ルームシェア①
ーーあ…
今朝、新しいルームメイトに会った。
久々のルームメイトだ。
ずっと他の人と暮らしていなかったせいか、すっかり昼夜逆転してしまっていたせいで、一体いつからこの新しい住人がいるのかわからなかった。
新しい住人が出勤して行くのを見送って、とりあえず寝る事にした。
どうせ昼間はやる事が無いので寝るには丁度良かった。中には、周りの生活音が気になって仕方ないという話も聞くが、自分には何ら関係なかった。
ずい分長い事同じ所に住んでいるから、どんどん人が変わっていく。
その間に色んな人が居たなと、物思いに耽るうちにすっかり寝入ってしまったらしく、気づいた時にはしっかり夜になっていた。
新しい住人はもう帰って来ているようで、隣の部屋からはTVの音が聞こえた。
何やらお笑い番組を観ているらしかったが、あまり興味も無いので、とりあえず風呂に入る事にする。
寝起きの風呂とは気持ちのいいもので、今の時期ならシャワーで十分なので、浴びていると住人が洗面所に来ていた。
もう上がるところだったので、もう空くよ、と声をかけて出たらもう住人は居なかった。部屋を覗くと大声で誰かと電話している。
ここに住むようになった頃はそんな事も無かったが、いつの間にかルームシェアの対象となっていたらしいこの部屋に来る住人のほとんどが、大体同じ行動を取るのはとても興味深い事であった。
最初は皆遠巻きに見ていたり、声をかけて来る事はあまり無い。大体がこちらが何かしていると、電話をし出したり、突然部屋を出て行くことが多い。
次には、何となくこちらの方を伺うようになる。そうすると話かけて来るのだ。いつからいるんだとか、何してるんだとか。
だが大体こちらが応えると驚いて自分の部屋に入っていくのだ。
そうするといなくなる。
ある日を境にぱったりいなくなるのだ。
初めのうちは寂しくも思っていたが、まあもう今となっては慣れたものである。
一体今度の人はどのくらい一緒に住んでくれるのだろうかと、それが楽しみになる。
だって、誰だって一人暮らしは寂しいものだろう?
誰かの気配や息吹、声や体温というのはとても落ち着くものではないだろうか。
なんにせよ、自分も出かける時間なので支度をする事にしよう。
ガサゴソと用意をしていたら、窓ガラスを叩く何者かがいる。
来たか、と窓を開ければ案の定友人だった。
行くぞ〜と声をかけてさっさと行ってしまう。全くせっかちな奴だと思いながらもこちらも後を追うことにする。
その時後ろで何やら叫んでいる声が聞こえたような気がしたが、今はそれどころではない。
集合時間に遅れそうだったからだ。
会場の近くにはもう皆来ていたようで、あちらこちらで元気だったか、とかやりとりが聞こえてくる。
友人達を探して歩いていると、赤い提灯の下に集まっているのを見つけた。
「どーも」
片手を上げて、来たことを告げる。
皆元気そうだ。と言っても先々週に会ったばかりなのだけれど。
「よう。なんかお前んとこ新しい住人来たんだって?」
なんて耳の早い事だろうか。
自分が知ったのは今朝なのに、なんで3駅も離れた所に住んでいるこいつが知っているのかと、首を傾げていると、あいつから聞いたぞと、さっき迎えに来た友人を指し示した。
なんだ、と思う。
「もうなんか叫んでたんだって?」
というからまあねと返しておく。
やるね〜と言われても、こちらは何かしたわけではないので微妙な気持ちになる。
たわいもない話をした後、何やらすごい話が飛び込んで来た。
この集会をら取り仕切っている会社の上役どもがいるのだが、そのうちの一人が住んでいる所で大規模な事件があったというのだ。
「なんでも、アイツが住んでる部屋の上階全員が飛び降り自殺したんだって」
「そんでさらにすごいのは、それを下の階にいる住人が見ちゃったらしいんだよ。んで、そこのマンションの管理会社がすんごい用心棒みたいな坊さん連れてきたらしいだけど、返り討ちしてやったらしいよ。」
それはまた気の毒な話だなと、自殺してしまった人やそれを見てしまった人に同情してしまう。
なにせ、その上役はやり方がえげつない事で有名だったからだ。
少しだけイヤな気持ちになって帰路に着いた。
家の近くに来て改めて自分が住んでるいるマンションを見上げてみた。
空は少し白みはじめているがまだまだ暗い時間だ。
灯りのある部屋はほとんどないが、それでも人の住んでいる部屋はわずかだった。
昔はもっと賑わって居たのにな、と少し淋しく思った。
そうして部屋へ戻ると新しい住人は頭を抱えてソファーで震えていた。
しまったなと、思う。
玄関から普通に入ってしまった。
鍵をかけていたはずだから驚かせてしまったに違いない。何しろ自分にはそんなものは必要ないので気にしないが、生きている人は鍵が無いと部屋に入れない。
だからそんなものを御構い無しに自分が部屋に入ってしまったら、もうこの新しい住人は出て行ってしまうのだろう。
少し寂しくなってその住人の横に座った。
あまりにもガタガタと震えているので、そっとその背中を撫でてみたのだが、それがいけなかった。
ぎゃぁぁぁだかひぃぃだかコトバにならないような悲鳴を上げてもつれる足を必死に動かして玄関へとむかう。
あまりにも動きが悪いのでケガをしては申し訳無いと思いながらも、そっとその腕を掴んで立たせてそうして玄関を開けてあげることにした。
真っ青を通り越して真っ白な顔で必死に走って行った。ここには自分以外にも住んでいるので、イタズラされないか心配だったからとりあえず、見送る事にした。
事故に遭わないことを祈るしかない。
新しい住人が居なくなった部屋を眺めて、また一人かと思うと、少しだけ切なかった。