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だいぶ日が傾いた頃、ようやくルーが起きた。
「ずいぶんよく寝ていたね。髪の毛が凄いことになってるよ、ルー?」
私の冷やかしにルーは慌てて髪を撫でつけている。
「夢を見てた。昔の楽しかった夢を」
そう言って俯く姿を見るのは少し切ない。
「ルー?ルーべシオン?」
私がルーの名前を呼ぶと、ルーは目を大きく開いて驚いていた。
「なんで…」
「昨晩の夜に人間が森に来ていてね、ルーを追ってる奴らかと思い魔力で糸を付けたんだ。それを辿っていったら偶然ルーの事を聞いたんだ」
ルーは下を向いたまま唇を噛み締めていた。
「ルー、そんなことをしては駄目だ。唇が傷ついてしまう。ルー?偉かったね、こんな場所まで1人で。でも大丈夫、私はここにいるし、ハミルが迎えに来てくれる」
今度は勢いよく顔が上がった。
「生きてるの!?ハミルは生きてるの!?」
「あぁ、牢に繋がれてはいたが生きているよ。必ず迎えに行くから待っていて欲しいと、そう伝えてくれと頼まれた」
ルーの目から涙が溢れだした。
「よかった…僕のせいでハミルが死ななくて…」
迎えに来てくれる安堵の涙ではなく、護衛騎士の無事に涙を流せるルーは人の上に立てる器がある。
だからこそ、慕われている。
だからこそ、こんな場所まで逃がして僅かな希望に縋ったのだろう。
「ルー、迎えがくるまで私がルーを守ろう」
そう言うと、涙が止まらないルーの頭をそっと撫でた。
ルーとの生活が2週間になろうかという頃、ルーから、森での生き方を教えて欲しいと言われた。
ルーは生きる為に前に進み出したのだ。
私は惜しむことなく様々な知識を与えた。
薬草の種類や使い方。狩りの仕方や戦い方。
特に剣の稽古は私自身驚きを隠せないでいた。まるで乾いた砂が水を吸収するかのように際限なく貪欲に吸収していった。
才能などと言うつもりはないが、この子は剣を持つ為に生まれてきたような子だ。
共に暮らすようになって半年程たった頃、ルーは見違えるように逞しくなっていた。
もうあの頃の幼子はどこにもいない。
「ルー、もう私から教えられることはない。後は自身で先を進んで行くんだ」
「はい。ありがとうございました。ヴィーと出会えて僕は幸せです。今は生きている事が、生き続ける事がこんなに楽しい。みんなが僕の為に、国の為に頑張ってくれている。それが僕の希望です」
誇らしげに微笑むルーから目が離せなかった。
それからの毎日はルーが狩りや薬草を採取し、それを私が調理加工することが日課になった。自らを鍛えるためにルーは森を進む。生きるために。
なんとなしに、別れが近いと感じるようになった。
それから3ヶ月程した頃、ハミルから連絡があった。一週間後に迎えに来るという連絡が。
「ルー、ハミルから連絡がきた。一週間後に迎えに来るそうだ」
「ほんとですか!?やっと、国に帰れる、やっと…」
嬉しそうなルーの顔を見るのが嬉しいはずなのに、何故か胸の奥がチリチリする。
「ヴィー、僕と一緒に来てくれませんか?」
一瞬何を言われたかわからなかった。
確かにルーと離れることはさみしい、だが…
「ルー私は一緒には行けないよ。ここが私の在る場所であり生きる場所だ。ルーと共には行けない」
その言葉に愕然としながら、ルーは諦めようとしなかった。
「何故ですか!?ずっと一緒にといったじゃないか!嫌だ!離れたくないよ!」
感情的になって言葉使いが元に戻っているルーを優しく見つめた。
「私はずっとルーと一緒にいるよ。離れてもそれは変わらない。ずっとルーを忘ない。ただ、生きる場所が違うだけ。そうでしょ?ルーべシオン?」
ルーの瞳から大粒の涙が溢れ出していく。
「そんなの…そんなの嫌だ…」
駄々をこねるのはもう受け入れているから。
認めたくないと泣きじゃくる。
「ルー泣かないで、私はいつもあなたと一緒です」
私はルーを包み込むようにそっと抱きしめた。
ルーもギュッと背中に手を回してくる。
「では、こうしよう。ルーに目印をつける。私だけが気付く目印を。そうしたら長く離れていても、あなたと私は繋がっている」
顔を上げ、私を見るルーはもう1人の男の顔をして見えた。
「目印?僕に?」
泣き濡れた頬を拭ってやりながら私は微笑む。
「そう、目印。忘れないように、私の魔力を刻んでおこう。駄目かな?」
「駄目じゃない…」
「さぁ顔をこちらに向けて?」
私はルーの額に指を当てて自らの魔力でできた紋を刻んだ。
「さぁ終わったよ。見た目は変わらないが、私の紋を刻んだ。これでルーと私はずっと一緒だよ」
ルーは額を手で触ったりしながら確認しようとしていたが、自分ではどうやっても見えないので諦めたようだ。
「僕には見えないんだね。でも額があったかい。ヴィーと繋がってるんだね」
ルーと過ごして8ヶ月。とても楽しかった。
忘れていたたくさんの感情を思い出せた。
こちらこそありがとうと伝えたい。
残り一週間、たくさんの思い出を作ろう。