*第八話 精神ハ脆ク崩レ去ル
※この第八話はあまりにも痛々しい話です。
秋は耳から受話器を話すことができなかった。
『欲しい?』
予想外の言葉。でも、秋の“嫌な予感”は結果として――想像していたのとは少し違ったが――的中し、彼は壊れる。
受話器の奥で声が続けた。『秋ちゃん?き―てる?』
『聞いてるよ。』秋は受話器を持ち直した。
『いいでしょ?食べちゃっても』
『そのいいかたはやめぃ。』秋は溜息をついた。『でもどうせ、やめなよ。って言ったって真衣はやめる気はないんだろ?』
『当ったりぃ♪』
やっぱり―――、彼が壊れていくその様を見たい自分はご健在のようだ。秋は微笑を浮かべ、受話器を置いた。
何故こんな破目になってしまったのだろう?
今更後悔しても遅い。が、初めて後の祭りという言葉の意味を理解し、過去に戻りたいと言う気持ちに苛まれた。
ぼくはベットに寝転がり、あの時のことを思い出した。
カラオケボックス“歌姫”神楽坂店(本店)
『じゃぁ、次は桃太郎君♪』真衣は華麗な歌声でYUIのCHE.R.RYを歌い終え、目の前にあったオレンジジュ―スに手を伸ばした。
『お、おう。』桃太は震える手でマイクを彼女から受け取り、拳をぎゅっと握り締めた。『それじゃぁ、大塚愛でさ、さくらんぼで〜す!』
必死の言葉にも虚しく、女性陣は真衣さんの下に集まる。『真衣ちゃん上手いね♪』とか、キャピキャピした声は桃太ではなく、真衣さんのもとに響いた。
『可哀想だな。桃太のやつ。』ぼくは思わず呟いてしまった。
『そうだな・・・』真剣そうな顔で麻呂も頷いた。
『もぉ、じゅっぷんしかないよぉ!!!』暫くぼく達は歌い続けた後、真衣さんが呟いた。『でぅえっとでもやらない?』
『いいね!それ』簗瀬は笑った。『どうせなら、男女のデゥエットってどぉ?』横目でぼくと真衣さんを交互に見つめた。
『真衣さんと新堂やりなよ〜。』小手川が簗瀬の心をよんだかのように(予め計画されていたのかもしれないが)簗瀬の言葉に追随した。
『はぁ?』勘弁して欲しい。ぼくは音痴なのだから。『なんでぼくが?』
『だって新堂、一曲も歌ってないでしょ?』
『そりゃそうだけど。』ぼくの心臓が高鳴り始めた。
『じゃ決定。』
『歌うのとか苦手だし、いいって。』
『もしかして〜』簗瀬がぼくの顔を覗きこんだ。『恥ずかしいとか?』
『なにを?』鼓動が更に速くなった―――気がした。
『真衣さんのことすきなんでしょ』小手川が耳元で囁いた。
『ばっ、ちげぇよ。』
『はいはい。照れなくていいっての。いいよね?真衣ちゃん。』
『もち♪』
小手川は無理やり、ぼくにマイクを押し付けると、勝手に表から男女の恋愛デュエット曲を選び、送信した。
『〜世界中の誰よりきっと〜』
ぼくは意を決して、歌い始めた―――。
これが、間違いだった。歌わなかったらよかったって、思う。
『アハハッハハハ――――』大笑いがボックス内に木霊した。
ぼくの心臓は更に素早く脈打つ。誰も――ぼくの異変には気付かなかった。
手が汗ばみ、拳をぎゅっと握り締めた。
『なに?あれ。人間の歌?』小手川が腹を抑えて笑った。
ぼくは、ナイフをぎゅっと握り締めた。
オマエラガウタエッテイッタンダロ?
『そうだね〜』真衣さんも笑い出した。
『へたくそだなお前!!!』麻呂と桃太も腹を抱えて大笑いした。
『下手糞!下手糞!』誰かが連呼した。
ナニ?オマエラ?ヤメテクレナイ?
『キャハハ〜だよねぇ〜』
『真衣さんかわいそう。』
『下手糞すぎだよ。』
『猿以下だな・・・・・・・』
オマエラ、コロシテヤロウカ?
死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。
死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。
死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。
死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。ボクハ耳を塞いだ。胃がむかむかする。
無意識のうちに、しゃがみこみ叫びだした。
『あああああああああああああああああ』
ボクノセイシンハモロククズレサル――――
『あああああああああああああああああ』
皆唖然とぼくを見つめた。真衣さんがぼくに駆け寄った。しかし、ぼくは真衣さんの腕に嘔吐し、再び叫びだす。
自制できなかった――――
『ああああああああああああああああああああああああああああああああ』
目の前が真っ白になった。
最後に見えたのは簗瀬と小手川の“ぼくに”怯えた顔だった――――。
真衣さんがぼくの頬に涙を零したような、気がした。
あまりに痛々しい話――――
絶対経験したくない、多分以後絶対読みたく無い話です。こんなことが無かったらいいんだけどな。
あとこの題名は変更無し。*第八話 セイシンハモロククズレサルは、ぴったりな題名なきがします。因みに次号は急展開―――なっ、なんと!?