*〜climax of the story〜 この世にある限り何れ、全ては消滅する
彼を見て。
思い出した。
鮮明に。鮮烈に。鮮やかに。綺麗に。一字一句。
“悪夢への対処法”
―――最初の頃に教えてもらった。
それとなく。記憶の奥底に置き忘れるほどにさり気なく。
彼は言った。
『一番の方法は“それが夢だと自覚する”こと。“まやかし”であると“幻”であると気づくこと』
彼は不適に笑いぼくに言った。
今、ぼくはこれが夢であることを自覚している。金縛りにあったように眼を覚ますことは不可能だけれど。
だから、ぼくはもう彼には負けない――――
ヒュウ―――
風の音が聞こえた。
気づけばそこは、あの荒涼地帯。乾いて荒れ果てたぼくの心―――
“僕”の住処だった。
*
『突然、いなくなるなんて吃驚したよ。“夾くん(ぼく)”―――』
彼は笑いながらぼくに言う。
しかし、何処か彼の顔には曇りが見える。彼の顔は残念そうしも見えた。
彼はさらに続けた。
『出れないように工夫したはずなんだけどね。きみの意思を反映させないようにするために。ぼくと向き合ってもらうために。』
そして、あっ、とわざとらしく気づいたように付け加えた。
『そっか。誰かがきみを無理やり起こしたんだね。』
『ぼくはもう、きみには負けないよ。』
『知ってるよ。』彼は呆れたように言った。『夾くん(ぼく)、君の事は何でもわかる。特に最近はきみの感情まで。自分が経験しているかのように、わかる。きみ以上にね。』
『だから、残念だ。』
『え?』
彼は尚も続ける。
『残念だよ。新堂夾。』
口を閉ざさない。ぼくを揺るがすように、ぼくの心を揺さぶるように、躊躇わすように彼は只管言葉を繋ぐ。何故か急くように、罵倒する。
『お前は――――』やっとこさぼくは口を開く。『ぼくを壊せない。』
『そうだね。』
『え・・・?』
予想外の言葉にぼくはたじろく。
彼は、そわそわと青くない空を見つめた。
『でも。それも・・・果たせなかったみたいだね。さっきだったら、良かったのに。さっきがギリギリの時間だった。ギリギリで、一番危なくて一番最大のチャンスだった。』
彼は不意に残念そうに笑った。
『え?』
『悪いね。』彼は不適に笑う。『もう遅い。きみとは遊んでられないよ。時間みたいだ。』
『時間・・・?』ぼくは訊ねた。
『そう、時間。終焉のとき、さ。僕はもうすぐ、新堂夾の世界から消えてゆくのさ。』
『それって――――・・・』
『“死”だよ。刻一刻と、刻一刻と迫ってるのを感じるんだ。』
彼の体が薄くなっていく、ような気がした。
『僕は直に死ぬ。感じるんだ。唯の人格で肉体すら与えられてない僕がいうのもなんだけど、体がどんどん蝕まれてるのがわかる。きみに放って置かれたから、きみが恐怖という感情を取り戻そうとしたから、僕の存在意義はなくなった――――』
ぼくを彼は睨んだ。
最後―――。嬉しいはずなのに何故か哀しい余韻が残る。
意を決してぼくは訊ねる。
『きみは―――何故、ぼくを壊そうとしたんだ?』
『別に。』彼は答えた。『嫉妬。憎悪。そんな感情、嘗てはあったけど、今じゃ何も無い。恨みさえも消え失せてる。まして、酔狂なわけでもない。』
『じゃぁ――――何故・・?』
『願望だよ。“願望”。破壊願望。新堂夾を壊したいという復讐という感情にもならない、唯の願望。別に、理由なんてない。強いて言えば“悔しいから”だろう。過去の“僕”への唯一できること、とでも言うかもしれない。』
彼は呟くように、自分に言い聞かすように呟く。
『もうきみには恨みなんてない。憎悪だって、嫉妬だって、ない。けど――――悔しいんだ。きみが何食わぬ顔で生きてゆくのが。これから歩んでいくのが。』
風が吹く。
荒涼地帯に。
同時に彼の体が一段と透明になっていくのが確信を持ち、わかった。
『知らせておきたかった。』彼は微かに笑う。『僕の体が消滅する前に。』
彼の息が荒くなっていく。
荒い呼吸がぼくの耳まで届く。
まるで、今にも死にそうな人間のように。肉体を持つ人間と同じように、彼の呼吸は生々しかった。
彼の“死”はもう間近だった。
『でも、無理だったよ。きみの勝ちだ。』彼は苦笑した。
『ほかにもう、質問しときたいことは?』突然、彼はぼくに言った。『最後くらい、デレってしてやるよ。新堂夾。』
その言葉に。
焦らず、ゆっくりと。
自分の意識を確認しながら。
言葉を選びながら。
ぼくは最後に言いたかったことを告げる。
『僕。ごめんね。』
その瞬間だった。
まるで、ぼくの心が、狂ったように上下左右がアベコベになる。
空は波紋を描き、渦を巻いて雷鳴を呼び起こし、荒涼に降り注いだ。
そんな中、彼はぼくに笑みを見せた。
それは、今までで初めて彼が見せた本当の笑顔なような気がした―――。
そして、突然、時は、止まったような気がした。
長い長い、一瞬だった。
『時間だ。』
『さよなら、ぼく(ぼく)―――――――――――』
僕は勝ち誇ったように、ゆっくりと、ぼくに告げた。
彼の笑いがぼくの笑いに重なって――――
気づく。
彼は―――
“僕”は―――
“ぼく”であると
“ぼく”自身であると
ぼくはやっと気づいた。
彼が消え往くその刹那、ぼくは彼に向かって走り出す。
僕、いやぼくへと。
ぼくは走り出す。
ぼくの指先が彼に触れた。その刹那、彼の体は光を放ち・・・・・
〜climax of the story〜です。
*第二十六話完成いたしました。
全部で二十七話構成の予定です。
数週間以内に更新いたします。
また、全部、印刷してみたところ、数多くのところで問題点、矛盾点を発見いたしましので、随時勝手に変えさせていただきますので、ご了承ください。




