*第二十六話 決意を胸に
『それでは・・・・。願望屋さん。ありがとうございました。』
あの後、秋と私にお礼を言って、夾くんは桃太くんと一緒にすぐ帰った。
その後、私は意を決して彼に、願望屋藤沢秋に私の意志を告げた―――。
*
雪はしんしんと降る――――
まるで映画のように雪は町に降り積もり、街灯がそれらを照らす。
雪は地面を白く染め、世界を儚げに静かに染め上げる
普段は喧嘩をしている夫婦もぐれている子供も夜には家に戻り、気まずい夜を過ごす。
恋人たちは身を寄せ合い、接吻に興じ、神秘的な夜をあかす
真っ白なべ―ルに包まれて――――
私は、外に出た。いつものようにおめかしなどしていない。もう寝る前のこと。
不意に外に出たくなったのだ。
外に出るとすぐにわたしの肩に白い結晶が降り積もった。
私は構わずそのまま歩き出し、近くの公園へと向かう。
公園には誰もいなかった。当然だろう。もう、深夜十二時を回っている。私は公園にある白いベ―ルに覆われたブランコに腰掛けた。不思議と寒さは感じなかった。普段は悴む手もほんわか暖かかった。
不意に空を見上げたくなった。
漆黒の闇。いつもなら見える星も見えなかった。空から流れ落ちる雪が凄く映える。
私は暫く空を見上げていた。顔に沢山の粉雪が当たったけど私は気にしなかった。
ああ。
私は小さな声で呟く。
このままでずっといたいな・・・
空から降る雪を見てると私は儚げな気分になった。
『真衣。』
突然、後ろのほうから私を呼ぶ声がした。それは良く知る男の子の声。私は空から目を下ろし、後ろを振り向いた。
『どうしたの?こんなところで。』彼の優しい声が私の耳を包んだ。『寒くない?』
彼は自分の着ている外套を私に被せた。
彼の匂いがした。
『ありがとう。』私は呟き、また空を見上げた。
『ねぇ』私は独り言のように空を見上げたまま彼に訊ねた。『空は世界中何処でも繋がってるんだよね?』
それはあたりまえのこと。
小学生でも知っている当たり前のこと
『そうだね。地球は丸いから』
彼はゆっくりと答えた。
小学生を諭すように。
しれっ、と。
あたりまえだろ?、いうように。
『私ね。』彼の言葉に頷き、意を決してゆっくりと私は告げる。『大学行こうと思うんだ。』
彼は何も答えなかった。私は言葉を続けた。
『“ダングレッシヴ女子短大”欧州の方の大学でね。心理学専門の大学なんだ。今回の夾くんの事件でね。私、学んだんだ。未熟だって。今まで何処か自惚れてたのがわかったの。だから、だからね。
秋。私、貴方の役に立つようにもっと勉強したいの。貴方に聞き齧った中途半端な心理学。最初はそれでいいと思っていた。貴方の役に立つのなら。貴方はいいといってくれたし、私も自惚れてこれでいいと思っていた。けれど違った。夾くんを助けることはできなかった。それどころか彼の病状を助長させてしまった。もうそんなの嫌。貴方の役に立つように貴方の隣にいれるように私はなりたいの。私を救ってくれたきみの隣に。』
『あいつには・・・・伝えたの?』彼は私に訊ねた。
『ううん。』
『伝えるの?』
『ううん。』
『そっか。』
彼は私の決意の固さが伝わったのかそれ以上何も訊ねなかった。ただ一言、
『風邪、引くなよ』
と彼は言うと、私に手に持っていた暖かい珈琲缶を渡し、公園から出て行った。
私の眼から涙が溢れ出した。
何故かわからない。無性に泣きたくなった。
嬉しいのか。悲しいのか。
どちらかわからなかったけど。
雪は静かに私の体に降り積もる。
彼の残した温もりが私の体を駆け巡り―――不思議と寒さが感じなかった。
私は再び空を見上げる。
この空が続いている限り
また、貴方に会えるだろう
この空で繋がっている限り
私と貴方は繋がっているだろう
いつか会えるのだ。だから淋しくない
秋にも。そして、夾くんにも。
私は涙を手で拭い、ゆっくりと立ち上がった。
そして、出口へ向けてゆっくりと歩き出す―――。
来るときには哀しく儚げに見えた白い世界が急に希望の兆しに見えた。
一歩。また一歩。私は進む。
翌日。昨日の雪は嘘のように空は晴れていた。雲ひとつない青空。照りつける日差しが暖かい。絶好の門出日和だ。
私はいつもどおり、朝起きた。そして、いつもどおり顔を洗い、歯磨きをして、ご飯を食べる。いつもどおり服を着替えて、そしていつもどおり駅に向かう。
ただ違うのは行く場所だけだ。いつもなら、二つ次の駅で降り、秋の願望屋に向かうのだが、今日は外国へ出発するために“成田空港”に行かなければならなかった。
時間が過ぎるのは時が止まっているかと思うほどゆっくりだった。一人で退屈な時間だったがしょうがない。今日出発することは誰にも伝えてないのだから。
成田空港に着き、私はダイヤを確認する。午後一時三十分発。
どうやら昨日の大雪によるダイヤの乱れはないようだ。
私はほっ、と安心するとお腹が減っていることに気づき、早めの昼食をとることにした。
*
午後十二時五十分。
私は決意を胸にゲ―トへと向かう。
搭乗前の手荷物検査があるため私は早めに待合室へと向かった。
『真衣!』『真衣さん!!』
突然、二重に重なる声が私の耳に響く。
『・・・・え?』私は―――振り向く。
『秋・・・夾くん!!な、なんで?』
『いちゃ悪い?』
秋が私に言う。
『別に―――・・・悪くはないけど・・・』私は夾くんのほうを見る。いつもより彼が格好良く見える。私は不意に恥ずかしくなって一瞬、顔を背ける。
『今日はさ、夾くんの付き添いで僕は来たんだよね。』秋はシニカルに笑う。『さっ、時間ないんだから、夾くんはやく〜!』
彼が目の前に来て、私は顔を上げる。
『真衣さん、好きです――――』
彼は堂々と――――
しれっ、と――――
いきなり――――
私の顔を見て。
そう言った。
まだ、心の準備ができてない私に。
動悸が高く、私の体中に響いた。
『157便、搭乗開始をお知らせします。』
『行かなきゃ――――!!!』
私は、夾くんに向けて手を伸ばした。
彼にまた逢いたいと思った。
彼とまた話したいと思った。
今度は、恋人として
今度は、彼の人生を共にする伴侶として。
――――私は優しく彼にキスをする。
『私も、君のこと大好きだよ――――』
Good-bye
Meet sometime again・・・・
バイバイ。秋、夾くん
ありがとう――――
溢れ出そうなん涙を堪え私は一歩踏み出す。
それが、吉と出るか凶とでるか私にはわからないけれど。
進まなければ何も始まらない気がするから。