この世界あの世界
「で、なんでこんな事に。」
俺は家から閉め出しを食らい、玄関で座り込んで居た。
俺の家の庭先に降り、天使から人へと戻った夜が、全裸であることに気が付いたまあこの手によって俺はぶっ飛ぶ位のビンタを食らい…今に至る。
天使の姿、光に包まれていた時の夜の体は白い光のレースのような服を着ていたため、俺はすぐに反応出来なかったのだ。
さも当たり前のような顔して、夜の全裸をガン見していたので…ぶっ飛ばされて当然なのかも知れない。
頬がジンジンする。めっちゃ痛い。
まあこは夜に服を貸すらしくその着替えの間番犬よろしく外に蹴り出されたのだった。
不可抗力だと言っても、誰も信じまい…。
あんな光景を目にしておいて、いきなり女の子が全裸で居ても、現実離れし過ぎていて反応が遅れても仕方あるまい…。
はぁ…もう、何がなんなんだ。
少しして玄関が内側から開き、少し怒った顔のまあこが俺の腕を引っ張り、今度は家の中に引き込んだ。
リビングは窓が割れていて床が危ない為か、俺は俺の部屋に連れて行かれた。
そしてそれからの強制正座である。
ベッドに腰掛けるまあこと、まあこの横に申し訳なさそうに座る夜がそこにいた。
黒髪ロング、前髪パッツン、色白少女に、まあこの服とは思えないほど可愛らしい、薄ピンクのワンピースを着せていた。
まあこの趣味では無いはずだが、ここにあるということはいつか着る為に持っていた服なのかも知れない。
静かに佇む夜という少女。
そう、これが彼女の本来の姿の筈なのだ。
「あの、先程はすみません、私…あの、お風呂から来たので…。」
あわあわと慌てて言う夜。
「風呂から…で、裸…」
…で、今は可愛らしい服。
ラッキーなんだかなんなのか。
少し見とれてしまっていた俺に、まあこは咳払いをし、話し始めた。
「話を聞かせて欲しいの。お兄ちゃん。いつ夜ちゃんと契約したの?
契約は1人につき1人までだし、自分の双子の兄、もしくは姉である同じ血筋じゃないと契約出来ないってお兄ちゃん知ってるよね?
テストケースだってあったのは1年前の話で、トリイさんと海さんのペア、あのペアしか、居なかった筈なの。
絶対有り得ないはずなの。
あのテストケースだって巫女の未来ちゃんが、お告げを聞いて、それで特殊に成功したケースなだけ…な筈なのに。
どうして血筋じゃない夜ちゃんとお兄ちゃんがもうペアになってるの?
も…もしかしてお兄ちゃん、契約してるってことは…き…キスを…」
1人でそこまで行って、まあこは顔を真っ赤にして俯いた。
きっと、例の、キスすることによってどうの、の話を思い出したんだろう。
「まあこ、ごめんね。」
そう言ったのは夜だった。
まあこの手を取って、頭を撫で、クスッと笑った夜は、普通の少女にしか見えない。
「大丈夫、契約はしたけど、わたしとまあこのお兄さんとはキスしてないよ。」
優しい口調でそういう彼女は、人間らしく、あの戦っている時のような機械のような喋り口調ではなかった。
まあこは顔を上げ、夜に少し慌てながら答える。
「で、でも、天使と契約するのは、同じ血筋の…ほら、今年17歳の双子の…とか、決まってるんじゃ!」
俺は何処から出たかも未だに理解出来ていない話をちんぷんかんぷんに聞いていた。
…勿論正座のままで。
「私、から話すよ、まあこ。」
再び可愛らしく微笑んでまあこにいう夜。
「まあこは天使化しなくていいの。
そしてね、びっくりさせちゃうかも知れないけれど、私はね、『天使家』、あまつか家の血筋なの。」
天使家。これには俺も聞き覚えがあった。
学校に通っていた俺は、その苗字を持っている人間を知っていた。
なんでも、天使から人間になった者の末裔がその苗字らしく、昔は本物の天使だった者たちの血筋の人間が名乗っていた名前、だったはずだ。
そんな事は半信半疑で、天使家の人間を実際に目にしていた。
俺の行っていた日常の学校には数人、その苗字の人間が居た。
ただの金持ち一家の名前としか捉えていなかったが。
何しろ、天使家の本家はとてもでかくて広くて。
俺の思考では天使家=ヤクザの一家。
のようにとらえていた。
だけど夜がその血筋なのは、初めて知った。
何故なら夜の苗字は天使ではないからだ。
何処にでもいる平凡な苗字だったと思う。
今となってはおもいだせないのだが。
「今回のはね、きっと特別なケースなの。
私とまあこのお兄さんは、全てが滅んでしまったかも知れない時間軸、その世界で会ってるの。
私はその世界での天使の生まれ変わり。」
信じられないよね、と、また柔らかく笑う夜は続けた。
「私は、その世界で、戦ってる最中に墜落してしまって、この地域を衝撃で滅ぼしてしまったの。そこで半分死んでた私のところにまあこのお兄さんが現れて。」
きっとね、まあこもその世界に居たと思うんだ。
良く覚えてないのだけれど…と、まあこの手を握る夜が呟く。
「そのまま死んでしまう前に、私は…この世界の『トリイ』、あちらの世界での通称名ガブリエルに許可の元、生きたいが為に許可を取って通称名ミカエルって呼ばれてた私はお兄さんを主としたの。
主のいないまま死んでしまうと、悪魔化してしまうからね。
最後の足掻きだったのかもね。
1度お兄さんを見て攻撃しようともしてた…気もする。
そしてそれと同時にその世界からこの世界に干渉して、作り直したの、再構築って、言えばいいのかな。
…でも、不完全な私の再構築した世界はお兄さんの知っている世界とは、少しズレてしまったんだと思う…。」
1度チラリと夜がこちらを向いた時の表情は、遠回しに『ごめんなさい』と、言っているようだった。
やっぱり、世界が変わってしまったんだと、俺も知る。
「黙っていてごめんなさい。まあこにとって大事なお兄さんを、私の都合で主にしてしまって。」
ふるふると、まあこは無言で首を左右に振った。
「でも、あの時生きてる唯一の人間が、まあこのお兄さんだったって知った時は、この世界でとてもびっくりしたんだ。」
俺は、ついさっき夢だと思っていた俺の世界を思い出す。
夜の言っている事が嘘でない事がすぐに、なんとなくだけど分かった。
救ったりしたつもりは無かったけど。
俺にしてみればあの世界を作ったのはミカエルと呼ばれた、今目の前にいる夜のせいで。
そして世界を作り直してズレを発生させたのも目の前にいる夜のせいで。
でも、だからといって本当を知った俺には夜を責める気にはなれなかった。
話が終わりかけたその静寂を破ったのは、携帯のバイブレーターの音だった。
その携帯は、夜の手元にあった。
一瞬携帯を見た夜は慌てて言った。
「ごめんなさい、本家に呼ばれちゃった…多分さっきのこと。
あのね、まあこ最後に聞いて?
