陸
鷹の部屋はこざっぱりとしていてほとんど物が置いていない。
パイプベッドと机と椅子ぐらいしかない。鷹自身自分の身の回りにあまり頓着しないのでこれで良いかなと思っている。
「俺の部屋についたんで降りてくんない?」
「・・・ん」
部屋についたことを教えると無卯は少し名残惜しそうにしながら背中から下りた。
二人並んでベッドに腰を下ろすと鷹が話を切り出した。
「俺の部屋に来たのは良いんだけどさ。今から何するの? 寧ろ無卯は何がしたいの?」
「特に何がしたいというわけでもないです。強いて言うならお父さんと話がしたいです」
無卯は基本的に自分のしたいことを言わない奥手な少女なのでこちらからやりたいことを聞き出さなければならない。
鷹にそんな気を使うような神経は無かったが。
「ふむ、なら面白おかしく話でもしようか。無卯の調子は最近どうかな?」
「特に良くも悪くもないです。力がまだ馴染みきってないので、それの制御が辛いです」
「通りで無卯とあってから暑いと思った」
「う・・・、ごめんなさいです・・・」
ここでさっきの話の続きをしよう。
人間の造った兵器の話だ。
人間は天使に対抗するために兵器を造った。その兵器の製造法は簡単だ。生まれたばかりの赤子の体に呪的な処置を施したタトゥーをいれるのだ。
そのタトゥーを施された子供はそのタトゥーに沿った異能を手にいれる。
無卯は肩に逆巻く炎のタトゥーがある。それによって無卯は炎を操ることができるのだ。
無論、誰にでもこのタトゥーを施せる訳ではない。
まず生まれた子供に適性検査をし、その適性検査を通った子供に適したタトゥーを施すのだ。
そんな異質な力を使える人間のことを異能者と呼び、タトゥーを施された子供たちを第一世代と呼んでいる。
適性検査をしているというのにこのタトゥーを施すと60%ほどが耐えきれずに死ぬ。
生きているということは無卯は耐えることができたということである。
「まぁ、しゃあないよ。無卯はまだガキだしな。訓練をしていけばそのうち制御できるようになるって」
鷹は軽く落ち込んだ無卯を励ました。
そんなとき鷹の部屋の扉が勢いよく開いた。
「勝負しやがれ!!」
部屋の入り口に立っているのは真っ赤な髪を逆立てた少年だ。少年の左頬には下向きにダッシュボードのタトゥーが入っている。
その少年を見た鷹は深くため息をついた。
「主語がない。それに部屋に入るときはノックぐらいしなさい」
「うっせぇ!! そんなことはどうでも良いから勝負しやがれ!!」
少年は鷹の話に耳を貸そうともせずにわめき散らす。無卯はその少年を怖がって鷹の背中に隠れてしまっている。
「うるさいなぁ。無卯が怯えちゃってるでしょうが」
鷹は鷹で少年の言葉を聞こうとしていない。
「いいから俺と勝負し・・・」
「アクセル。人の部屋の前で何を騒いでいるのですか?」
少年の後ろから夕菜が顔を出した。
「いや、ここ俺の部屋なんだけど」
「あなたの部屋は私の部屋です」
鷹が苦情を言うが夕菜のジャイアニズムの前には無駄だったようだ。
ちなみに無卯は夕菜の声を聞いただけで鷹に抱きつきガタガタと震えている。
「夕菜さん・・・」
アクセルと呼ばれた少年は夕菜の姿を見ただけで恐縮してしまっている。
少年の名前はアクセル・トップギアと言うことをここに記しておこう。
「それで、アクセルは鷹に何の用があったのですか?」
「いえ、その〜・・・。鷹と勝負をしようかな〜なんて」
「キョドりすぎだろ、バーカ」
「うっせぇ!! 黙ってろ!!」
アクセルのキョドりぐらいからも分かるだろうが、アクセルは夕菜のことが好きらしい。それに気づいていないのは夕菜だけである。
鷹は震える無卯の頭をポンポンと撫でる。
「アクセルは鷹と勝負したいのですか?」
「はい・・・」
「俺たちお邪魔虫っぽいから食堂でも行くか?」
鷹は話が嫌な方に行きそうになっているので、移動しようと思い無卯に声をかけた。
無卯は夕菜の前にいたくないらしく、頭をブンブンとすごい勢いで縦に振った。
「それじゃあ、俺はここで・・・」
「待ちなさい」
逃げようとする鷹の首根っこを夕菜がつかんだ。
「何だよ。俺は腹が減ったんだよ」
「勝負ぐらいしてあげたら良いじゃないですか」
「断る」
「何故ですか? 私にも理解できるような理由の提示を求めます」
その場のノリで行動する鷹と論理的な思考を持っている夕菜は多少相性が悪い。
だというのに二人がつるんでいるのは腐れ縁だからである。
理由を提示しろと言われた鷹は端的にあっさりと答えた。
「アクセル弱いから相手にならんのだよ」
鷹はそれだけ告げると無卯をつれてさっさと立ち去ってしまった。
「あの野郎・・・!! 調子に乗りやがって!!」
アクセルは激オコである。
「強くなりたいなら私が鍛えてあげましょうか?」
「え!?」
「あなたたちは強くなっておいて損はありませんからね。少しぐらいなら付き合ってあげましょう」
「マジですか!?」
「マジです。それでは行きましょうか」
歩き出してしまう夕菜の後を追いながらアクセルは心の底から鷹に感謝の念を送っていた。