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2.吟遊詩人と妖木

 吟遊詩人が持つ木製の楽器であるところのリュートで、悪漢は頭を横殴りにされた。

 吟遊詩人は、さして筋力のなさそうな優男だが、悪漢が食らった一撃は人食い鬼に棍棒で打たれたかのように重いものだった。実はこのリュートは、とある妖木で出来ており、木製としては破格の頑丈さを持ち合わせているのだ。そして、よく観察すれば分かるのだが吟遊詩人は絶えず何かを口ずさんでいる。戦歌だろうか。勇ましい響きがする。


進め、王都へ。

偽りの主を打倒する時だ!

我らを牢へと繋ぐ者に裁きあれ。

悪魔を滅ぼし、自由を取り戻すのだ。

鋼を手に、体に、心に。

戦う時は今だ!


 それは二百年ほど昔の革命歌であり、当時の王を断罪する意味が込められているものだ。

彼が唄えば、自身の身体能力を底上げすることが出来る。予想外の痛みに呻き声をあげる筋骨隆々の悪漢を、更なる衝撃が襲う。


「伏せろ! ローレン!」


 蟲使いの叫びに、驚くほど素早い反応を見せる吟遊詩人。そして、成人の手のひらほどの大きさの蟲が群れをなして矢のように飛んで来た。

 この、鋏のような角と毒針を持つ黒光りする甲虫は、ラチュンという。蟲使いの出身地では日常的に目にするものだが、蟲をけしかけられた男にとっては未知の恐ろしい生き物である。


「うわあァーッ!」


 悪漢は手斧を持つ右手をめちゃくちゃに振り回すが、一匹も殺せない。そうこうしているうちに何匹かに刺されて毒が回り、指の一本も動かせなくなった男は地に伏す。

 蟲使いのトッドが、小さくて細長い蟲笛を吹くと、三十匹のラチュンたちは皆で地に置かれた木箱の中へと戻って行く。トッドは歯を見せて笑いながら悪漢を縄で縛り上げ、懐から覗いていたペンダントを回収して仕事の終わりを仲間に告げた。


「お疲れさん。いやぁ、見事だったぜ」


 先ほど前衛で活躍したローレンが仲間に加わったのは、今朝のことだ。


「あなた吟遊詩人……ですよね……?」

「はい!」


 訝しげなエセルの疑問にハキハキと答えたのはタレ目が特徴的な、涼やかな風貌の若い男。天使の油亭(宿屋兼酒場)の隅で前衛メンバーを迎えるべく面接をしているのだが、来たのは何故か吟遊詩人であった。


