1 Dr.side
僕が彼女に出会ったのは、26歳の春だった。
国立大学の医学部を卒業し、そのまま大学病院で2年間の研修医生活を終え、父親が院長を務める総合病院に赴任して来た4月のことだ。
4月1日。
今年、新卒で採用された医師と看護師が病院の会議室に集まっている。
医師と看護師と言っても、ほとんどが看護師ばかりで医師は僕だけなのだが。
大学を卒業し、2年間の研修を終えた僕は、父親が院長を務める総合病院の呼吸器科に入局した。
僕の両親は医者で兄弟もみんな医者。5人兄弟の末っ子だったけど、今までなに不自由なく生きてきた。
僕の兄弟は、みんな医者になるのが当たり前だと思っていたし、僕もそのことに何の疑問も持っていなかった。
上4人の兄たちは、母親に似て優秀だった。みんな、大学でそこそこの地位についているし、特に2番目の兄なんかは海外で活躍している。ちなみに母は、私大医学部の胸部外科の教授だ。
父親似の僕は、大学病院独特の縦社会が苦手で、と言うよりめんどくさくて、父の病院に逃て来たと言う訳だ。
呼吸器科なのは、父が呼吸器科だからと言う単純な理由。
勉強は頑張らなくてもそこそこできたし、ある程度決められた将来にたいした希望もなかった。なんとなく、ここまできたと言うのが現状。
何年かすれば、そこそこの家柄の娘と半ば決められた様な結婚をしなければならないのだろうし、それまで楽しく遊んでられたらいいと思ってる。
自慢じゃないが、顔がいいので女の子には困らない。むしろ、取り合いをされることのほうが多い。
いつだって、女の子たちからは憧れの眼差しで見られていたし、父が僕を紹介してる今だって、看護師の娘たちからは熱い視線が送られて、
ー⁉
熱い視線にまじって、一人だけ異なる視線を送ってくる娘が。複雑な感情が入り混じった様な目で僕を見ている。いや、正確に言えば僕方を向いているだけで僕見てはいないのかもしれない。
なんとなく気になったからその娘を見ていた。
黒髪をお団子にして前髪は眉にかかるくらいのサラサラストレート。色白で胸は小さめだがスタイルはそこそこ良さそう。ピンと伸びた背すじ。そして何より印象的なのが大きなアーモンドアイ。
へー、けっこう可愛いじゃん。
ここに来て、早速楽しみを見つけた。どのくらいで落ちるかな?
父からの紹介が終わり僕は挨拶をした。
「清水 伊織です。担当は呼吸器です。これからよろしくお願いします」
爽やかな笑顔を浮かべると、拍手と共に「かっこいい」などと囁くこえがちらほら。
気になってたあの娘の方をチラッと見ると、さっきまでとはちがい、どうでもいいと言う様な感じでこっちを見ている。
僕が席に着くと、看護師の娘たちの挨拶が始まった。
あの娘の番、
「速水 咲夜です。よろしくお願いします」
澄んだ声とさっきまでとは打って変わっての営業スマイル。
ハヤミ サクヤ。ここに集まった看護師のなかで僕が唯一覚えた名前だった。