1.当方後衛
ひとりの山賊に最初に襲いかかったのは恐怖だった。
突然、体が氷のように冷たくなり、呼吸が乱れる。更に、この世の全てが自分に敵意を持っているような気がしてきた。
震える手でナイフを握り、四方を警戒する。
何も不審なものはない。山の木々のざわめきと虫の声がするのみだった。
だが、恐怖は抜けない。神経を張り詰めている山賊の男の耳元を大きな羽音が横切った。
「ひっ……」
山賊は思わず耳をふさいだ。
大きな虫だ。クワガタに似ている。
やっとのことで気を取り直し、辺りを見渡すが異常はない。落ち着け、落ち着けと心の中で唱えるが震えと冷や汗は止まらない。
そうだ、深呼吸をしようと思ったその時、首に痛みが走った。先程のクワガタに似た虫が尻から針を出し、男の首筋に突き刺したのだ。
「うぐっ……!」
男は腕を振り回したが、虫は遥か上空へと飛び去って行った。
「クソッ!」
男は腹いせに近くの樹木を蹴った。驚いた鳥が飛び立つのさえ悪意があるように感じる。
急に手足が痺れだした。
「なっ……!?」
さっきのは毒虫だったに違いない。このままでは死ぬ。死が待っている。
限界だった。
理性の糸が切れた男は、がむしゃらに走り出した。枝が顔や腕に擦り傷をつけ、足はもつれて何度も転んだ。だが、こんなのはもうごめんだった。早く山を降りたい。みっともなく命乞いをしてでも、助かりたい。
その願いは、後方から飛んできた火球により潰えた。
「ぎゃっ」
炎は全身に広がり、地べたを転がる男を黒ずんだ物体へと変貌させる。
それを、三人の男たちが見下ろしていた。彼らは突然走り出した山賊を追ってきたのだ。
「お、おい今のはどうなんだ?! 俺だよな?なぁ?」
背中に大きな木箱を背負った、金色の髪に褐色の肌の南国を思わせる服装の男が訊く。男の肩には、大きな気味の悪い蟲が止まっている。
「いや、俺……かもしれないし……」
三白眼を見開いた蟲使いに詰め寄られ、奇妙な紋様の入った真っ黒なローブを身に纏った男は困り果てている。フードを被っている上に、銀色の前髪が異様に長いせいで口元しか見えないが。
「何を言ってるんですか? トドメを刺したのは私の炎でしょう?」
白い詰襟の上衣に赤いマントを羽織り、長い黒髪を背でゆるく縛った男が主張する。
山賊は呪術師により呪われ、蟲使いに毒蟲をけしかけられ、炎魔術師に焼かれたのだ。
「それはない! だったら無効だ無効! な、グラム?」
「うん……」
「ほら、グラムもこう言ってるし無効!」
「チッ。クソ虫が」
「あ?なんか言ったか? 火打ち石」
「あ?」
「やめなよ、ふたり共。エセル、山賊は全部で七人だよね?」
グラムと呼ばれた呪術師が、抑揚のない声で仲裁した。
「ええ。コイツで最後です」
エセルと呼ばれた魔術師は溜め息を吐く。
「しかし、お前らも同じ奴に狙いを定めていたとはな」
「過剰攻撃」
「バカバカしいことをしてしまいましたね」
「で、みんな仲良く二殺と」
「すっきりしません」
「どうする? トッド」
「うーん……」
「リーダーが奢ってくれてもいいですよ?」
「こんな時だけリーダーとか言ってんじゃねぇ」
リーダーである蟲使いのトッドはエセルと仲が悪い。まあ、蟲と炎の仲が良いわけがないが。
「俺らってなんも共通点ないよな」
「いや、ありますよ。全員後衛です」
「あーいや、それはそうだけどよ」
「俺たちってバラバラだね……」
「バラバラで思い出した。S級冒険者チームあるだろ?」
「ひとつしかないですよね」
「あれ、冒険者協会が地位向上のために指揮してるチームだと思うんだよな。冒険者はゴロツキばかりじゃないですよー。こんな優秀なのもいるんですよーってな。だって剣士と魔術師と神官と盗賊あがりと弓士が、たまたま組むわけないだろ。しかも弓士は綺麗な女だぞ?」
「また陰謀論ですか。まあ、私もおかしいとは思いますが」
「バラバラだ…………」
「神官がなんで冒険者なんてやるんだよ? 誰か説明してくれ!」
「知りませんよ」
「あーイライラする」
「そんなことより、前衛メンバーを募集しましょうよ」
「ハァ……宿に張り紙出すかぁ……俺も万能チームに所属したい……」
何はともあれ、仕事を終えた冒険者たちは死体を一ヶ所に集め、依頼主である村長に報告して金を持って帰路についた。
そして、三人が部屋を借りている宿で酒盛りに混ざるのであった。
天使の油亭の野郎共の冒険はまだ始まったばかりだ!
冒険者募集中!
雇用形態:正式メンバー
募集職種:前衛を担えれば職種は問いません
応募資格:C級以上の冒険者証明書をお持ちの方
給与:依頼料を人数で等分
諸手当:危険手当
選考方法:メンバーが面接します
アットホームな職場です!
チーム未経験者歓迎!
必要なのはやる気と勇気!
面接希望の方は、この宿(天使の油亭)の亭主に申し出てください。