天使の世界と俺の世界
結界の中黒い悪魔はあがいていた。
黒いプラズマのような、そんな何と言えばいいのか分からない力を使って結界を破ろうとぶつかっていく。
その様はまるでペットボトルに捕まった害虫が、上から殺虫剤を撒かれる、殺されるのを待っているような足掻き。
悪魔と化してしまった妹は暴走し、自らの兄をその力でズタズタに傷つけていた。
ああ、あれはもう助からないんだろうか。
遠目で見る俺にも分かるほど、生身の人間であるその悪魔の兄は血塗れになっていた。
最早、それが人型の赤い塊のような。
吐き気が上がって来て俺は目を逸らした。
まあこもそれは同じようで下を向いている。
そんな光景を見つめながら、結界を貼り続けている未来。
トリイが動くまで、結界をコントロールしているように思えた。
さっきの余裕が見えず、歯を食いしばっているようだ。
そして海の元から少し離れた所で、トリイの口元が僅かに動き、直後爆風にも似た光の風により、俺とまあこは地面に叩きつけられた。
目だけでそれを追うと、トリイの手元が鋭い光のナイフのように変形しているのが分かる。
その直後、口元を緩め、笑ったように見えたトリイは結界が緩んだ悪魔の元へ羽を羽ばたかせ落下するよりも早いスピードで結界すら破き悪魔の首をその手で掴み吹き飛ばすと、次は光のナイフへと変化した手で体を貫いた。
吹っ飛んだ頭は黒い霧となって消え、体はそのナイフと化した手によって解体するかのように心臓から胴体を切り去っていった。
最早現実離れし過ぎたその一瞬を、俺は目で追うことしか出来なかった。
酷く一方的でグロテスクなその光景を見て、まあこは口元を抑えている。
俺だってそのメチャクチャを、無心で見ることなんて出来なかった。
黒い霧となって消え去った元妹と、人の形をした、血の色しかない元兄の姿。
それをやってのけたトリイは地に足を着け残酷に笑ったように見えた。
「失敗作、排除完了です。
失敗作の兄の死体は後ほど処分します。」
未来の声がして、地面に張り付け状態だった俺とまあこは体をようやく持ち上げ、座り込んでいた。
「海、そちらも失敗作のようですが。」
冷たい未来の声が俺達に向く。
「暴走はしていないようですが、結界を破られました。処分しますか?」
未来の声が冷たく俺とまあこに突き刺さる。
まあこは自分の体を抱いて震えた。
目の前で行われた事を自分にされてしまう、殺されてしまう恐怖。
「待てって!俺はもう妹と契約しなくても良いんだ!知ってるんだろ!夜…ミカエルと契約したんだ!妹は関係ない!」
俺はまあこを庇いながら咄嗟に叫んでいた。
すると、暫くして、天使の形をしていたトリイがピクリと反応して天使から人へと形を変えた。
「海様ぁ、どうするの?」
へらっと笑ったそのトリイと呼ばれた天使は、男子学生の制服を着ていた。
勿論…それは俺と同じ物。
上から高見の見物をしている海へ、俺達をどうするかと聞きつつ此方へ歩いてくる。
顔立ちは中性的。
長い髪。
翼が消えても白い肌と白い髪。
俺の知ってる世界のトリイの性別は知らない。
声のトーンは女の子のソレなんだが、口調が悪い。
天使家の事には元々興味がなかったため、こいつが男だとか天使とか、何もかも分からない。
「ねぇ、もしかして夜ってさぁ、これのこと?」
するとどこから現れたのか、ドサッと音を立てて放り投げられた形で、さっき別れた筈の夜が、天使の姿で現れた。
「…世界、ごめんなさい、説明を聞いてくれる相手じゃなかった。」
何があったのか、怪我を複数しているようだった。
「夜!おい何があったんだよ!」
さっき別れた時、天使家に呼ばれたと言って別れた。
「海、やっぱこいつ殺そうよ、裏切り者だし…そもそも…ミカエルの名前で契約してんだよ?」
俺たちの前で倒れこんでいる夜は、人間の姿のトリイに何も出来ないようだった。
「トリイ、戻ってこい。」
「…わかったよ。」
海が上で一言そう言うと、トリイは不貞腐れたような表情のあと、べー、と舌をこちらに向けて出してから、海の元へと一瞬で帰っていった。
「そもそも、聖天使の名前を持った天使がトリイと、咲の他に居るわけが無いです。
これは面白いサンプルになりそうですが?」
「新米サンに処分させようよ。」
未来が先に言い、続いてトリイが笑いながら言う。
「そうだな。」
海がフ、とそれを聞いた後、笑った。
「これより、ミカエル抹殺を命じる。
天使家の血を引きながら一般市民として生き、ミカエルの名を汚した愚かな者に罰を。」
低い海の声が地下で響く。
「一般市民とその名前で契約するのがいけないよ。」
天使化を解いてからトリイは全て楽しそうに喋る。
ぶん殴ってやりたいと思った。
「ちょっとまてよ!
夜は殺させない!」
俺がこうして声を上げたことで、天使同士の醜い争いが止められるとも思ってなかったけど。
だが次の瞬間、倒れこんでいた夜が強い光を放った。
「天使、3名、主、3名、世界、排除しますか?」
あの機械的な口調で、夜は呟きながら体を起こした。
「世界を傷つける者は、誰であろうと許さない。」
怪我さえ強い光で見えない程、もしかすると治ってしまったのではないかと思う程、口調は強く。
「夜ちゃん!」
まあこが呼んでも聞こうとしない。
白い光を纏った天使が、天使3人に向かって呟いた一言は。
「殺シテヤル。」
と、機械的過ぎるそれだった。