仮初めの就活
「で、これからどうするつもりです?」
「ふぇっ?ふぉうって。」
無心で食べていた所へ質問されたので、口をもぐもぐとさせながら答えてしまった。
目の前の人物の目尻が下がる。
「余程、お腹が空いていたんですね。」
クスリと笑われ、顔が紅潮する。
彼に連れられ先程自分が寝ていた部屋の右にある階段をおりると、右方向にある食堂室へ出た。
自警団の屯所ではなく明らかに個人の邸宅だった。質問するとどうやらここは彼の家だそうだ。
「失礼、しました。いえ、あの、これから私はどうなるのでしょうか?」
逆に質問を返した。何と言っても自分は昨夜捕まった身分なのだから、どうするのかと言われても、わからなかった。
「…?どうなるも何も、なにもないですよ?」
「は?でも…」
「明らかに事件に巻き込まれただけのようでしたし、だから私の家へ連れて帰ったんですが。それとも屯所の方が良かったですか?」
「えっ、いえ、それは遠慮したいですけど…」
いや、手錠とかしてたじゃん。なんか尋問的なこともしようとしてたじゃん。何?最初から状況わかってたわけ?
「あっ、あの、では私には何の咎もないのですよね?」
「えぇ、そうですね。」
「ではっ、食事を終えたら、長居するのもご迷惑になるので、」
お暇させていただきますね、と言う前に
「あ、そうそう、昨晩あなたの住まいが何やら事件に巻き込まれたようで燃え尽きてしまったようです。」
「はっ⁈」
「どのようにあなたの住所がばれたのかはわかりかねますが、残念ですね?でも幸い負傷人はいなかったようです。」
空いた口が塞がらないというのはこの事だろうか。屋敷から出て、やっと見つけた小さな住処。保証人もなく、持てるお金も最小限だったので中々どこも貸してはくれなかった。ようやく見つけたのは、飲食店の屋根裏にある小さな小窓の付いた部屋。天井はもちろん低いところは屈まなければいけないし、お世辞にもいいところでは無かったが、自分にとっては唯一の場所。それがいともこうあっさりとなくなってしまった。
「帰る場所…なくなっちゃった。」
口から零れた言葉。言葉にした瞬間に現実に引き戻された。お金も燃えてしまっただろう。服も。え、、、ほんと身一つってやつ…えぇええ、、、どうしよう。。俯いて考え込んでいると声をかけられた。
「身一つになっちゃいましたね。」
顔をあげて男を見ると、同情の目というには程遠い目をしていた。
「な、なんで笑ってんのよ。」
思わず睨んでしまう。
「え?やだなぁ、そんなことないですよ、そう見えます?とまぁ、それはさておき、どうしますか?」
こんな男でも将軍と呼ばれるほどだ。何か、、、何としてでもお金なり宿なり仕事なり、生きる回路を見出さないと!
「あの、すみません。どなたか知り合いの方で女中を募集してる方など、、」
「そうですねぇ、心当たりはありますが。女中は、、、もと貴族さんには大変なのでは?」
「いえ、大丈夫です。女中でなくてもどんな仕事でもします。体力には自信がありますから!」
「体力ですか?体力以外にも、下の身分になるのはきついものがありますよ?」
「散々味わいましたから、、、その辺りは耐える自信があります!お願いします。行く当てがないのです!」
勢い良くおでこを下げて思わずテーブルにぶつけるところだった。
「そうですか、まぁ体力も精神力もガッツも、私が見る限り大丈夫でしょう。」
「ではっ!」
嬉しくて顔を上げると、また爽やかな笑顔が見えた。
「もちろん寝床も食事も三食ばっちり、お給金もまぁ出ます。」
「ありがとうございます!」
がたりと立ち上がり、駆け寄って彼の手を思わず握る。よかった、これでしばらくまた生きていける!
「はい、では早速今から出かけましょう。」
手を握ったまま、笑顔をむけられて急に手を離したくなったが、そのまま外に連れられ馬に乗せられた。
近いですから、と後ろから声をかけられる。
私たちの距離が近いですよね?というより密着してますが?いや、二人で一頭の馬に乗るんだからそうだけど。
ドキドキしてるとつきましたよと声をかけられる。
思ったよりも近いなぁ。親族の屋敷かしらとおもってその邸をみると
重厚な門。その両端に剣を備え、敬礼する強面のお兄さん達。ま、まさか…
「あっ!ロイ将軍!」
とにこやかに正面のこれまた大きな扉からでてくる金髪の少年。
「あぁ、ニース。今日から入団することになったユーリだ。色々面倒をみてやってくれ。」
「わかりました。でも大丈夫ですかねぇ?」
ちらりと目をやると大きな目を見開いてこれまた呆然とする今朝のお嬢様。
「あ、あの!ここ…」
「あぁ、わが自警団ビエンテの本部です。あなたの就職先です。改めまして、ロイ・サーベルです。しっかり働いてくださいね。」
もう二度とこの人の笑顔を信じないでおこうと心に決めた日だった。そして、入団後しばらくしてますますその思いは強くなった。