仮初めのデート
「っん!」
将軍の大きな手で口を塞がれる。なんだか、あの時の尋問を思い出す。
「静かに…どうやら、付けてきてますね。適当にまいておきましょう。」
運転手に指示を出し、馬車が加速する。耳を澄ますと、後ろからぴったりとくっ付いてきている音がする。
「あの、誰が?」
「あぁ、きっと噂好きのパパラッチでしょう。」
「パパラッチ?何で、また…」
「一週間後に控えるパーティー、あれのせいです。」
「えっと、それと何の関係が?」
「私が連れて行くのは、有名な家柄のご令嬢…という事になっているので。きっと私と出かける貴方をそう思ったのでしょう。」
あぁ、だから…。完璧なデート…優しい目も、私に向けられたものじゃない。
そうわかった瞬間に少し落ち込んで、少し苛ついた。
「将軍はどこかのご令嬢相手だと…いつもと違って優しいんですね。」
「まぁ、不躾な態度はとれませんからね。」
ドキドキしたのに…いつから《私》でなく《ご令嬢》を相手にしていたんだろう…なんだかひどい気分。
「だから…いつもと違って、とても紳士的でしたね。」
「…どうしました?苛ついて。」
「いらついてなんかいません!自警団のみんなが噂していたことは本当なんだなって思っただけです!」
「は?何です?」
「将軍がっ、今日みたいな優しい笑顔を振りまいて、数々の女性を口説き落としたっていう噂です!」
行き場のないイラつきと酔った勢い任せて、声を荒げてしまった。
「口説き落とす…ですか。間違いですよ…」
「なにがですか!」
もうよく分からない。自分がどうしてイラつくのか、顔が熱くて、涙が出そうで…よく分からず興奮した私とは逆に、ロイ将軍は声を落として静かに答えた。
「私が…口説くときは、」
ゆっくりと将軍の手が伸びて頬に触れる。
「…優しくとは、反対…ですよ。」
そう言って頬に触れていた指が首をなぞって下へと向かう。
「んっ!」
ピクっと身体が反応する。黄色のドレスの胸元に縁取られた小さなレース。そこで指の動きを止めると、獲物を狩る時の鋭い目をしていた将軍が笑った。
「ユーリ、そんな目で見ないでください。口説き落とされたいんですか?」
「っ!」
ぐっと手をとられ、指と指が絡まり合う。
「あぁ、飲み過ぎたのか、肌がほんのり色づいていますね。この白い肌をもっとはっきりと紅く染めてみたくなる。」
「ちょっ、やっ、」
顔が近づいて、軽い口づけが首に落とされる。一度離れたその唇が、再び首に落ちた時、ピリッと痛みが走る。
「んっ!」
「私が、口説き落とした女性など…勝手にそう相手が勘違いしただけでしょう。」
将軍が冷たい声で言った。絡み合う指に力が込められ、空いている方の手が腰に回る。
「ユーリ…」
優しい声と瞳がこちらを向く。
「もう、どうしようもないほど…」
絡んだ指がほどかれ、ギュッと抱き締められる。
「ロ、ロイ将軍…」
「はぁ。ダメですね…今晩は、私も少し浮かれて飲み過ぎたようです。本当に貴方を口説き落としてしまいそうだ…」
腕の力を緩めて、俯いた頭を肩に寄りかける。
「ユーリ…あなたも…あんな顔をされたら…いえ。やっぱり飲み過ぎのようです。」
「…私も大声を出して…すみません。」
「はぁ…次は自分を抑える自信がありませんよ…」
「え?」
「…独り言ですよ。」
酔いを早く覚まそうと窓を少し開けたせいで、小さく呟いた将軍の声は溜め息しか聞き取れなかった。