「前衛、出来るんですか……?」

「前衛も出来ます!」

「えっ。どうやんの?」

「リュートで殴ります!」


 吟遊詩人は、質問したトッドに曇りのない目を向けて答える。


「前衛っていうか前衛的っていうか……」

「グラムはどう思います?」

「え……いや…………」

「うーん。急で悪いが、今日依頼に同行してもらってもいいか? それで大丈夫そうなら本採用ってことで」

「分かりました。頑張ります!」


 少し声の大きい吟遊詩人、ローレンが一時的に仲間になった。


「で、今日きた依頼なんだが……」


トッドが懐から取り出した依頼書を差し出す。


「旋律の森に潜伏中の強盗探しですね。盗まれた中の、ペンダントだけは必ず取り返してほしいそうです」


 依頼主は衛兵である。本来なら被害者が住む場所の衛兵がすべきことだが、村の祭りの警備で手いっぱいらしい。冒険者の手も借りたい、ということだ。


「つーわけで、馬車で南の外れにある森へ向かう」

「地味に遠い」


 エセルは不満を漏らした。


「この都市広いからな」


 彼らが拠点とする海を臨む都市、フロンラドは交易が盛んな大都市である。ヘオヴォン自由国の王都に並ぶ賑やかさを誇る。


「皆さん出身はどこなんですか?」


 ローレンが尋ねる。


「俺はずっと南の小さい島だ。ガルフ島っていうんだが知らないだろ?」

「存じません」

「私は、この国出身です。王都で生まれました」

「王都ですか」

「コイツ、実家に帰れないんだぜ」

「へ?」


 実に軽い調子でトッドが言い放ったことで、エセルは目に見えて焦っている。


「グラム! グラムは北方出身でしたよね?」

「うん。北にあるフリーレン公国の出身」

「ローレンは?」

「この国のカンパニュラという小さな村です」


 話を逸らしたいエセルの質問に、グラムとローレンが優しさで答えた。優しさの欠片もないエセルは、同じく優しさの欠片もないであろうトッドを燃やす算段をしている。

 その後は、馬車の中で戦闘の打ち合わせをし、森を探索して痕跡から悪漢の隠れ家であろう小規模な洞窟を発見。洞窟周りを調査して出入口がひとつであることを確認し、煙で燻り出した悪漢を倒した。

