*第二十四話 暗示
七瀬真衣の二つ目の人格、“七瀬徹”とぼくこと新堂夾の二つ目の人格、“僕”。
現実には存在すべきでない人格。
人間の弱さ故に生まれた人格。
徹は、真衣の精神を支える役目を背負い、僕はぼくのかわりに恐怖を背負った。
二人とも、目的は同じ。
主の助け。
しかし、その背負わされた感情故か、役目故か、“僕”は狂った。
ぼく“新堂夾”の狂いを直すべく生み出された人格が狂った。
恐怖しか感じられない故に。他の感情が一切無い故に。
狂って、狂って、狂った故に尚、狂った。
それが、二つ目の人格“僕”の人格さえも変えたのは紛れも無い事実だった。
『う・・・・ぅ・・ぅぅう』
低い唸り声を上げ、ぼくは目を覚ました。酷い疲労感が体を襲った。
ここはどこだろうか?、瞳孔を開くと、目の前に美しい女性が見えた。
『気付いた!?』
突然、その女性が抱きついてきた。よく見ると、真衣さんだ。ぼくは、顔が熱くなった。
『真衣さん!?』ぼくは、言うと真衣さんを体から退けた。よく見ると眼が少し潤んでいる。『どうしたんですか?急に』
『よかった・・・』
ぼくは何もわからなかった。
何故か彼女の眼からは涙が零れ落ちた。
吃驚仰天。否、驚愕か。慄然か。
とにかく、驚いたのは事実。
真衣さんたちに事の顛末―――“夢の僕”について聞かされたぼくは、唖然としてなんと答えていいかわからなかった。
だから、『あいつは、きみの二重人格だ。』なんて言われてもぼくはピンとこなかった。
『それって、やばいことなんですか?』ぼくは訊ねた。
『よく、そんな楽観的にいられるね。夾くん。』願望屋はぼくを諭すように答えた。『人格が喰われるってことは“きみ”即ち、新堂夾という存在が、心がなくなってしまうってことなんだよ。―――空虚。今までよりも遥かに酷い、残酷な空虚ってことなんだよ?』
『それもいいんじゃないですか?』半分諦め気味にぼくは答えた。楽に慣れるなら何でも良かったからだ。『死にたいとは思わないけど。何も全て痛みも無く、自分という“存在”がなくなるのならかまわない、です。』
虚ろだった。何もかも虚ろに見えた。
時間が過ぎるごとに。世界が鮮明では無くなっていくのがわかる―――
これが“侵食”という事象。“人格が喰われる”っていう事象なのだろうか?
『本気かい?』
『本気・・・です。』
ぼくはゆっくりと答えた。
思考力まで失われていくような気がする。
深く深く―――
暗闇に紛れ込んでいくような気がする―――
遠く、遠く―――
何処かに自分という存在が行ってしまいそうになる気がする―――
『夾くん!』ぼくは、突然呼ばれた気がして後ろを振り向く。真衣さんだ。虚ろな眼でぼくは彼女を見つめた。『大丈夫?』
『だい・・・じょうぶ・・・です。』
何もかもどうでもいいような気がしてきた。
体が口が、枝葉末節が誰かに―――何かに侵食されていくのがわかる
疲労感が体を襲った。
『まずいね―――』
願望屋の声が聞こえた―――。
その言葉を最後にぼくは再び気を失った。
『夾――――くん?』私は目を疑った。『大丈夫?大丈夫なの・・・・・?ねぇ、夾くん。返事してよ。ねぇ・・ってば!!!』
『・・・・』
『ねぇ、夾くん―――!!』彼から返事は聞こえない。私は秋を見た。
『―――侵食されてるみたいだね。彼の心。』
『そんな、呑気なこといってていいの?秋―――。夾くん死んじゃうよ?、夾くんこのままだと心がなくなっちゃうんでしょ?心が空虚になっちゃうんでしょ?』
『そうだね』彼はゆっくりと答えた。『この性質の悪い“二重人格”はこの子(夾くん)を侵略するのではなく、破壊するつもりだろうからね。』
『破壊・・・?』
『そう。破壊。破滅の破に、壊すと書く、あの“破壊”さ。』
『そんな!!!』
『まぁ、焦るなって―――夾くんなら大丈夫だよ。』彼は微笑を浮かべた。『ぼくが、念の為を思ってかけた、催眠暗示がかかってるはずだからね』
次号。クライマックス!!!