動き出す世界
どんどん近くなって来る地響き、泣き崩れる妹のまあこ。
こんな時に何をすればいいか。
なんて、こんな時に遭遇したことがあっても、何かが出来るって人間の方が少ないと思う。
俺は何も出来ず、またわけのわからない世界へ引き摺り込まれるのだろうか。
立てもしない揺れの中で働かない頭を精一杯に動かして考える。
出てくる答えは…
逃げる。
何処へ?
戦う。
どうやって?
さっきまあこが話していた話を信じてやれば何とかなるのか?
嫌だ。あんなに崩れて泣いている妹の唇をこんな状況で奪える訳が無い。
あんな話だって信じられるわけもない。
信じたくもない。
じゃあこのまま…死ねって事か?
冗談じゃない。
命バカにすんなよ、神様。
揺れが大きくなり、なんとか割れないでいてくれている窓越しに、黒い光と無数の人影を見た。
カラスのように黒い翼を纏った、元天使と呼ばれた悪魔の形を、俺は見てしまった。
空に無数に散りばめられた悪魔は、強い光の閃光をその掌から発砲していた。
あんな数…例え…まあこの話を信じて実行したとして…戦うことが出来ても、勝てる訳が無い。
絶望しか、道が選べない。
どうする、
どうする?
だが、心臓が高鳴った。
どうにか出来るかも知れないと思った。
理由なんてそんなものは、必要無いように思えた。
だけどあの夢で見た天使。
アレの名前を、俺は覚えていた。
通称名ミカエル、式別名、夜。
俺はあの白い天使に出会って、この俺の知らない世界にいる。
アレが夢じゃないのなら。
試してみたって、良いんじゃないか。
呼んでみたって良いんじゃないか。
呼び出し方なんか、知らない。
強い地響きと、光線がこちらに向かって来るのを見つめながら俺は何も分からずただ叫んでいた。
「お兄ちゃん!?」
まあこの驚いた顔が一瞬見えた。
ボロボロ泣いている可愛い妹の声が聞こえた。
「契約したなら姿を現せ!バカ天使!」
「出てこいよ!今すぐ助けろ!」
その直後、止まった世界に、この、無茶苦茶な神様の生み出した、悪魔の攻撃が直撃する寸前に、眩しすぎる光が現れ、その翼をひろげ、俺の前に現れた。
夢で会った天使。
通称名ミカエル、式別名、夜という。
クレーターの中心にいたあの天使。
「召喚の仕方に問題があります、ですが、そんな状況でもなさそうなので了解。
マスターキー解除を完了とします。」
そう、女の子の声が、聞こえた気がした。
それが、その天使の声だと思い出す。
居るなら早く出てきてれば良かったんだ。
ビュンッ
強い力ある羽ばたきが一つの光の線を描く。
俺は立ち上がり、空へ光が上がって行ったのを見届けると、ただその戦いと呼んで良いのかすら分からない圧倒的な力を目の当たりにする。
少女のような天使がなぎ払った無数の光の閃光が、間違えることもなく空に散っていた黒へと命中していく。
黒は落下する前に燃えてなくなっていく。
『対神用兵器使用許可を下さい。
コアが潰せません。』
頭の中へ直接流れ込んで来るその声は、夢の中で聞こえた天使の、壊れたテレビのようなノイズの混じった声に似ていた。
「何でもいい、助けてみろよ天使!」
地響きのなくなった地上から俺が叫んで、空で白い光が一つ、見える。
視線はこちらを向いていたように思えたが、俺が叫んだ言葉の直後に一瞬空が赤く光り、空中で黒い大きな何かが砕かれたのを見た。
そのあとは空からの強い風。
攻撃の後にくる振動のような。
窓が割れて光が注ぐ。
だけど目を閉じなかった。
閉じてしまったら、最初の時と同じように、全てが終わってしまうように思えたからだ。
だから。
見届けてやるぞ天使。
終わらせたくない、これが新しい世界なら、俺が受け止めてやる。
俺が1度滅ぼして作った世界なら、いいさ、受け止めてやる。
バカなルールだってなんだって、受け止めてやる。
だけど。
もう2度と滅ぶなんて夢は見たくない。
爆風が去って光も消え、悪魔で埋められた空は青空へと戻っていた。
全てが一瞬に思えた。
割れている窓の破片を見て、妹は今窓が割れたような反応をしている。
俺は、空からゆっくり降りてくるその白い天使を、ただ見上げていた。
「お兄…ちゃん?」
俺の足元へと、まあこが近づき、俺の視線の先を追っているのがわかった。
「なにあれ…」
まあこが、その天使を見上げて呟く。
「嘘…。」
立ち上がり更に呟く。
「よ、るちゃん…?」
式別名と呼ばれたその名前を、まあこは呟いていた。
「なんで…?」
呆気に取られたその声を聞きながら。
俺は立っていた。
もう嫌だ、疲れた。
半分ふらつく足元で。
それでも、目を閉じたりしなかった。
「戻りました、世界。
…ごめんね。まあこ。」
翼を閉じた天使は、変身を解くように小さく光った。
次にその光が消えると、俺の目の前に居たのは、まあこの親友の、黒髪の似合う、夜という1人の少女だった。
何故、気がつかなかったのだろう。
夢の中のこいつは、白く、妙に機械的で。
だけど。
その姿は、光を翼を失ってしまえば確かに、夜ちゃんとまあこが呼ぶ、17歳の、ただの少女に他ならなかったのだ。
寂しそうな表情をして、地に足をつけ、俺に頭を下げる、夜。
これが、神様が人間を裏切った本当のリアルだった。
これが、リアルだった。