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壱 : いきなり年をとった気分です

ゆっくりの更新です。

「え、嘘だよね……!?」


 そう呟いた私の頭の中は、激しく混乱していた。

 尻餅をついたままの状態で、きっと口も目も馬鹿みたいに真ん丸に開いているという自信がある。だけどそれも無理はない。なにしろたった今、『前世の記憶』とやらを思い出したのだから……

 私は、今の私―― 一琳イーリンとして産まれる前、おそらくこの世界には存在しない日本という国で暮らしていた会社員であった。

 名前ははやし鈴音すずね、親しい友人からは『林・鈴』でリンリンと呼ばれていた。

 そこは、ここよりも、随分と平和で便利で豊かな暮らしを送っていたが、死んだのは若かった。享年――二十八才。

 その死ぬ間際の記憶が特に鮮明に蘇る。

 

◇◇◇


 その日の朝、起きた私は少し熱っぽかった。喉も声が上手く出せない程嗄れている。上司に病院に寄ってから会社へ行くとなんとかしゃがれ声を振り絞り事情を説明し、いつもより遅く家を出た。そのおかげで、声はもうほとんどでない。

 いつもならば駅へ続く道は、無口で早足のおじさんばかりなのだが、今日は少し遅いためお喋りしながら学校へ向かう小学生や、ゴミを出すおばさんたちの井戸端会議で賑やかだった。

 楽しそうに笑いながら歩く、赤いランドセルを背負った女の子たちの後ろを私はのんびりと歩いていた。『この頃は、毎日楽しかったなあ……』なんて、自分の小学生時代を振り返りながら。

 そんなとき、真っ直ぐに伸びる道路の正面から、一台の黒い車が走ってくるのが見えた。

 ここはいわゆるスクールゾーンで、この時間帯は許可された車両しか走れない。とても徐行とは呼べない車のスピードに危ないなと思いつつも、この道に慣れた近隣住宅の人だろうと、私は車道から白いガードレールのある歩道へと進路を変えた。

 もちろん小学生たちも気が付いた者から順に歩道に避難する。

 車は歩行者が避けて当然とばかりに一向にスピードを落とす気配もない。嫌な気持ちになった私は、車を見るのをやめて地面に視線を落とすと同時に、歩くスピードを緩めた。

 なんだか家を出たときよりも熱が上がっているようで、少し気持ち悪くなってきたのだ。


「っう、吐きそう……」


 思う様に出ない声で愚痴りつつ、駅にはまだ着かないのかと苛立ちをこめ顔をあげた私は、先程まで私の前を歩いていた女の子たちの姿がないことに気が付いた。

 咄嗟に少女たちの姿を探す。

 振り返ると、その子たちは私からほんの数メートル後ろの車道にいた。地面に寝そべる野良猫を構っている。猫は車の音が聞こえているようで、状態をむくりとおこし、耳をピンと立たせているが、少女たちはそんな猫に夢中で、迫ってきている車には全く気が付いていないようだった。

 私は『危ないから歩道に入りなさい!』そう叫ぼうとして、声の出ないことに気が付いた。

 ああっ! くそっ!! なんてタイミングの悪い喉だ! そう舌打ちした私は、熱で重い身体で無理やり走る。

 もう車は目の前まで迫っていた。間に合わないかもしれない。それにもし少女たちを庇うことはできても、自分まで車を避ける時間はないだろう。

 でも……身体の小さな小学生より、大人である自分の方がまだ丈夫だろう。きっと、大丈夫……

 死ぬかもしれない。それが怖くて、自分をなんとか誤魔化しながら走った。

 ――見捨てる。

 その選択肢が頭をよぎらなかったといえば嘘になる。だが、できなかった。

 少女たちを見捨てたら、きっと一生後悔する。次第に罪悪感は薄れていくだろうが、自分が子供を産んだとき、きっと思い出すだろう。この先の光景を……

 私が少女たちに体当たりする直前、猫は猫らしい動きで一人塀の上に逃げ出した。そこで初めて少女たちは振り返る。私は一人の少女と目が合った。

 その直後、私が全力で彼女たちを突き飛ばす。すでにすぐ後ろに車の気配を感じていた。私は反射的に振り返る。そのあとは、まるでスローモーションのようだった。

 一瞬だけ見えた車の運転手。項垂れる様に首を傾げ、目を閉じている。居眠り運転だとすぐにわかった。

 そのあとはよく覚えていない。痛い、熱いという最悪な気分の中、先程目のあった少女が、真っ青な顔で私の側に立ち尽くして泣いているのが見えた気もしたが……

 林鈴音としての記憶は、そこで途切れている。


◇◇◇


「ってことは、鈴音は死んだってことだよね?」

 

 不思議な気がした。自分の死に方を確認できることなんて滅多にないだろう。

 大きなため息を吐いたあと、座ったまま空を見上げる。なんだか、覚えている日本の空よりも青く澄んでいる気がした。


「おい、何ボケッとしてんだよ? いい加減立て……ってまさか、足を挫いて立てないんじゃないだろうな!?」


 空を見上げたまま記憶の余韻に浸っていた私の頭上から、怒っているような声が降ってきた。視線を横にずらすと、私を見下ろしている少年――ヤン シャオミンと目が合った。産まれたときからずっと側にいた、私より五才年上の男の子。

