表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/32

*第十九話 覚悟

もう、うんざりだ―――


同日、願望屋

夕暮れ時、私は神社で急に倒れた夾くんを抱え、願望屋を訪れた。

中に入ると藤沢秋はにやついた表情で安楽椅子に座っていた。

『夾くん、見つけたわよ。』私は秋に言った。

『なんだ?こいつ赤ちゃんかよ。真衣の胸で寝て。』

『そんなこといわないであげてよ。秋ちゃん。』私は夾くんをソファの上に寝かした。『この子、色々苦労しているみたいだから。私たちが思っていた以上に。理由はわからないけどさ』

『それなら調べ、ついてるよ』秋は私にホッチキスで留められた紙の束を投げた。『親に電話したら一発でわかったよ。この子(夾くん)が、昔、“水難事故”っつう物凄い外傷体験トラウマ抱えてたってことがね。』

『水難事故?』驚きのあまり私は問い返した。

『そう。彼の“願望”の原因には―――その根底にはやっぱりトラウマがあったんだ。』

『それって、どんな?』

『・・・五歳くらいの頃――――』

秋は話し始めた。

何回か私は相打ちを打ったけど、黙って彼の話を聞いた。

やがて、峠に話はさしかかった。

『――――その資料にも書いてある通り、夾くん。その頃には意識がなくてさ、すぐさま救急車に運ばれたらしいんだ。で、命がやばいってんで、緊急手術したらしいんだけど、川に流されている最中頭かどっかぶつけたみたいで記憶がなくなっていたらしいんだ。で、両親は水に怖がる様子もないし、無駄に思い出させて本人の負担になっても困るので本人には内緒にすることにした。でも、その事故以来夾くんが妙な行動をし始めた―――』

『妙な?』

『そう。“一人でいること”ができなくなったそうだ。寝るときは勿論、トイレに行ってるときまで。どんな些細なことでも。友達と遊ぶのさえ、友達が家に来てくれなければ小学校中学年くらいまではできなかったらしいよ。中学に入るとマシになって、“少なくとも両親の前では”そういった素振りを見せなくなったらしいけど、その代わりに自分が予想だにしていなかった出来事が起こると怯えるようになったそうだよ。』

『それって―――――?』私は愕然と、呟く。秋は首を縦に振った。

『叫びだしたやつじゃない。私の前で・・・』

どれくらい辛かったろう?

一人でいることは。

五歳という幼いときから、無意識のうちに、一人に孤独に怯えることは

そうとも知らず、私は―――私は―――

『セラピスト失格じゃない・・・・・』何故気付けなかったのだろう?自分と同じ境遇、そればかり気にしていた。涙腺が緩み、涙が溢れ出そうになった。

『う゛ぇっぐう゛ぇっぐ』

目の奥がじんわりと軋むようにか細く声をあげる。奥歯を噛み締めても呼吸をする度に肩が震えて声が出せない。不意に秋が遠く霞む。だめだ、このままじゃ―――――――。思いかけた所で目頭が熱く歪んだ。『真衣?』秋の声が聴こえた。その刹那、堪えかけたかと思った涙はあたしの頬を伝った。一瞬だった。声も出ない、下も向けないあたしは泣き崩れていた。泣く、というよりも嗚咽と言った方が正しいのかもしれなかった。どうしてもっと―――――――、思うだびに眠りに付いている彼の顔がだんだん見えなくなる。

“ごめんね・・・”

言葉を発しようと思ったけれどそれは泣きじゃくるあたしの口からは言葉にはならなかった。ただの汚い声だけが部屋に啜り泣くように響いて、あたしの五感を悪くする。気分が悪いのは

自分の声の所為だけじゃなくて――――――この声が彼に届かないまま、目の前の子供のような秋の耳に聴こえてしまっているからかもしれなかった。口元を手で覆う。それでも溢れ出る涙を止めることは出来なかった。悔しい。悔しい。悔しい・・・・

願望屋に就職して私は何年になるのだろう?

セラピストになって何年になるのだろう?

私は。

未熟だった。

鷹を括っていた

逆上せていた

セラピストでいることに

安堵していた

秋の隣にいることに

セラピストであることに

『馬鹿―――私の・・・・馬鹿・・・・』彼にどれだけ謝ったらいいのだろう?私は寝息を立てぐっすりと寝入っている彼を見た。また、涙が溢れ出した。『ごめんね・・・・。夾くん』

『真衣。そんなに、病まなくてもいいんだよ。真衣は悪くないんだから。』泣きじゃくる私に秋が声をかけた。

『どうして?』私は尋ねた。『私が未熟だったの。鷹を括っていた。逆上せ上がっていた。この私を“悪い”以外にどう形容すればいいの?』

『別に―――』彼は何かいいかけた。

『私、セラピストやめるね。夾くん』

『違う。確かに真衣は鷹を括っていたかもしれないよ。逆上せ上がっていたかもしれない。でも―――、真衣は“セラピスト失格”なんかじゃない。』秋は私に言った。『どんな職業でも“失敗”はあるもの。医師だってそれは同じ。失敗を繰り返して人は学ぶ。』

涙が、止まった。

『それにさ。真衣にとっては夾くんは“患者”の一人かもしれないけど、夾くんにとっては五歳の頃から――もがき苦しんできた自分を助けてくれるメシアなんだ。真衣しかいないんだよ?』

“真衣しかいない”・・・か。

秋の言葉で私は悟る。

私は負けちゃいけない。

本当に辛いのは|患者さん(夾くん)なのだから。

私は逃げちゃいけない。

彼が逃げていないのだから

私は諦めちゃいけない

この道を選び、歩み続けると決めたのだから

私の口元が緩んだ。それを見て秋は言う。

『真衣、処方箋よろしくね。』

“願望を叶える”為の一つ一つのピ―スが一つ一つ一点に収斂していく。

これが“願望を叶え、人をも変える”願望屋藤沢秋の力か・・・・。

私は涙を拭った。『ええ。有り難う』








―――え?








なんだろうか?

不意に何かが頭を掠めた。

何か忘れていないだろうか?私は・・・・・・・

何か重要なことを。

頭をフル回転に回す。

出てきた言葉を。新堂夾に関連する言葉を脳内から紡ぎだし、繋ぐ

リストカット。平凡な日常。ナイフ。一人。外傷体験トラウマ。水難事故。孤独。私と一緒。

私と一緒―――?似ている―――?

なら二重人格・・・?


不意に想起する。帰り際、私の分身、七瀬徹が言っていた言葉を。




『新堂夾の芽生えつつある二つ目の人格に気をつけろ。二重人格ってのは悪い奴といい奴がいて、簡単に言えば天使と悪魔なんだ。天使は俺みたいにあるじの人格を助けるが、悪魔は違う。主を壊してしまう。ときには人格や精神どころか魂―――人の命までもな。その侵食方法は様々だが、一番内部から―――』




―――え?なんだろう?




彼は何と言っていただろう?私の分身、七瀬徹は。

思い出せ。私・・・・


思い出せ・・・




『内部から侵食し、壊しやすいのは夢だ。』




『夢―――?』私はソファに寝転がっている夾くんを見た。

私の背中に何かが奔った。悪夢の始まりだった―――。

*第十九話 嫉妬、前々から決めていたものでしたが、話が全然かみ合わないので真衣の覚悟にちなみ覚悟にしました。因みに次話は悪意膨張のつもり。時間かかります><

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