拾
移動した先はバーのような場所だった。
カウンターの中には白髪を後ろに撫で付けたバーテン服の男が立っていた。彼がこの店のマスターだ。
「マスター、適当に飲み物二つ。アルコール度数は低めでね」
鷹はマスターに注文すると、てきとうなテーブル席についた。
「座れば? 別に悪いようにはしないよ」
「・・・悪いようにはしないっていうなら、この手錠外して下さいよ」
女は手錠を見せながら言う。
「あぁ、悪かったね。君は盗人なわけだから。一応捕まえましたよってのを周りに教えなきゃいかんかったからね」
鷹はてきとうな口調で説明をしたあと、あっさりと手錠を外した。
女は自分で言ったことが許可されたのに驚いたように目を丸くしている。
「なんでこんなにあっさりと手錠を外しちゃうんですか? 私が逃げないと思ったんですか?」
「いや、逃げたいなら逃げてくれて構わんよ? 逃がさないが」
鷹は女の問いかけに対して、あっけらかんと答える。
実際、女が逃げようとしても鷹には捕まえられる。一般人ごときが日がな一日最前線で天使とやりあってる鷹の脇を抜けられるはずがないのだ。
「まぁ、そこはどうでもいいよ。今話し合うべきはお嬢さんの処遇だね。お嬢さんの身柄は一応今は俺が預かってる。端的に言えば君の生殺与奪件は俺が握ってるってことだね」
鷹はさして興味もなさそうな口調で女に人権がないことを告げた。
一応この地下都市も人が住んでいるのでルール、法律はある。
だが、法は法を守る者を保護する。法を守らない者を保護してくれるほど法と言うものは優しくはない。
そして、この場にいる二人は法律を守っていない。ということはそう言うことだろう。
「・・・とりあえずお嬢さんって呼ぶのやめてくれませんか」
女は呼び方の訂正を求める。
女はパッと見、二十歳前後だろう。二十歳前後の女性をお嬢さんと呼称するのはたしかに少し違和感がある
鷹がそれに答えようと口を開きかけたとき、マスターが飲み物を持ってきた。
マスターは静かにテーブルにグラスを置くと一言も発さずにカウンターに戻る。
女は目の前に置かれたカクテルをジッと見ている。
「飲めば? 別に毒とかは入ってないと思うよ」
その証拠とばかりに鷹はグラスに口をつける。
それを見た女は恐る恐るグラスに口をつける。
「・・・美味しい」
「だろ? 俺は酒苦手だけどここのだけは飲めんだよな。アルコール度数も低いしよ」
「・・・私お金持ってないですよ」
「だろうな。金持ってる奴はひったくりなんてしねぇ。お遊びでしてるガキもいるが、お嬢さんは違うみたいだしね」
お嬢さんというのを聞いた女は軽く眉根を寄せた。
「だから、お嬢さんって呼ぶな」
「なら、名前教えてくれない? 名前教えてくれたらそれで呼ぶよ」
鷹の問いに女は少し考えた後、口を開いた。
「・・・錺 千波です」
錺。その名字を聞いたとき鷹の頭になにかがよぎったがすぐに忘却の彼方に放り捨てる。
「そ。なら、千波は何でひったくりなんて無様な真似をしたんだ?」
女はまっすぐと質問されて俯く。
「俯いてたって状況は好転しないぜ。説明してくれなきゃ分からん。わからなければ対処のしようがない」
それだけ言うと鷹は口を閉じた。そして、静かなまま少し時間が過ぎる。
やがて、重い口を開く。
「・・・お金がなかったから」
「金がねぇなら働けばいいんでないの?」
「どこに行っても雇ってくれなかった。私は国売りの子だから」
「あぁ、錺ってあの錺 鉄心の子供か。どうりで聞いたことあると思った」
錺 鉄心。彼はこの都市では国売りと呼ばれている。
理由は簡単。彼はこの都市の場所を自分の命ほしさに天使にリークしたからだ。その時はなんとかなったが、その後彼は処刑されている。
「ふむ、金がないから盗むか。ま、それも道理よな。なら、今俺が逃がしても、また盗みを働くよな」
鷹は顎に手を当てて、思案する。
鷹の目には千波と昔の自分の姿が被って仕方がなかった。
謂れのない理由で迫害されてきた鷹。鷹がガキだった頃はまだましだった。まだ、天使が来ていなかったからだ。
だが、今は違う。今の世界は犯罪者の子に手をさしのべるほど優しくはなかったらしい。
「職が欲しいのなら俺に宛があるけど・・・来ますか?」
「行きます!!」
千波は一も二もなく食いついた。
「なら、ちょっとついてきなさい」
鷹は端末で会計を済ますとさっさと店を出ていってしまった。
千波は置いていかれないように慌てて鷹に追従する。




