*第十三話 接吻
『カチャッ』
遠慮気味にドアが開く音がした。
扉の方を見るとびしょ濡れの真衣さんが立っていた――――。
『真衣さん!!!』
びしょ濡れの真衣さんのほうにぼくは駆け寄った。
制服は勿論、びしょ濡れでよくみると右腕から出血している。腕まくりしたワイシャツが紅く染まっていた。
『真衣さ・・・・』
思わず、正面から覗いてしまった。水によって透けたブラジャ―を目の前にして少し恥ずかしくなった。
『どうしたの?』
願望屋、藤沢秋はいかにも興味無さそうに安楽椅子に座りながら聞いた。
『なんでもないわ。秋。』真衣さんは言った。『ただ、帰ってくる途中で雨に濡れただけ』
『そう。』
彼は読んでいた漫画に視線を落とした。
本当にそうだろうか?
一瞬、見えた。悲しい眼―――
見たことがあるからわかる。
絶望に満ちた眼―――
彼女は―――。
『真衣さん。どうしたん―――』
『ごめんね。秋、わたし少し休んでいい?』
彼女はぼくの言葉を遮るように秋に訊ねた。
『・・・・』
『真衣さ・・・・』
『いいよね?』彼女はもう一度ぼくの言葉を遮って、秋に訊ねた。
『うん・・・』秋は漫画から顔を上げると、小さな声で呟いた。『暫く休んできていいよ』
『ありがとう。』彼女は少し笑うと、ぼくに言った。『すいません。依頼人。』
どこか悲しげな表情だった。
彼女はもう一度微笑んだ。
『!?』
一瞬だけ、本当に一瞬だけだったから何がなんだかわからなかった。
彼女はぼくの頬にキスをして正面の扉から出て行った。
『真衣さん!!』
気付いたとき、彼女の姿はそこには無く漫画を読んでいる秋の姿だけが願望屋の中にはあった。
『秋さん、真衣さんどうしちゃったんです?』
『・・・・』秋は答えてくれなかった。
『答えてくださいよ!』ぼくは彼から漫画を奪い取ると、言った。『なんで、貴方はそんなそっけない態度なんですか?秋さんが心配じゃないんですか?』
『別に。』秋はぼくを睨みつけた。『真衣はなんでもないって言ってるんだよ。かまわないでしょ?』
『そんな・・・・!!?』
『とにかく僕は干渉しないよ。』
『もういいです。』ぼくは彼に一瞥して、願望屋のいつもより思い扉を開けた。
ぼくは辺りを見回したけれど、やっぱり真衣さんの姿は何処にも無かった。
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『真衣。そこにいるんでしょ?』漫画に眼を泳がせながら秋は言う。『でてきてよ。怒らないから』
『・・・・・・』
『報告しにきたんでしょ?本当は。新堂夾のこと。でも、彼が願望屋にいたから、出てったフリをした。』
『正解。』
『で、その右腕の傷は何?あいつらとトラブリでもした?』
『別に。』彼女は言った。『帰ってくる途中で雨に濡れただけって言ったでしょ?』
『はい。嘘。大方お前の持病の障害がトラブルを引き起こしたんだろ?』
『全く秋ちゃんは何でもお見通しね。』彼女は言った。
『それなら、ますますダメじゃないの?“君と同じ障害”を持つあの子を放っておいちゃ』
『私は後で探しに行くつもりだけど。でも、秋があの子を放り出したんじゃなくて?』
『そうだね・・・僕も後で探しにいくさ。でも――』
『でも――?』
『その前に、その腕に傷を負ったトラブルのこと聞かせてくれるかな?』
『それなら秋の言う通りよ』私は言った。『私に棲みつくあの忌々しい障害のせいでね。』
短い?というより、文字数が少ない話です。
サブタイトルがなかなか思いつけませんでしたがどうにか首尾よく接吻になりました。