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弐拾陸

だが、いつまでたっても思っていたような衝撃は来なかった。意味がわからないまま目を閉じていると頭をクシャッと乱雑に撫でられた。

「今までありがとな」

優しく声がかけられる。その声はさっきの天使のような表面だけの優しさではない。言葉の奥から自分に対する労りがにじみ出ていた。

無卯は怖くて目が開けられない。この感触が、この言葉が夢幻だったらと思うと怖かった。

そんな無卯に続けて声がかけられる。

「もう大丈夫だ。怖がることは何も無ぇ。だから、目を開けてくれ。お前の大好きなお父さんだぜ」

恐る恐る目を開けると目の前には光輝く劔を持っている鷹が安らかな笑顔でこちらを見下ろしていた。鷹はそれまで来ていなかった漆黒の膝ほどまであるマントを肩に羽織っている。

「お父さん・・・ですか?」

「あぁ、お前が守ってくれたお陰で馴染んだ。これで大丈夫だ」

自分に向けられた労るような優しい笑顔を見たせいか、足から力が抜けた。

「そのままゆっくり休んでろ。あいつは俺が潰してくる」

その声を最後に無卯の意識は遠くに連れていかれた。

優しく声をかけると無卯を背後に庇うような形でマントを翻しながら天使に向き直る。

その体には無卯と向き合っているときにあった軟らかな気配など欠片ほどもない。今鷹が纏っているのは純粋な怒りの気配だけだ。

その気配はさっきとはくらべものにならないほど濃厚な圧力を発している。それを肌で感じた天使は無意識のうちに唾を飲み込む。

「さっきは世話になったな。それに俺の娘も」

淡々と感情の見えない声を出す。

その言葉だけで背筋が凍りそうだった。これは本当にさっきと同じ人間か? そう疑わずにはいられない。

「さっきは名乗れなかったから名乗ってやるよ。旧日本支部第零世代、劔之 鷹。短い付き合いだが覚えておけ」

「礼儀ですし私も名乗りましょうか。私はブリュキエル。新造の熾天使です。さほど長い付き合いになるとは思えませんが、以後お見知りおきを」

二人は名乗りを済ませると手元の武器を構える。鷹は劔を。天使、ブリュキエルは光の槍を。

一瞬の静寂が二人の間を走り抜けた。

どちらから示し会わせたわけでもないのに同時に駆け出した。

最強と呼ばれる人間と最強の末席に数えられる天使の本気の戦いが始まる。


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