その時の世界
時間を宣言し、真上で高見の見物をしていた男は椅子から立ち上がり、集まった俺たちを見てニヤリと笑う。
トリイと呼ばれた光の中の天使に何かを耳打ちし、意外にも優しく横に寄り添った。
あいつらは、双子では無いんだよな。
天使家の血筋の特例、テストケースの上の成功例なんだよな。
海と言う男がそのトリイという天使の横に立った事により、少しトリイという天使の姿が垣間見えた。
無表情の中に、どこか海を愛おしそうに見るような、そんな視線。
白い髪、白い肌。目の色までは光のせいで見えないが、それは天使に共通しているようだった。
時間を告げた海の次に動いたのは、まあこと同じ制服を着た巫女の未来だった。
「それぞれ、ペアで分かれてください。」
少しドスの効いた声で言われ、まあこと、泣いていたはるちゃんは元の場所へ戻ることになる。
未来ちゃん、と呼んでいるのだから、まあこにしてみればきっと友人な筈なのに。他人のように。
はるちゃんは怯えて、めんどくさそうにしているチャラい兄貴の元へ走って戻って行った。
まあこははるちゃん!と呼んだが、静寂により声が響いた事により気まずそうに口をつぐみ、俺の横へ戻ってきた。
「それぞれ、その場を離れず、動かず、5分以内に口付けを。四つの結界を構築します。逃げる事など考えないように。」
言った直後、何処からか現れた杖をシャンシャンと2度、未来が鳴らすと、4組の双子の周りに薄い光の結界が形成された。
「ーーーーーーただし、失敗ケースが無いとも限りませんので、暴走が見られた場合、こちらが始末致します。」
言い終えて、未来はまた一歩下がり目を閉じた。
未来が天使家の巫女ならば、彼女もまた、天使の血を受け継いだ者なのだろうか。
何故天使側の人間は冷たくなれるのだろう。
いままで普通に暮らしていた筈なのに。
きっとまあこの友人として一緒にいる時は、夜の場合と同じく、普通の女の子なのだろうが。
頭で彼女達の日常を思い浮かべてみる。
しかし、始末って…?
冷酷に残酷に聞こえたその言葉は、そのままの意味なのだろうか?
殺す?まさかな。
怒られるのだろうか?いや、それは無いだろう。
ーーーまさかそのままの意味?
そんな色々をいっぺんに考えつつ、5分与えられた中で周りを見渡す。
4組の双子はまだ誰もそれを行って居ないようだった。
静かになった地下に響いたのは隣町の双子の兄の声だった。
「いやだいやだ!
こんなのは無しだ!
なんで妹をそんな化け物にしなきゃいけないんだ!」
その、兄が指差す先にはトリイが立っていた。
「戦うとかわけわからねーよ!
平和を…日常を返せ!」
叫ぶ兄の声が地下に響き渡る。
ーーが、誰も反応をしなかった。
ただ海がそちら側を睨みつけた、ただそれだけだった。
きっと、さっきまでの俺なら同じ事を叫んだだろう。
性別無しの天使になり、兵器となる。
そんな状況に妹がなるなら、同じ事を叫んだろう。
注目がそちらに向いている中で、地下に一つの光の柱が生まれた。
私立の制服を着た双子の方からである。
キスをしたのだ。
あの双子は。
そして、少し時間を開け、まあこの友人であるはるちゃんの方からも光が生まれた。
そろそろ、俺もか。
キスして、妹が天使になる。
だが、残念ながら俺は契約済み。
だから。
「まあこ。」
「ははははは、はい!」
動揺しまくってるまあこの声。
俺は苦笑しながら。
「お前は好きな人とキスしろよ?」
そう言った。
「え?」
そしてキスをした。
子供の頃に何度かしてるのだ、俺の嫁になるがなんだーと言ったまあこの額に。
そして俺たちの所には何も起こらなかった。
口付けをしても結果が同じなら、どこにキスしようが変わらない。
俺はそう踏んでいた。
まあこはただ目をまん丸にして尻餅をついた。
気が抜けたんだろうなと思い、俺はまあこの視線に合わせてしゃがみ、頭を撫でた。
まあこはただ真っ赤になって、困った表情をしている。
そしてバリンと、俺たちの結界はうち消えた。
さて、他の双子はどうなっただろう。
辺りを再度見渡す。
私立の双子は成功しているようだ。
白いプラズマを纏った天使と、その兄だった人間が立っている。
そちらも結界を打ち消していた。
まあこの友人だったはるちゃんの方は。
どうやら既に自我が無いのか、さっきのふにゃふにゃしていたはるちゃんの姿は変わってしまっていた。
目つきは鋭く、青い光を纏っている。
天使として、変化してしまったのだ。
その元兄貴は腕を組んで、こちらを見て笑ったように思えた。
そしてさっきの反論をした所の双子は。
2人とも大泣きしながら、今儀式と呼ばれたキスをした所のようだった。
しかし。
それは、あからさまに失敗したようだった。
キスの直後、地響きがし、結界の中で黒い翼が生まれた。
兄の方は白目を向いて倒れ、さっきまでいやだと涙していた少女は今朝方見た、悪魔の姿へと変貌してしまっていた。
「失敗作、悪魔へ変貌確認。海様。」
未来は閉じていた目を開きそれを見て、一言他人事のように言った。
海が何故かトリイの手を取り口付けた。
途端突っ立っていただけの筈のトリイが一歩、海の前へ動く。
白い光の中で、何かを呟きながら。
目の前で、元はただの人間の筈の悪魔が天使に消される瞬間を、俺は見ることになる。
今朝方は遠目で見えなかった事が、目の前で起こる。
それは夜よりも強い者の力の使い方に思えた。
異様で残酷な、現実だった。