神の巫女の世界
神様のいないこの世界で、俺が出会った最初の天使、全ての最初の天使は、機械的ではあったけど、本当はまあこの友達の優しい女の子だった。
それが夜。
世界が変わってしまった事も彼女が全ての原因…なんだと思う。
だけど俺は知ってる。
裏切り者だとか言われてるこの夜が、普通に優しく笑ってまあこの不安を拭ってくれたこと。
お陰でまあこが天使になることはなくなったこと。
だから、今の言葉は取り消して欲しいし、これ以上、機械みたいな、無機物みたいなそんな声で、そんな表情をしないで、笑っていて欲しい。
目の前に立っている白い夜に、この言葉が届くのかは、ためしてみないと分からないが。
殺すなんて事は俺は絶対させたく無い。
願うのはもとより、させない。
絶対させない。
俺は立ち上がり、夜の肩をぐっと引き寄せて叫んでいた。
「おい夜!勝手にぶっ壊れてんじゃねーぞ!」
ピクリと夜の肩が動いた。
「お前は天使の前に人間だろーが!
頭冷やせ!馬鹿野郎!
いつまでも機械人形みたいにしてたら俺がぶっとばすぞ!」
夜の動きは、止まった。
「そうだよ夜ちゃん!やめようよ!
今ここに居る人と戦ったり殺しあったりする必要なんてないよ!みんな…みんな味方じゃないの!?
夜ちゃん!」
夜の手を握ってからまあこは続けて声を上げた。
「みんなだってなりたくなかったんでしょ!?
はるるんだって!あとそっちの双子さんだって!
だから元に戻ってよ、今戦ったりする相手は居ないでしょ!みんな味方な筈でしょ!?」
静かな地下にまあこの声が響いている。
俺は正直驚いていた。
まあこがここまで怒ったのは、あまり見たことがないからだ。
おっとりしてて、ちょっと抜けてて、朝は俺へのツッコミは激しいけど。
それ以外はただ優しくて可愛い。
それが俺の妹な筈だった。
「海さん!全部説明して!
未来ちゃんだって、おかしいよ!いつもの未来ちゃんはこんな事しないよ!
みんな目を冷まして!!お願いだから!」
そこまで叫んだまあこは泣き崩れ、夜にもたれかかった。
夜はそのまあこに手を差し伸べて。
ーーーーー優しく笑った。
瞬間、左右で光に包まれていたはるちゃんの天使化も、もう一組の双子の所の天使化が、半ば強制的に、空間を割るようなバリッという音を立てて解けた。
「まさか…」
高い場所に居た未来は、驚いた顔をしていた。
「海様!もしかして…」
「収穫だったな。おい、娘、自分で今やった事に理解はあるか?」
海がゆっくり話し始めた頃、ようやく夜の天使化も解け、俺の方に倒れこんで来た。
他の天使化していた妹達はみんな意識を失っているようだった。
兄達は元に戻った妹を抱え困っているようだった。
「…あたしが何をしたって…そんなの…ただ言いたいこと言っただけです!」
海に向かってはまだ怒りが収まらないらしく、まあこは怒鳴った。
ここにきて俺は、トリイですら尻餅ついてボーゼンとこちらを見下ろしている事に気がつく。
「その力、欲しいな。
全ての天使を無力化する…神の巫女の力」
「やっぱり…」
海が言った後、続くように未来が悔しそうに呟いたのが聞こえた。
「トリイ、あいつを連れて帰れ。
連れて来るまで帰ってくるな。」
ヴンっ
と、海の後ろにあったらしい扉が開き、未来もその後をこちらを1度睨みついて行く。
「…たく、無理、なんでここに来て神の巫女だよ…」
重力に逆らうかのようにふらりとふらつきながら、トリイは1度、海が口付けた手のひらを愛おしそうに撫でた後再び天使の形へと姿を変えた。
姿を変えた瞬間に強い強風が吹き、吹き飛ばされそうになる。
その頃には海も未来も姿を消していた。
「目的、神の巫女。」
天使の形をした兵器となったトリイは一言呟くと閉じていた瞳を開き。
ーーーーーーーー!!
音も無く俺と夜と、まあこ。
3人を一瞬にして何処かの何もない空へ転送、させたようだった。
さっきも何もない所からマジックのように夜を出現させたトリイ。
これがこいつの力なのかもしれない。
「対神用武器使用許可…承認。」
少し苦しそうにそういうと、空に投げ出された俺達に向かって…って
待てって、待て!
落ちる!
そう思った瞬間、フワリと体が浮いた。
「まあこと世界はここにいて下さい。
まあこと世界には、近寄らせない、ガブリエル!」
小さな風船のような物の中に、俺とまあこは包まれて浮かんでいた。
ガブリエル、その名前はあの夢でも、そしてさっきの夜の説明でも聞いた気がする。
そして夜は続ける。
「世界、戦わせて下さい、まあこが狙われてる。」
女の子の形の夜は今朝まあこが貸したピンク色の服を着ていた。
ここは一体上空何mなのだろう。
今、一体何が起きてるのだろう。
「夜ちゃん!やだ!戦ったらダメ!」
まあこが言葉を発する度、空気が揺れるように感じる。
これが、海の言っていた神の巫女の力?
でもなんでまあこに?
首を傾げている時間は無かった。
「世界!私は2人を守りたい!ミカエルの力に負けて暴走もしない!お願いです!」
ミカエルの力というのは夜の中にある天使の力の名前のようなものなのだろうか。
そうやりとりしている間もトリイは対神用武器と呼ばれているバズーカのような武器を手に何発かこちらに向けて発砲していた。
空に降る光の閃光。
夜の声は俺に直接響いている。
もうわけが分からん…!
それが俺の今の感想だ。
「…夜!
俺達を助けろ!」
俺達は夜の力のお陰でか落ちて行かないのに対し、夜は落下していく。
俺は朝の事を思い出し、とにかく俺たちを助けろと強く願った。
「了解。世界の名の元に。」
夜の瞳の色がギンっと青く光る。
光の柱に1度包まれた夜は、次の瞬間天使化し、トリイに向かって羽ばたいた。
全てが瞬間すぎて、ついていけない。
『対神用武器使用許可申請』
機械音のような声が俺の頭に響く。
その最中、夜は空中のトリイとの距離を縮めながら強い力で押していた。
「わかんねーけど…許可だ!」
俺が許可を出したその瞬間に大きな衝突が始まる。
『承認、確認』
朝方は空を見上げていただけで、何がおきていたか分からなかったが、夜の手には人1人分程の大きな剣が握られていた。
「困るんだよ、本当…海のとこにそいつ連れてかないと帰れないからさ…」
夜と同じく白い天使は、悔しそうに唇を噛んで今にも泣き出してしまいそうな揺れた声でそう言った。