再構築された世界
ドゴッ!!
「いっでっ!!」
凄まじい夢から解放されたらしい俺は、ベッドから落ち、頭を強打する形で目が覚めた。
夢…?とも形容しがたい、リアルで、恐ろしい夢だった。
夢の中で夢ならさめろ、とも思った。
そもそも、リアル過ぎたんだ、なんかこう、色々。
と、俺、「世界」17歳は、夢の神様を恨んだ。
一旦恨んだが、あれ?あの時計って、あんなにアナログだったか?
コチコチと音を立てて時間を告げる時計。
あれ…?
デジタルに統一…されたんじゃなかったっけ。
と、俺は記憶の中にあるデジタル時計を思い浮かべる。
そして違和感を抱く。
あれ。あそこにあった俺の学生服はどこだ?
そもそも…学生…だったか?
テスト…、そうそう、テストだよ、歴史のテストがある筈…と、勉強机の上に放置した筈の教科書を探して見るも、そこには何もなく。
あれ…?学生時代の夢でも見てたのか?それとも頭を強打して混乱してるだけか?
俺は仕方なく、パジャマのまま妹がいる筈のリビングへ下りた。
「んー?やっと起きた?おはよ、おにーちゃん。」
「あー、おはよう。」
いつもはセーラー服を着ている筈の、妹のまあこが、パジャマでいる。
あれ…。何かがおかしい。
妹はまあこ、同じ17歳。
同じ学校に通っている筈の双子の似てない妹だ。
髪は地毛で金に近い色をしていて、色白。
コンタクトで隠しているが、目は赤みがかった茶色。
身長は低く、だが、可愛らしい妹な筈だ。
ツンデレ属性とかそういうのもなく、萌え…でもない。
だが、確実に俺の中では可愛い妹だ。
かく言う俺の説明をここですると、黒髪に(サラサラストレートなのは自慢になるだろうか)、黒い目、身長は175cmあり、太っているわけでも痩せてるわけでも無い中肉中背。
日本人の典型とも言える、説明もすぐ終わるつまらない男である。
と、説明が終わった俺にタイミング良くまあこはモジモジしながらモーニングプレートを影から出してきた。
この光景には見覚えがある。
「おにーちゃん…あの、朝ごはんなんだけど…」
まあこの視線が申し訳なさそうにこちらを見ている。
「焦げてるのか、パンが。」
俺は夢で見たあのパンを思い出しながら言った。
「ギクッ」
まあこはわかりやすく反応した。
「砂糖入れ過ぎたのか、コーヒーに。」
俺は間髪入れずに突っ込む。
「ギクッ!ってなんでそんなことまで!?」
えーえーとか言いながら、ごめんね、と言う妹を許しつつ俺は考えていた。
ついでに卵焼きも焦げていた。
そうだ、やっぱりこの朝を俺は知っている。
何かが違うのを除いて。
違和感だらけなのだ。
朝のニュース番組を見ていても、天使の話は出てこない。
朝食を取りながら、夢?との間違い探しを、俺は始めた。
それでも、俺の手にはまあこの、あの血の臭いと感触が残っている。
リアル過ぎる程に、残っている。
残酷な夢?だ。
何処が違う?今は休日か?
と、さっき持ってきた携帯の日付を見ても、夢?と同じ曜日であり日付であり、時間である。
……おかしい。
俺は焦げたにがいパンをこれまた甘いコーヒーで胃の中に流し込み、夢と同じように窓際に立つ。
何かあるなら、今な筈だ。
しかし、いくら待ってみても、あの瞬間が起こることは無かった。
俺は気が抜けて、大あくびをしつつ首を傾げた。
「おにーちゃん?いつまでそんな所に突っ立ってるの?」
母も父も居ないこの家で、まあこはキッチンで洗い物を始めた。
「今日、だね。」
ポツリ、そう呟いたのはまあこの方だった。
「は?何…だっけ…?」
歴史のテスト、と答えてくれと、俺の心は騒ぎ出す。
「もー、いつまで寝ぼけてるの?
…あ、それとも恥ずかしいの?」
洗い物の手を一瞬止めて、俺の目を見たまあこはこう言ったのだ。
「…キス…するのが。」
「は?」
なんだそれ、なんだそのとんでも展開。
なんだ?アレか?俺が非リア充であることへの神様からの救いか?
「は?って…もー、これでもわたしだって恥ずかしいんだよ?」
合わせていた目を逸らし、洗い物をさっさと済ませ、再び椅子に腰掛けるまあこを目で追う。
何故だかまあこの頬は赤くなっていた。
そして俯いている。
「あーあー、悪魔なんて居なければ、わ、私も、その、普通の女の子ーとして、こーんな…うー…こ、こんなおにーちゃんなんかにじゃなくて、すっごいイケメンと…さ、普通に人間として…さ?恋愛とかして、ファーストキスだった、かも知れないのにのに…ねー?」
茶化しながらいうまあこの言葉の内容が、頭に入ってこない。
悪魔?って、神様がこの世界を滅ぼす為に生み出してくる、天使の形をした…悪魔のことか?
そこからなんだ?
普通の人間の筈の妹の言っている言葉がおかしい。
いくらでも恋愛なんかすればいいのに俺と?
…ファーストキス?
本気で何かがおかしい。
「もー、おにーちゃんだって恥ずかしいでしょ!昨日までただの妹だったあたしと、キスとか!」
もう、話が読めない。
俺はきっとこの時凄く間抜け面でまあこのことを見ていたに違いない。
女の子の純粋な悩みを、わけもわからず聞いているのだ。
「やだよねー…ほんとに。いつからこうなったのかな。双子の男女が17年前に産まれた家の女の子は、本当は性別の無い、天使になる資格を持った、兵器、だなんて。」
ぽつりぽつりと呟き始めた妹の口から飛び出す言葉。
理解のできない全く違った日常と、わけのわからないどこかのファンタジーの中の話のような設定。
「あと少しで終わってしまうね、私が人間であることと、兄妹だって事。」
ポツポツ…妹の目からは涙が零れ、寂しそうに呟かれた、終わってしまう兄妹の関係と、妹が人間でなくなってしまうという事。
何が違ってしまったんだ。
そうだ。
夢で言っていた。
最後の方であの天使はこう言った。
再構築する。
と。
だけど、出来上がった世界は、まるで俺の現実と掛け離れていて、妹が泣いている。
天使が紛れ込んだ世界へと、再構築どころか改変されている世界だった。
俺があの夢の中で死んでいたら、この世界は無かったのだろうか?
唯一の家族である妹が、天使で、兵器になってしまう世界が。
そもそも…あの夢の天使は、俺の世界に何をしたんだ。
段々世界が変わっていく。
空が一瞬閃光のように白く光りうなる。
そしてガタガタと強い風で窓が揺れ、砂吹雪が起こり出す。
異常現象だった。
でも、これに似た景色を俺は見たように思えた。
「えっうそっ嫌っ…!こんな形で…嫌あ!」
耳を塞ぎ、まあこは声を上げた。
これが夢の方なら今すぐ覚めろさめてくれ。
待ってくれよ、神様。
これは、俺の世界じゃない。
返せよ、俺の平和な日常。