 そして時は冒頭へ戻る。


「洞窟内にはコイツが奪ったものが他にもあるのでは? 中に行きません?」

「やめとけ。何があるか分からねぇだろ。お前が、罠やらなんやらを解除出来るなら考えるけどな」


 エセルの考えなしな提案を、リーダーが蹴った。せっかく中に入らずに済んだのだから、危険を冒すべきではない。


「そういう細かい作業は、あなたの役目でしょう?」

「多少は出来るが、専門家じゃねぇんだから任されてもな……解除に失敗して俺が死んだらどうする……」

「指差して笑います」


 トッドは、自分が死んだ後のエセルの下卑た笑い顔を容易に想像出来た。

 エセルの性根が腐っているのは生来のものに違いない。幼少期のトラウマなどないし、複雑な家庭環境ではないし、同情の余地などない。


「モノによってはお前も道連れだ」

「やめときましょう」


 ふたりの会話を横で聞いていたローレンが反応に困っていたので、グラムがこっそりと耳打ちする。


「……気にしないでいいよ、いつものことだから。本気で憎み合ってる訳じゃない、はず…………」

「出会った時から、こうなんですか?」

「いや、普通に仲良しだった。いつだったか、女絡みで揉めてから今みたいに…………」

「なるほど……」


 仲が良かった頃を想像しようとしたが、ローレンには難しかった。

 男が事切れているのを確認し、トッドは縄を回収する。その死体をエセルは洞窟の入口へと少し引き摺りながら運び、頭に罪人用の黒い布袋を被せた。


「後は依頼人に場所を伝えて終わりですね」

「とっとと帰ろうぜ。この森にいると胸糞悪りぃんだよ」

「そうですね」


 実は、ローレン以外の三人はこの森に苦い思い出がある。ここで依頼を失敗したことがあるのだ。


「帰ってローレンの歓迎会でもするか」

「僕、本採用ってことですよね? ありがとうございます!」


 ローレンが声を弾ませる。


「これからも、よろしくお願いしますね」

「よろしくね…………」

「はい! 頑張ります!」

「……さて、帰るか」


 一行は帰ってから飲む酒について話ながら、森の出口を目指す。グラムが地図を描いておいたため、迷うことはない。


「蜂蜜酒が飲みたい……」

「俺は葡萄酒」

「私は火酒ならそれで」

「コイツ、絶対頭悪いよな」

「あ?」


 エセルには、酔っ払うと酒を燃やそうとする悪癖がある。


「な? ローレンもそう思うよな?」


トッドが振り返ってみると、吟遊詩人の影も形もない。


「あれ? ローレン?」


 続いて、エセルとグラムも振り返る。


「小便ですかね?」

「だったら一言あるだろ」

「それもそうですね」

「おーい! ローレン!」


 返事はない。三人とも嫌な空気を感じる。現在はまだ昼間なのだが、木々が空を覆っており、薄暗い。今までも気を抜いていた訳ではないが、改めてこの森の不気味さを感じる。


「ねぇ、アレ」


 グラムが樫に似た大木の根元に落ちているリュートを見付けた。


「この森、樹木精がいるんじゃ……?」


 グラムが思い付いたことを控え目に告げた。そんな話は聞いたことがないが、旋律の森は古木が多いので居ても不思議ではない。


「ローレン、樹木精に囚われたのかもしれない」

「アイツ、ツラが良かったからな……」

「じゃ、もうダメでしょう。顔が良い冒険者はロクなことになりませんね」

「惜しい奴を亡くした」


 死んではいないが、事実、ローレンは樹木精により木の中に引き摺り込まれていた。出られるのはいつになるのやら。もしかしたら何百年も後かもしれない。


「このリュートどうします? 質に入れますか?」


 エセルがリュートを拾い上げて、小さく言う。


「故郷に送ってやろう。着払いで」

「協会が払ってくれると思うよ」


 三人がなんとなくヒソヒソと話していると、突然背後から声をかけられた。


「こんにちは!」


 元気の有り余ってそうな呼び掛けに三人が振り向くと、そこには長い緑色の髪に緑色の肌のものがいた。よく見ると、髪は葉と蔓であった。十中八九、樹木精だろう。


「……え?」

「はい?」

「…………喋った」


 それぞれが驚愕の表情を顔に張り付けているが、樹木精は気にしていないようだ。あどけない笑顔で三人を見つめている。


「ぼく、カルポス。キミたちは?」


 いかにも無垢そうな少年に見える。


「エセル、火」

「赫灼たる光を――」

「えーっ?! なんでいきなり燃やそうとするの?!」


 トッドに言われるまでもなく詠唱を開始していたエセルに蔓が巻き付き、口を塞いだ。蔓はカルポスと名乗った樹木精の頭から伸びている。


「ぼく、なにかした?」

「仲間をひとり拐っただろ?」

「そんなことしてない」

「嘘つけ。ローレンを返せ!」


 トッドは樹木精から距離を取りながら大声で言った。


「んーッ!」

「…………」


 喋れないエセルと喋らないグラムは樹木精を睨む。グラムも睨んでいる、はずだ。


「ぼくじゃないよ」

「お前、どうして人語を話せるんだ?」


 樹木精が人語を解すなど、聞いたことがない。


「ベンキョウした」

「なんで?」

「ヒトとはなしたくて」

「何故?」

「いっしょに冒険したくて」

「はぁ?」

「ぼくも冒険者にしてよ!」


 子供が冒険者の実態も知らずに憧れているようなキラキラした視線を向けられてしまい、トッドは嫌な気分になった。


「とりあえず、エセルを放してやってくれ。エセル、火出さねぇよな?」

「…………んー」


 不満そうだが、一応頷いている。


「わかった。とくね」


 蔓は、するりと短くなってカルポスの髪のようなものに戻った。


「ぶっ殺してやるッ!」


 拘束が解かれるや否や、エセルは激昂して詠唱を始めた。


「グラム、あのバカ止めろ」


 このことを予想していたトッドの命令で、グラムが早口でボソボソと呪詛を唱えると、エセルは声が出せなくなった。


「ほら、お前らは下がれ」


 グラムが、トッドを視線で殺そうとしているかのように睨むエセルを無理矢理引っ張り、ふたりは数歩下がった。呪術師でないエセルが、視線でトッドをどうにか出来るはずもない。


(樹木精がどれだけいるか分からないのに攻撃してどうすんだ。頭、噴出しっぱなしの間欠泉かよ、あのクソバカ)


 トッドは内心、エセルに毒突く。

 それに、エセルは最大火力で森を焼こうとしていたように思う。火事を起こすのは非常にまずい。エセルが捕まるだけでは済まないだろう。

 頭に血が上ったエセルは役に立たない。では、グラムの呪術はどうだろう? 呪術は人間に近い精神を有していなければ、効果が薄くなる。カルポスは人間のような振る舞いをしているが、精神までそうとは限らない。また、トッドの蟲の毒が効くかどうかも分からなかった。


「俺はお前に危害を加えるつもりはねぇ。ただ、この森は人間が長居していいところじゃねぇんだ。昔から、悪魔が出るとか言われててな。だからエセル……あの赤マントの奴は取り乱したんだよ」

