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この話は本編のプロローグとして書きました。
本編はある程度書き溜めてから順にアップしていく予定です。
つたない文章で読み辛いかと思いますが、寛大な心で読んでいただけるとうれしいです。
「ほら、ルー。もう泣かないで」
とろけそうなほど潤んだ瞳を覗きこみながら優しく語りかけると、安心したのか気の抜けた顔で笑いかけてきた。
「ここにいてもいい?」
ルーはまだ不安なのか、私に抱きついたまま瞳を潤ませている。
「大丈夫。私はここにいるし、どこにもいかない。ルーの側にいる」
私の言葉を聞き、やっと涙を拭い抱きついていた手を離した。
「ねぇ、名前はないの?」
確かにルーをこの森で拾ってから一週間になるが、まだ名を名乗っていなかった。
簡単に名乗れるわけじゃないが、名がなければ呼べない、ふむ…。
「では、ヴィーと呼ぶといい」
ルーは何度かモソモソと名を呼ぶ練習をすると、輝かんばかりの笑顔で私の名を呼んだ。
「ヴィー!」
「はい」
「ヴィー!」
若干苦笑しながらも答えてやると嬉しそうに抱きついてきた。
***
ルーを森で拾ったのは一週間前になる。
いつものように森で散策しながら結界の綻びを修復していた私は、木の根元に座りこんでいた少年をみつけた。
かなり身なりがいい少年だ。
艶やかな黒髪、どこか虚ろな青い瞳。
力尽きたように座りこんで、ただ前を見ていた。
私は少年を驚かさないようにそっと近づくことにした。
かなり近づいてもこちらに気づきもしない少年。よくみればあちこち泥まみれだ。
人の子がこの森に足を踏み入れることはそうはない。
間の森。魔の森。真の森。字は違うが、様々ないわれがあるまのもり。人からも、魔からも敬遠される、この大陸最大の森だ。
入ったら出られないと言われるこの森に、幼い少年がこんなに深くまで足を踏み入れるということは、何かから逃げているのか?
それとも置いていかれたか?
深くまで潜る人間が全くいないわけではない。深く潜れば貴重な薬草などもあるし、珍しい動物もいるからだ。
前者にしろ後者にしろ、見つけてしまった以上放置もできない。
意を決して少年の前に立って、少年に話しかけてみた。
「少年?こんな深い場所に1人か?」
いきなり目の前に人が現れ(厳密には人ではないが)話しかけられた少年は驚きつつも立ち上がる気力もないのか私を見上げたまま動くことはなかった。
しばらく見つめあっていると少年がか細い声で何か言った。
あまりに小さな声だったが、私の耳にはしっかり届いていた。
「魔物?」
…そうか、私の姿は人の子からは魔物にみえるのか。怯えさせてしまっただろうか?
だが、少年の瞳に怯えは見当たらない。
「私はこの森に住む者だ。魔物ではないよ」
「でも髪真っ白…そんなのお祖母様しか見たことない」
ただ無駄に伸びている私の銀髪が少年には白髪に見えたのか不思議そうな顔をしていた。
「それよりも1人でこんなに深い場所まで来たのか?もうすぐ日も落ちる、ここはあまり安全ではない」
「帰る場所もないし、もういいんだ。動く力もないからこのままでいい」
酷く虚ろな表情のまま、たんたんと語る少年に、私は久しく忘れていた感情の揺れを感じた。
こんな幼い少年を、こんな場所で1人にしてはいけない。
そう、最初は可哀想だと思った。
そのうちに、笑った顔は可愛いだろうなと、見てみたいと思った。
私と同じ青い瞳に光を取り戻してやりたいと感じた。
少年は、喋る力も尽きたのか、目を閉じたまま動かなくなった。
ゆっくりした呼吸音が耳に届く。
私は少年をそっと抱き上げるとその場を後にした。