*第一話 日常
南野郡砂嘴川市に属する第二中学校は砂嘴川市の北部(主に堀の川地区と新北野地区、あと、ぼくの住む北野地区)の子供たちが通う結構なの知れた学校である。首都圏に通ずる“砂嘴川駅”に新北野地区が接してるせいもあってか、大半の家庭の親達は都心で働いているのでちゃんとした親も多く、学力は上々、これといった問題も少なかった。また、過去に数回“虐めや窃盗、横暴のない模範的な学校”としてメディアにも取り上げられていたそうだ。
ぼくたちはいま、その模範的な“砂嘴川第二中学校”の屋上に身を置き、二中の定番の昼飯である海苔弁を口に運んでいた。
『お前はさ、進学っていうの?、高校とかそうゆうの心配しないでいいから羨ましいよな。俺なんて部活一筋だったからさ、入れる高校が無くてよ。』
ぼくの唯一無二の親友、門梨桃太は独り言のように呟いた。
『そういわれるほど頭はよくないよ。』ぼくは答えた。『幾ら勉強したって中堅レベルの高校がせいぜいだし。』
事実。帰宅部という称号を持ちながらぼくはそんなに頭がよくなかったし、部活をしていないというのも、スポ―ツをやる行為自体が煩わしかっただけで別段学業に勤しんでいたわけではなかった。
『謙遜するなよな』彼は不貞腐れたように口を尖がらせた。『よく言うぜ。自分が馬鹿だとかよ。俺の二倍は点数取ってるくせに』
『でも―――俺はお前みたいに足は速くないし、力も強くない』
『ばぁか。世の中に出たら“君は何処の大学でたの?”とかが全てだぜ。社会人は足がいくら六秒台だろうが五秒台だろうが関係ないんだよ。野球だってそうさ。甲子園に出て、尚且つ決勝ぐらいまで勝ち進まないと、メディアは注目してくれないし、たとえセ・パのプロリ―グには入れたとしても一軍にレギュラ―張れるようになるのは夢のまた夢さ。』
確かに―――現実はそうだ。いくら、学校や市、地区や県で一番でも全国や世界で通用しなければスポ―ツ界でプロになるなんて不可能だ。でも、熱中できるものがあると言うのはそれだけで一つの財産であり、どこそこの大学でた。とかいう実績よりもおそらく部活に勤しみ“青春時代”を過ごしたという方が大事だと思う。いくらたくさん勉強して医学部や法学部に入ったとしても“青春時代”の何かを見失っていたらそのヒトの人生は無意味だとぼくは思うし、沢山お金を儲けたって意味無いような気がした。
果たして“時は金なり”という諺はどっちの意味で使われる言葉なのだろう?
『それに―――だな。』彼は続けた。『甲子園にいくって言う夢も実力を知ると儚い夢だっ、てわかったからさ・・・・・。』
『でも、目標があるっていうのはいいことだと思うぜ。捨てるなよ。その夢』
そう。すくなくとも“目標”というモノがないぼくよりは。遥かに彼は“幸せ”なんだと思う。
そこまで話したところでぼくの海苔弁は殻になった。
五時間目を告げる予鈴がぼくを見てたように、鳴り響いた。
『起立、礼、着席』
規則正しい挨拶と共に生徒一同が先生に頭を下げる。生徒達の礼を前にして嫌われ者の先生、島崎将太ことロリ崎ロリ太は偉人らしくぼく達にもったいぶって礼をして、いかにもそれらしく教科書を読み始めた。
『え〜、今日は旧約聖書P98の旧約聖書・創世記―――アダムとイヴについての一説の解釈を学びたいと思いマス。え〜、アダムとはヘブライ語で「土」「人間」の二つの・・・・・』
ロリ崎は話し始めた。でも誰一人として授業を聞いてはいない。この学科の授業(我が、学校には中学には珍しく宗教の授業がある。本来我が家は“仏教”の一派であるし、日本は神道という宗教に当たるのだから、それを学ぶべきなのだろうけれど、日本の文化によほど興味を持っているか、信者でもない限り(もしくは、思考が老いているか)大抵は“キリスト教”を選択する。それは、法事やお盆に比べ、昨今では復活祭やハロウィン、クリスマスなどのほうがぼくたち若者から見て身近にあるからで、たいした理由は無い。勿論ぼくもあまり宗教には興味が無かったけれど、皆が選択していると言う理由で“キリスト教”を専攻していた。)ではいつものことだった。皆授業を聞いているフリをしているだけで、否、皆唯席に座っているだけで、先生のほうも生徒を注意はしない。文部省が定めた無理のあるカリキュラムをそれらしく生徒に――淡々と――語っているだけだ。(そう、形容するならうん。馬の耳に念仏を唱えてる状態だ!)
『・・・・・いますが、『創世記』には何の果実であるかという記述はないんです。』
島崎がロリ崎と呼ばれ始めたのは昨年の秋からだった。去年から引き続きこの三年の宗教学科―――キリスト教――を担当している彼は二年生の夏ごろまでは生徒に慕われていたが、夏休みに、島崎が女子高生と援交しているのを偶然、二年生の女子生徒の集団が見てしまった為、一気に評判はがた落ちした。無論、最初の方は信じない生徒もいたが、秋ごろにはそれも風前の灯で開き直った島崎が女子生徒に色目を使ったため、最早島崎は完全に“変態”という地位に置かれてしまい、“ロリコン、島崎”というあだ名が定着した。もっとも先生とは元々あんまり仲の良くなかったぼくにとって例え彼が“島崎”であろうが“ロリ崎”であろうがかわりはなかったけれど。
とんとん・・・・
振り向くと後ろの席に座っている女の子がぼくに殺人的な笑顔を向けた。
『ん?』
『お願い。これエリちゃんに回して。』ぼくは彼女に小さく折りたたんだメモ用紙を渡された。レッドカードで反則だと思ったが、幸いなことに彼女が回してくれと願う、“エリちゃん”は斜め前の席だったので快く承諾することにした。
『うん。』
退屈な時間はなかなか過ぎないものだと思ったがその偏見は間違っているようだ。アインシュタインに抗議しなければならない。時は驚くべき速さで過ぎてゆき、気付いたときには学校が終わっていた。
帰り道、ぼくは桃太に聞いてみた。
『なぁ、お前死にたいと思ったことってあるか?』
『え?あぁ・・・そういえばさ、夾。今日のロリ崎の授業いつもどおりみんあふざけてたな。』
『あぁ。』
『他の先生の授業ではあんなことは無いのに、どうしてあいつだけあぁなるんだろ?(笑)』彼ははぐらかす様に言葉を繋げた。『やっぱりアレしてたからなのかな』
『そうだろ?』勿論こんなことの答えは決まっている。ぼくが聞きたいのはこの問いじゃない。とは思いながらも桃太の付加疑問文にぼくは相槌を打った。
『俺は別にあいつのこと好きじゃなかったけど、あそこまでくると可哀想かな〜』
『そうか?』ぼくは笑った。『援交するのが悪いんじゃねぇか』
『全く(笑)夾くんは冷たいね。ぼくのほら―――この前の試合にもきてくれなかったし。』
何故、ここまではぐらかすのだろう?
嫌なのだろうか?この話題に触れるのが。
『おいおい。一昨年の話だぜ。しかもあれはいっぱい謝ったじゃねぇか。』
談笑はぼくらが分かれるまで続き、
結局桃太は最後までこの問いに答えなかった―――。
この、題名の意味は一番最後になってわかると思います。それと、本当は、“*第一話 永久に響く大切な何か。”がこの話のサブタイトルでしたが、急遽変更いたしました・・・・