*第二十三話 助舟
『夢―――?』私はソファに寝転がっている夾くんを見た。
私の背中に何かが奔った。
『夾くん!?』私は無意識に彼の体を揺さぶった。何も反応はない。彼は安らかな寝息を立てて眠っていた。
『どうしたの?真衣。』秋は尋ねた。『夾くんはそっとしといてあげなよ。疲れて寝ちゃってるんだから。謝るのは後でいいでしょ?』
『ちっっ、違うの。』私は目に浮かぶ涙を必死に堪えた。『そんなんじゃないの。』
私は、言葉を―――粘々していてなかなか吐き出せない言葉を摘み出して言葉を繋げる。
『そんなんじゃなくて―――、夾くんはニジュウジンカクで――――その―――夢に侵食して―――・・・』
支離滅裂な言葉の羅列だった。できるだけはやく秋に夾くんに危機が迫っていることを伝えようとして益々、文章が狂う。
『まって―――ね?真衣。落ち着いて、ね?』秋は私の肩に触れ私に言い聞かす。私は少し落ち着いた。
『あい・・・』涙声で私は頷く。秋は、溜息をついた。
『どうしたの?真衣。焦らなくてもいいから言ってみて。』
私はゆっくりと口を開いた。そして、願望屋、藤沢秋にことの顛末を告げた。
『う〜ん』藤沢秋は腕を組んで呟く。『まずいね。』
『とにかく起こさなきゃ・・・』私は、夾くんの体に触れた。夾くんの体温が掌に伝わった。
『まって。本当に、君の二つ目の人格“七瀬徹”はそう言ってたの?』
『ええ』私は頷いた。『私と人格を交代するときにね。精神世界で彼は確かに言ったわ。』
内部から侵食し、壊しやすいのは夢である
彼は確かにそういった。
新堂夾の芽生えつつある、二つ目の人格に気をつけろ、と。
滅多に現れない彼が
滅多に私に話しかけない彼が
常に楽観的な彼が
あのときだけはそう言った。
いままで、私に忠告したことなどなかったのに
いままで、他人のことについて触れたこともなかったのに
そう言った
いままで、私が辛い理由以外で出てきたことなかった彼が、だ。
『ふ〜ん』秋は暫く考え込んでいたがやがて口を開いた。『うん。とりあえず、起こすことが先決だね。』
*
自殺したあいつが悪い。あいつが悪い。あいつが悪い。あいつが悪い・・・・
ぼくは悪くない、悪くない。悪くない。
あいつが悪い。あいつが悪い。あいつが悪い。あいつが悪い・・・・
ぼくは悪くない、悪くない。悪くない。
何度も、何度も、繰り返す。心の中で、その言葉を。
狼狽した眼で、ぼくは彼を見つめた。
何も言い返してやる言葉が浮かんでこなかった。
『何も言い返せないみたいだね。』彼は笑う。『まぁ、当然だろうね。事実なのだから』
次第に、彼の声は刺々しく、荒々しくなっていく。
『へぇ、見てみないふりをずるズルっ子はシカトもするんだ』ぼくは何か言おうと思ったが口が開かなかった。彼は尚も続ける。ぼくを罵倒する。『都合が悪くなったらすぐこれだ。やっぱり政治家達と同じだよ。あの腐った大人たちとね。まぁ、僕はきみの“せい”で“現実世界のこと”をあまり知らないから――――殆ど情報が入ってこないから――――詳しいことはわかんないけどね。だから、僕から言わしてもらえば、きみのほうが腐ってる。』
『ぼくは―――』
『ア―ア―、何度も聞き飽きたさ。言い訳なんて。わざとじゃない?意図したわけじゃない?裏切ったつもりはない?知らなかった?』
彼は一瞬、言葉をとめた。
『嫉妬が、憎悪が、安心が、不安が、感謝が、驚愕が、冷静が、焦燥が、名誉が、 尊敬が、親近感が、憧憬が、欲望が、勇気が、快感が、後悔が、不満が、無念が、嫌悪が、羞恥が、軽蔑が、期待が、優越感が、劣等感が、怨みが、苦しみが、 悲しみが、怒りが、諦念が、絶望が、愛しさが、幸福や幸運が、あらゆる感情が、恐怖以外のあらゆる感情が欠如している僕の気持ちを君は考えたことあるか?ずっと孤独。けれど、その形容は恐怖でしかなく、恐怖からはじまり、恐怖で続く恐怖を。
わからないよね?きみは、僕を生み出して以来、“恐怖”を僕という人格にしまいこんでたんだから。』
『ぼくは―――』
『え?何いってるの?聞こえないよ・・?』彼は、耳に手をあて、ぼくに尋ねた。
ワルイノハボクジャナイ、ワルイノハボクジャ・・・
ぼくは、口を開こうと思った。大声で叫びたかった。あいつに向かって言いたかった。たとえ、あいつがそれを言い訳と言ったとしても、関係なく、叫びたかった。
『え・・・・』
口を開こうとしたその刹那、突然視界が反転した。“僕”の体が中央から裂け、真っ白くなってゆく。
彼は何か言っていたが声にノイズがかかり、次第に小さく聞こえなくなっていった。
気付いたとき、真衣さんの顔が見えた。
すいません。
今、推敲中です。
現在、第参話まで推敲を終えました。
暫くの間、更新は滞ってますが、この話は絶対完結させてみせます!!!
〜仮決定 サブタイトル一覧〜
*第二十四話 診察
*第二十五話 “秘密です”(これは内緒です。ネタバレなんで)
*第二十六話 決意を胸に
*第二十七話 〜last story〜 ―――新堂夾の手記より
この後に、付録を二つと、アトガキを添えて完結させるつもりなんでよろしくお願いします。