「アクマなんて見たことないけどなぁ」


 その悪魔とは、樹木精のことだったのかもしれない。


「まあ、とにかく、話なら森の外で聞いてやるから」

「ほんと?」

「ああ」


 メンバーをひとり入れ替え、一行は再び出口を目指した。




 各々自己紹介を済ませた一行は、森から街道に出てからは冒険者志望のカルポスに質問を投げかけた。


「なんで冒険者なんかになりてぇんだよ?」

「わかんない。そういうセイシツだから……?」


 どうも、カルポス自身も自分ことを理解できていないようだ。意識が芽生えたと同時に、冒険への憧れも持ったのだと言う。


「そもそも、樹木精って謎が多いですよねぇ」

「ジュモクセイってなに?」

「お前みてぇな木を守護してるやつのことだよ」

「ドリュアスのことかー」

「ドリュアス?」

「ぼくらは、自分たちをそう思ってる」

「へぇ」


 ドリュアス、それは三人には聞き慣れない言葉だった。カルポス曰く、ドリュアスは木が本体であり、人を模したものは枝のようなものらしい。木が枯れたり切られたりするとカルポスは死ぬが、カルポスが死んでも木が枯れることはないのだそうだ。そして、気に入った人間を取り込むのは愛情表現であるとのこと。だがカルポスは、ドリュアスがどうして人に似た姿を取るのかという質問には答えられなかった。

 カルポスの処遇を決めかね、街道で立ち話をしていた冒険者たちの耳に、唐突にズシンという地響きが聴こえた。木の枝を折りながら、森から熊のように大きな猪が姿を現したのだ。

 三人は息を呑む。


「なんですか、あの大猪は?!」

「俺らを殺すってツラだな」

「なんか変……普通の猪じゃない……」


 殺気立った大猪は今にも突進して来そうだ。冒険者たちを威嚇するように雄叫びを上げている。


「火!」

「時間を稼いでください!」


 トッドの言葉を受け、エセルはグラムにリュートを投げ渡すと木の陰へ走る。


「オラ! こっちだ!」


 トッドは大猪に石を当て、エセルとは反対方向へ走る。どうやら大猪はトッドを目標にしたらしく、向きを合わせようとしている。

 突進を食らえば成人が軽く飛ばされるであろうことは想像に難くない。それに突き出た牙による傷は、人から命を奪うには充分だろう。

 トッドは辺りを見回すが、盾になりそうなものは無い。


(カルポスは隠れたみたいだな。グラム……も隠れたか)


 グラムは隠れて、指先を大猪に向けて呪詛を吐いているのだが、全く効いていない。

 何かおかしい。あまりにも効きが悪い。グラムの呪術は、元々動物にはよく効くものではないが、効きが悪いどころか弾かれているような気さえする。

 大猪は、森の出口付近に、まるで突然出現したかのようだった。間違いなく異常事態だ。三人の冒険者は、緊張から神経を張りつめさせる。


(エセルの詠唱は、まだ終わらないのか?)


 トッドは大猪を睨みつけながらも、背負っている木箱を下ろす。攻撃するにせよ、突進をかわすにせよ、必要なことだ。


「ねーねー。ぼく、イノシシ止めておこうか?」

「うおっ」


 いつの間にか後ろにいたカルポスが覗き込んできたので、トッドは少し驚いたが、すぐに気を落ち着けて声を出す。


「出来るなら、やれ。冒険者はそういうもんだ」


 トッドは大猪から視線を逸らさずに、簡潔に告げた。


「うん、やるね」


 カルポスは、ゆらりと前に出て大猪を見据えた。ついに地を蹴って突進して来た大猪の巨躯を、カルポスの足元から伸びる根が捕らえる。


「くっ」


 ぶちぶちと、根が引き千切られる音がした。だが、カルポスは更に縛りつける根を増やして耐えている。トッドは木箱から蟲を飛び立たせ、叫んだ。


「エセル! まだか?!」

「その猪、魔術が効きません! そいつの周りでは火が起こせない!」


 エセルは叫び、腰の短剣を抜きながら駆け出して来た。


「クソッ! カルポス! 足止めを続けろ!」

「りょーかい!」


 カルポスは頭の蔓も猪へと伸ばし、蔓と根の両方から生命力を吸い上げた。大猪はめちゃくちゃに暴れ、恨みがましい鳴き声を響かせている。

 トッドが蟲笛を吹くと、三十匹の蟲たちは次々に大猪に毒針を刺しては離脱する。


「死ね! クソ猪! たまには頼むぜ神様!」


 祈りにしては物騒なトッドの怒号が天に届いたのかは定かではないが、数分後に大猪は地に倒れ伏した。麻痺毒により呼吸が出来なくなったからか、樹木精に生命力を根こそぎ奪われたからか。どちらにせよ、冒険者たちの勝利である。

