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三話 泡沫幻像(うたかたのげんぞう)

     ÷     ÷


 それからの日々は、不安でもあり楽しく、辛くもあり充実したモノだった。

 海城は出会った日から何かと世話を焼いてくれて、休み時間の度に会いに来てくれる。困った時にはそれとなく助け舟を出してくれて、困ることと言えば演技とはいえ、恋人の振る舞いをしなくてはならないことだった。

 腕を組んだり、身体を密着させたりする。対外的にアピールするには効果的だったが、相手が可愛い女子ということもあり、正直落ち着く暇もない状態だ。家に、ヒカルの家だが、帰れば見知らぬお姉さんはヒカルの姉らしく、姉弟だからかなかなか際どい場面に出くわすことも多く、波乱万丈と言えるながらも、充実した毎日だった。

 平和な日常を守るため、俺は懸命に『ヒカル』を演じる。

 社交的と聞けば会話術も勉強し、海城に聞いて喋り方を『ヒカル』に真似ていく。

 好きな食べ物や嫌いな物、好みの音楽や嫌いな遊びなど、海城だけではなく周囲の友人たちから聞いていき、少しずつ少しずつ、俺は学んで馴染んでいく。

 そんな毎日を歩んでいた、ある日。

 珍しく海城は用事があるらしく、俺は一人で教室に残っていた。教師に頼まれた仕事を片付けていたのだ。何人か手伝いを申し出てくれたが、大した量でも内容でもないので気持ちだけ受け取り一人で作業をしていた。

 すると、前園が教室に入ってきた。

「あにゃ? ヒカルンまだ残ってるのかにゃ?」

「ああ、前園か。先生に頼まれて残業だよ」

 爽やかに、明るく。

 親しげに、礼儀正しく。

 それでいて砕けた、接しやすい態度に言葉遣い。

 完璧な『ヒカル』だ。

 何度も練習し、もはや無意識に出来るようになった。

 クラスメイトだけでなく、『ヒカル』の知人友人の把握も完璧で、前園は語尾が変なのと微妙なアイドルもどきの言動という、一風変わった少女。俺はそんな彼女とも、分け隔てなく接していた。前園自身、演じている、ということを周囲も自身も把握しており、煙たがる者もいるが概ね変な奴だけど悪い奴じゃない、という認識だ。

 話してみれば意外と受け答えもしっかりしたもので、言い方がアレなだけで物事を的確に捉えている、迂闊にバカにすると手ひどい反撃があるのだ。

 今日も元気に明るく楽しく愉快に、前園が放課後だというのに、一日の疲れを感じさせないとびっきりの笑顔で接してくる。だから俺もそれに応えて、笑顔で受けようといつも通り彼女の言葉を聞いた。

「それで、ヒカルンはいつまで演技を続けるのかにゃ?」

「……え?」

 固まる。笑顔。

 何でもないこと、なんてことのないことを言った様子の前園は、不意打ちに固まる俺を不思議そうに見つめ首を傾げる。

「にゃにゃにゃ? ヒカルン、まさか気づかれてないとでも思ってたにゃか?」

「な、にを……」

「まったくやめてほしいにゃ~」

 呆れたため息を吐く前園は片目を瞑り人差し指を立てる。

「まえにゃんの目は欺けないのにゃ! ヒカルンがヒカルンじゃないことくらい、一目で解るにゃよ!」

 そんな重要なことを、あっさりと簡単に口にする。ともすれば頭がおかしいと受け取られ兼ねない危険性を無視し、前園は普段と同じ猫キャラで尋ねてきた。

「お前……なんで知ってるんだ」

 警戒する。思えば、この猫を被るキャラクターも不審ではあった。漫画の世界じゃないんだ、こんな可笑しな言動、普通ならば忌避される。なのに、前園は溶け込んでいた。

 当たり前のように、当たり前の如く。

 それこそ普通で常識と言ってもいいくらいに、この世界に存在していた。

 同時に、この猫を被った同級生の本当の姿を知らないことに気づく。強烈とも言えるあり得ないキャラクター性にばかり目を奪われ、表面だけで人を判断して、本質についてまたく目を向けていなかった。

 猫を被った猫のキャラクター、前園。

「にゃにゃにゃ~」

 と、そんなまたもやあり得ない笑い声をあげて、前園は小馬鹿にした目つきで俺を見る。

「ヒカルンはおバカさんにゃね。ヒカルンはイケメンにゃよ? それだけ顔が良くて優しくて王子様みたいな外見で、女の子が集まっちゃうような態度をしているにゃよ? いつも見ているのが海城さんだけだにゃんて、どうして思えるのか不思議でにゃらないにゃ」

 顔について二回口にした前園だが、言われてみればその通りだった。

 いつも見ているのが海城だけではない。

 俺自身、顔を初めて見た時にイケメンという感想がすんなり出てきた。さらに、ここ最近の海城からの指導により、『ヒカル』の性格も把握した。それは、道を歩けば色々な人に声をかけられ、交友が広くそれらの関係が表面上ではなく友人と言える深さであり、お人好しで善人である人格。そんなことは、俺がこの世界に来た時に嫌というほど思い知っていた。

 だが、そんなことを言われても納得がいかない。

 海城といい前園といい、何故こいつらはこうも簡単に別の人格が『ヒカル』の身体に入っていると思えるのだろうか。

「……お前らは、なんで、どうしてそんな簡単に、こんな馬鹿げた事を信じるんだ?」

「にゃ? ……え、マジで? 本当の本当に解ってないの? あ、解ってないにゃ?」

 脆い成りきりの演技だったが、引っかかる言い方。

 解ってないとは、どういう意味だ。

「にゃー、まさか何も知らずに『ヒカルン』を演じてたにゃんて、それだけ海城さんは本気ってことにゃかね?」

「海城? おい、海城がどう関係しているんだ?」

「一つ聞いていいかにゃ?」

 嫌な予感がする。

 これと同じ場面を、つい最近見た。

 予想通り、前園は俺の質問を無視して、あのことを聞いてきた。

「君は自分の名前を、覚えているかにゃ?」

「……覚えてないけど、それがどうしたって言うんだよ」

「つまり今の君には名前がないんだよね? ヒカルという、その身体の名前しか」

 にちゃり、と笑う前園。

 全身に鳥肌が立った。ゾワリと、ぞわりと、背筋が寒く凍る、そんな体感。

 なぜ、どうしてこいつらは『名前』をそこまで気にする。こんな体験をしているのだから、記憶喪失になっていても不思議じゃないはずだ。それなのに、精神の乗り移りよりも、彼女らは『名前』の存在ばかりを気にかけている気がした。

 名前、名称、ソレが何なのか示すモノ。

 今の俺の名は、『ヒカル』だった。

「ねぇ、ヒカル。良い事、教えてあげようか?」

 先ほどまでの猫を被った猫キャラを捨て去り、前園は髪を耳にかける仕草をしながら訪ねてくる。

 一挙一動、妖艶さを醸し出し。

 言動行動、艶美さを滲み出し。

 迫って来る。近づいて来る。

 不敵な笑みを、張り付けて。

 顔を近づけ、耳元に吐息を湿らせ。

 前園の体温を感じながら、聞いた。言った。

「海城は、『ヒカル』の恋人なんかじゃないよ?」



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