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お互いにルーとヴィーと呼び合うようになった8日目。
ルーが普通に笑ってくれるようになった。
やはりあの子には笑顔が似合う。
澄んだ青い瞳もキラキラと輝いて美しい。
毎日、不安だったんだろう。
甘えることができず張り詰めて、それが昨晩の一件から見事に剥がれ落ち、今は子供らしい笑顔を見せてくれている。
正直、こんなに情が移るとは思わなかった。
ルーが可愛い。
ルーが愛しい。
自分がこんな感情を持つなんて。
だからといってほんとうにこのままずっとといわけにもいくまい。
あの子の素性を調べる為に、昨晩の人間達に糸を付けておいた。
こんな場所まで逃げてくるとは、逃がそうという誰かがいて、それはルーをとても大事に思っているということだ。
どんなに情が移ろうとも、人の子は人の世界で生きた方が良い。
「ヴィー?どうしたの?なんか難しい顔してるよ?」
「いや、昼は何を食べようかと考えていた」
実際は違うが、今は何も聞かない方がいいだろう。
ルーが昼寝してる時にでも糸を辿ってみるか。
昼食は一緒に作り、一緒に食べる。
ルーが来てからの日課だ。
食事が終わり、椅子の上で読書をしていたら前に座っているルーの頭がフワフワと上下に揺れていた。
「ルー?眠いならベッドへ行きなさい」
昼食後に椅子の上でウトウトしてるルーに苦笑しながら、声をかけた。
「うん、お昼寝してくる…」
そう言ってベッドに横になるとすぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。
寝付きのよさは最高だな。
ルーが完全に寝入ったのを確認して、私は昨晩付けた魔力の糸を辿ってみることにした。
目を瞑り意識を糸に集中していると、ずいぶん騒がしい場所のようだ。
「おい、森の探索は打ち切るらしいぜ。」
「王子と一緒に逃げた騎士は見つけて捉えたから、あんな小さな子供1人で魔の森は生き残れんだろう」
「あぁ、あれ以上深く潜るのは危険だしな。そもそもあそこに逃げる自体が自殺行為だろ」
…ふむ。王子だったのか。
ルーは継承権争いの犠牲になったのだな。
「とりあえず、長いものに巻かれろってな。正直カザフル殿下は好かんが、俺達も命は惜しいしな」
「確かに、王弟殿下の良い噂は聞かないな。ルーべシオン殿下がもう少し大人ならなぁ」
「だが、まだ反王弟派は諦めていないと聞くぞ?」
……。反王弟派に逃がされて森まで逃げてきたのか。
まだどうなるかわからん状態でルーが生きていると知らせるのは危険だな。
反王弟派が誰かもわからん状態だ。
「あ!そろそろ牢番の交代だ。じゃあな」
3人のうち1人の騎士が席を立って牢に行くらしい。ついていってみるか。
確か、ルーと一緒に逃げた騎士が捉えられたと言っていた。運が良ければそこにいるかもしれん。
薄暗く湿った空気の中で、先ほどの騎士が交代の騎士と引継ぎを行っている。
私は奥に視線を凝らしてみた。
奥の突き当たりの牢に誰かが繋がれている。
「あんたも運がなかったな。あの森は子供1人では生き残れんだろう」
牢番からの言葉に一瞬ピクリと動いたものの、何も返すことなく沈黙がその場を支配していた。
この男がルーとともに森まで逃げてきた騎士で間違いないだろう。
だが、拷問を受けたのか満身創痍だ。
ふむ。知らせるべきか…。否か。
だが、あの子はこの男の、いや反王弟派にとっての唯一の希望だろう。
私は牢番に繋いでいた糸を一度切り、牢に繋がれている男に繋ぎ直した。
《聞こえるか?》
男はビクッと体を揺らしたが、それに牢番は気づいていない。
《頭に直接話しかけている。そのまま聞け。私はまのもりに住む者。一週間前にルーと名乗る少年を保護した》
男は私の声をジッと静かに聞いていた。
《すぐには信じられないかもしれないが、お前達が迎えに来るまで安全に私が保護しておこう。だから必ず迎えに来い》
そう言うと、男の顔が一瞬だけ笑ったように見えた。
《どなたかは知らないが、感謝する!今はあなたを信じるしかないが、必ず王子を迎えに行くと伝えてくださるか?私はハミルという王子の護衛騎士だ》
わずかな希望を見出した男に迷いはない。
《確かに聞き届けた。私の魔力の糸をそなたに繋いである。迎えの時は知らせてくれ》
確かに伝えよう。ルーは人の子。
人の子は人の中で生きるべきなのだ。
意識を自分の体に戻すと、ベッドの上でルーはまだ寝ていた。
まだ未来は決まっていない。
迎えが来なくても面倒は見るつもりだ。
だが、伝えることは生きる希望に。
迎えがこない時は絶望に。
そして私は全てを受け入れよう。
今までのように、これからも…