 トッドが蟲を箱に戻していると、カルポスが陽気な声を上げた。


「みてみて! 花が咲いた!」


 集まって来たエセルとグラムを含む三人がカルポスの頭を見ると、綺麗な紅紫の花が咲き乱れていた。辺りには、かすかに甘い香りが漂っている。


「生命力を吸い上げたからか?」

「うん。木が吸収できる量をこえたから、ぼくも貰えたんだ」

「そういう仕組みなのか」

「実もなるんだよー」


 上機嫌なカルポスとは打って変わり、グラムは沈んだ様子だ。


「ごめん。俺、何も出来なくて……」

「邪魔にはなってねぇから、それでいいだろ」

「そうですよ。それに、あなたの仕事はこれからです。この猪を分析しなくては」

「子細報告して、危険手当をふんだくらねぇとな」

「魔術が効かない猪ですからね。危険極まりないですよ」

「呪術も全く効かなかった…………」

「ああ、腹立たしい! 私に大人しく焼かれないなんて! 今夜は猪鍋にしましょう」

「殺したい奴に食わせるべきだな。つまり、お前だ」

「あ?」


 死ぬほど毒を注入した猪肉は、飢えていたとしても遠慮したい代物だ。

 ふたりの小競り合いを放置し、グラムは大猪の骸の周りを歩きながら観察する。すると、腹に奇妙な印があることに気付いた。


「なんだろう、この印章……サムドゥシア……? いや、アムドゥシアス……?」


 その禍々しさを感じる印章らしき円に書いてある文字は、この国で使われているものとほとんど同じようだが、該当する単語は見付からない。エセルやトッドにも分からなかった。一応カルポスにも訊いてみたが、やはり知らなかった。


「この森は、やっぱり俺たちと相性が悪い……」


 手のひらサイズの日記帳に、カラスの羽根ペンで印章を描き写しながら、グラムは呟いた。

 旋律の森が、近隣の村では禁足地になっているのも頷ける。この得体の知れない森には、少なくとも、樹木精と大猪をけしかけて来たものがいる。どちらも人間に友好的ではないだろう。


「とーこーろーでー。ぼくは冒険者になれる?」


 恐らく樹木精の中では異端であろう、カルポスが三人を見回して無邪気に訊いてくる。

どうする? と三人は視線を交わした。

 エセルとグラムは、トッドを見て軽く頷く。それを見たトッドは大きく溜め息を吐き、カルポスを見た。カルポスは緑色の輝く瞳で、トッドの三白眼を見返して来る。


「いくつか条件はあるが、いいぜ。ウチの宿の冒険者になっても」

「やったー! ありがとう、トッド!」


 はしゃぐカルポスを制して、トッドは話を続けた。


「最初に言っておくが、お前に人権なんてねぇぞ」

「ジンケン?」

「あなたが人に危害を加えようとしたら、我々がすぐさま殺すということです。それに給与もありませんよ。冒険者として正式に登録することは出来ませんからね」

「そんなことしないよー。キュウヨって?」

「金です」

「水と日光があればヘーキだよ。」


 カルポスはめげない。


「ま、俺たちも悪魔じゃねぇ。役に立つなら小遣いくらいやるよ」

「ぼくは役に立つよ。さっきみたいに前に出て敵を止めればいいんだよね?」


 得意気なカルポスを見た三人は、何とも言えない表情になった。


「おい、アイツ前衛に立つ気だぞ?」

「あの雑草に前に立たれると、うっかり燃やしてしまいそうなんですが」

「俺も蟲が食害しないか気が気じゃねぇな」

「俺の陰気に当てられて枯れたりしない? 俺、学校の授業で育てることになった球根を三十分で腐らせたことある……」


 そして、ヒソヒソと話した。

 三者三様の心配事を抱えながらも、天使の油亭の四人(便宜上そう数える)の冒険は続く。

 四人は口裏を合わせて、カルポスはグラムが使役している使い魔のようなものということにした。グラムがカラス以外を操ることが出来ないのは、秘密だ。

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