかいないって記述があったけど、カルポスは少年っぽいし……信憑性が……」
「一体ドリュアスってのは何なんですか……?」
「歴史的資料がねぇってのは、だいたい燃えたか、燃やされたかじゃねぇのか?」
火事、戦火、焚書、そんなものが思い付く。
そうこう議論しているうちに、一匹のラチュンが戻って来て、トッドの肩に止まる。
「来るぞ。ワイバーンだ」
トッドが告げてすぐ、耳障りな鳴き声が上空から聴こえた。焚き火の煙を感知して巣穴から偵察に来たのだろうか。その数、六体。
冒険者たちは立ち上がり、戦闘態勢に入る。
グラムはカルポスを起こして、ワイバーンが少ない方へ向かった。主にカルポスに倒させるつもりだ。
トッドは、蟲笛で周辺の索敵をしていたラチュンたちを呼び戻す。
ワイバーンとは、硬い鱗を持つ、空飛ぶ大きなトカゲである。ドラゴンに似ているが、大きさや強さでは負けており、火を吐くこともない。物理攻撃には強いが、魔術は効く。要するに燃やせる。
開発予定の山に巣食っている奴らを駆除するのが、今回の依頼だ。
「この山、燃やしてしまっても構わないんですよね?」
「ああ、多少燃やしちまってもいい。俺はあの一体をやる、他のはお前がやれ」
トッドは「多少」を強調した。
それを聞いたエセルは、「はいはい」と気のない返事をし、姿勢を正して一度深く息を吸って、両手を数体のワイバーンがいる方へ向ける。
「我、落日には霊肉を炎に焼べる者なり。紅鏡よ、白日なれば我が敵の身を赫灼たる光を持って灰燼に帰すべし! 命を永劫の極夜の檻へ!」
攻撃をかわしながら紡いだ詠唱により生じた炎は、ワイバーンらの体を舐めるように焼いていく。更に、炎が口腔から入り込み、内からも焼かれて鳴き声も上げられなくなる。飛べなくなったワイバーンが、ぼたぼたと地に落ちる様を見て、エセルは満足げな笑みを浮かべた。
辺りには、肉の焦げた嫌な臭いが広がっている。
一方、引き受けたワイバーンの目や口内を毒針で刺させて殺し終えたトッドは、蟲に索敵命令を出してから、邪悪な笑みをしているエセルを見て、相変わらずシュミが悪いな、と鼻で笑う。つい先程まで、自分が似たような表情をしていたというのに。
基本的にトッドは生き物に毒を注入するのが好きであり、グラムは呪うのが概ね好きである。三人共、本当にシュミが悪い。