 だがその表情はいつもとは違い、ひどく心配そうに私に怪我がないか確かめている。


「……大丈夫だよ」

 

 あははと笑って見せると、暁明は安心したように大きな息を吐いて見せた。そして無言のまま右手を差し出してくる。


「ありがとう」

 

 暁明の手を借りて地面から立ち上がった私は、汚れてしまった服を軽く叩く。


「ったく、心配させるんじゃねえよ……怪我はないだろうな?」

「ごめん、ごめん。怪我なんてなんにもしてないよ。平気」

「そっか、なら良かった……あと、わざとじゃないからな。その……猫を追いかけてて、前を見てなかった」


 暁明は気まずそうに眼を逸らす。私を突き飛ばしてしまったことを言っているのだろう。

 突き飛ばされる前の私なら、怒って『暁明なんて大嫌い!』とでも叫びながら、逃げ出していただろう。なにしろ私はずっと暁明のことを、『意地悪ばかりする性格の悪い幼馴染み』だと認識していたのだから……当然、暁明に対しては、苦手意識がバリバリだった。

 ……が、鈴音としての記憶が蘇った途端、これまで見えていなかった部分が見えた気がした。

 私は困ったように微笑んで見せた。


「わざとじゃないって、知ってるよ。大丈夫」

「っ! ……ごめん。一琳が怪我をしなくて良かった……じゃあな!」


 暁明は一瞬驚いた顔をして私をじっと見つめるが、すぐに目を逸らし小さな声で謝ると、少し離れた場所から心配そうに私たちのやり取りを見ていた友だちの下に駆けていく。


「お前ら! 行くぞ!」

「暁明、嫌われなくて良かったな」

「この間、一琳に嫌いって泣かれたときなんて、真っ青になってたもんな」


 友人たちは暁明をからかうように笑っている。もちろん離れているとはいえ、ほんの少しの距離だ。私にも十分に聞こえている。

 ……これまで私が気付いていなかったのが信じられない。どう考えても、暁明の態度は『好きな子を苛める男子』だからだ。


「う、うるせえ! ウソばっか言ってねえで行くぞ!」


 そういって暁明は隣に並んでいた親友の足を蹴りとばす。そのままのテンションでワイワイと騒ぎながら遠ざかって行く背中を見送る。

 少し前までは自分よりも随分と大人だと思っていた暁明が、まるで弟のように見えるから不思議だ。


「ま、実際子供だけど……」

 

 私より五才年上といえど、まだ十五才なのだから。

 その姿が完全に見えなくなったとき、私はもう一度空を見上げ静かに呟いた。


「なんか、一気に年を取った気分なんですけど?」


 暁明が立ち去った後も、私はまだ家に帰る気になれず、歩いて十五分ほどの場所にある池に向かうことにした。この池は、子供なら親に一度は『近づくな』と注意される場所だ。私も何度も『池に住むあやかしに連れていかれるよ』と脅された。ひどく怖かったが、今ならわかる。要するに『池で溺れて死んじゃうよ』ってことだ。


「着いた……やっぱり誰もいないなあ……」


 ひどく寂しい場所だが、誰にも邪魔されず、ゆっくり考え事のできる静けさ求めてきた私にはうってつけだ。


「それにしても、まさかねー……まだ信じられないよ。でも……偶然にしては、出来すぎな気がするんだよね」


 類似点を指折り数える。


「まずはー……名前が似てるよね? 『リンリン』とリ・イーリン。それに助けた女の子は『小学生』で、私は今十才。あちらでなら、四年生か五年生だよね? それに事情は違うけど、『猫』がきっかけで『突き飛ばされた』。そして記憶が戻った……」


 絶対にそうだと言い切るには微妙な類似点ではあるが、偶然というには重なりすぎている。


「やっぱり神さまからのプレゼントかもしれない! これは類似点じゃないけど、鈴音(すずね)は『りんね』とも読める。つまり『輪廻(りんね)』だし……ご褒美的な第二の人生なのかも!」

 

 なんてこじつけ、前向きに考える。ふと四の形に折ったままの手を見ると、先程転んだ時にできたのだろう。小さなすり傷あり、そこから血がにじんでいた。

 私は池のほとりまで移動して、しゃがみ込む。冷たい水に手を入れて傷と血を洗い流しながら、水面に映る自分の姿を何気なく見つめた。

 キラキラと太陽の光を反射して輝く水面に映っているのは、水面の反射にも負けていないキラキラとした美少女だった。黒い艶やかな髪と桃色の頬、赤い唇、大きなクルリとした瞳。

 私は美少女には似つかわしくないガッツポーズを決め、大声で叫ぶ。


「よっしゃあああ! 絶対この人生イージーモード! 美少女最高!!」

 

 私が、第二の人生 ―― 神様のご褒美説 ―― に絶対の確信を抱いた瞬間だった。


→次話予定 そんなに人生、甘くありませんでした。

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