今日の儀式は、予定通りあるの。
でもまあこが天使化することは絶対にないの、だから、人間の、お兄さんの妹でいられるの。
お兄さんの近くにいてあげて?お願い。」
俺は2人の話を聞いてて良いのか迷いながらも、聞いた。
夜は俺のベッドのわきにある窓を開くと再びまあこにこう言った。
服はちゃんと洗って返すからね。
それとね。
こんな私とも、まあこは友達で居てくれるかな。
と。
返事を待たずに窓枠を蹴り、夜は部屋から飛び出した。
二階の窓からだ。
まあこと俺は窓から身を乗り出して夜を目で追った。
こっちからすれば二階から少女が飛び出したのだ、心配するに決まっている。
その心配をよそに、夜は器用に隣の民家の屋根へと上がり、屋根から屋根へ、飛び移って行った。
人並み外れた運動神経。
まあこと俺はヤレヤレとため息をついた。
実際俺たちが見たその芸当は、ピンクのワンピースを着た一件大人しそうな女の子がやってのけたことなのだ。
他人に見られても良いのだろうか?
「あーもう…私の頭はパンク寸前だよ…夜ちゃんてあんな子だったかなぁ」
あははと、飽きれ顔で、まあこは笑っていた、
「俺も、実際何が何やら分かってなかったりするぞ。」
「はは、なんだか話を聞いた限りではそうみたい…だね」
顔を見合わせて、ようやく笑っている俺たち。
「あのね、私も良く分からないけど…夜ちゃんの話は信じるよ、あの子、絶対嘘はつかないし…そもそも。
あんな姿を見た後だもん。」
苦笑まじりにまあこは言う。
「そっか、でも、夜ちゃんは、私の代わりにお兄ちゃんの天使になった…って捉えても良いんだよね。
だって私、あんなに一瞬で全てを浄化してしまうような天使になんか…なれないと思うし…」
「浄化ねぇ…」
「お兄ちゃんは本当に、分かってないんだね。」
お兄ちゃんらしいよ、と、まあこは付け加えた。
「でも、お兄ちゃんの天使になる、っていうのも、どんな感じだったのかなぁ、なんて思ったよ。
怖いけど…さぁ。」
俺のベッドに2人で並んで腰掛け、話すことになった。
「だけど、儀式はあるって…」
俺が言うとまあこはぴょこんと一瞬跳ねて。
「ききききき!
キスする、のはあるってコト!?」
また顔を真っ赤にして、まあこはキャーキャー言い出した。
「なのかねぇ…」
それに対して冷静な俺に、まあこはふくれっ面でチョップをかましてきた。
「お兄ちゃんは恥ずかしいとか無いわけ!?
人前でするんだよ!?」
「はあああ?!マジで!?」
俺はここに来て慌てて声を荒げた。
そんなコト今まで聞いてない!
「マジで、だよ。ほかの皆も一緒にだから…ね…。
他の双子の皆も集めて、地下の施設に呼ばれるんだよ、テストケースのトリイさんと海さんのペアに会えるのは初めて…私は。
お兄ちゃんはもしかして何処かで会ってたりするのかな?
時間はもうすぐ。
12時ピッタリに。」
アナログ時計を見上げながら、まあこはそう言った。
慌てて時計を見上げると、時刻は10時。
その地下の施設ってのは、多分俺が知っている、避難訓練なんかで使った地下核シェルターとは違うものになっていそうだが。
場所的に同じ場所だと頭の中の記憶から引っ張り出してきて思う。
どれくらいズレた世界に俺は立っているんだろう?
これから何人の天使に会うんだろう?
戦うんだろう?
そんなことを思いながら、俺とまあこは静かに、カチカチと鳴る秒針の音を2人で聞いていた。
これから何があろうと、冷静でいようと、そう心に決めた。
だが、それは無理なんだろう。
何故ならこの世界は、俺の知っている日常とは違った、やっぱりとんでもないファンタジー世界になってしまったからだ。
神様の馬鹿野郎のせいだ。
と、強く俺は思った。




