仮初めの終結
扉を開けると薄暗い廊下を通って広間へ出た。テーブルの上に散らばるカード、ルーレット、コイン。照明は薄暗く、香水とお酒の匂いが入り混じって鼻につく。
「どうやら当たりですね、将軍。」
ロイ将軍にしか聞こえないよう小声で話す。周りもこそこそと何やら話をしているので特に怪しまれたりはしないだろうけど。
「えぇ、そのようですね。ですが誰が融資をしてこれを開いているかは…見つけにくいですね。」
参加者全員が仮面をつけているし、ましてやこの薄暗さの中じゃとてもじゃないが無理だろう。
「どうしましょう?」
「…そうですね。とりあえず私は応援を呼んできます。何かあってから呼んだのでは遅いので。あなたはその間に何か動きがないか様子を見ておいてください。」
「わかりました。」
「くれぐれも無理はしないように。あと極力目立たないように。」
そう言い残して将軍は来た廊下を戻って行った。
「とりあえず、情報収集よね。」
周りの人々に警戒されないようにグラスを片手に、話をする。
どうやらいつも決まってパーティー会場で声をかけられるらしいが、その人物はバラバラで人から人へと伝わるらしい。
「あら、あなた、今回が初めてかしら?」
仮面をつけた女性に質問されてそうだと答えると、
「はしゃぎ過ぎないようにね。ここへ来る常連は使い切れないほどの、余裕があるのよ。ない人は、ほら、あそこの方みたいになってしまうわ。」
そう言って女性が指差した方向を見ると一人の男が頭を抱えてカードゲームのテーブルに座っていた。
「あの方、資金を借りてまでしていらしたのに、やはり負けてしまわれたのね。」
ゲームの相手をちらりと見る。レオパードの仮面をつけた男がくすくすと笑っている。
「あのレオパードの人、強かったんですか?」
「強いも何も今夜一番勝っているんじゃないかしら?きっと前世がギャンブラーだったのね。」
ふふっと笑いながら女性が楽しそうにしている。
「こっ、こんなのっ!イカサマだ!」
突如うなだれていた男が叫び出す。
「イカサマ?何を寝ぼけたことを。」
「だって!こんなことっ!そうじゃなけりゃあり得ないだろ!」
「単に貴様に運がなかっただけだ。それはともかく…払うものは払ってもらおうか。」
「なっ!?これ以上何を払うと言うんだ!」
「…貴様、払うものがないのに私に挑んだのか?」
「こんな、イカサマに払ってられるかっ!」
男がばっとカードを投げ捨て席を立つ。
「払ってもらわないとこちらも困る。」
レオパードの男がパチンと指を鳴らすと両脇に立っていた彼の護衛たちが男を拘束した。
「ぎゃぁっ!腕がっ!」
「なんだ。まだ折れてないだろう?ただひねっているだけだ。まぁ、少しでも動けば折れるがな。」
周りが、ざわめき始めるが誰一人として干渉しようとしない。むしろ笑う人もいた。
「お嬢さん。あなたも気をつけるのよ?あら…?」
女性が話しかけた時にはもう足が動いていた。将軍には目立たないようにって言われたけど…だからと言って見過ごさずにはいられない。
「やめなさい!こんな、やり過ぎにも程があるわ!」
辺りが、一斉に静まり返る。
あ…つい、声が大きくなっちゃった…結構響くのね、ここ…
「なんです?お嬢さん。彼と知り合いですか?関係ないなら下がってください。」
「か、関係ないけど、見逃せないわ!彼を離しなさい!」
ふーっと息を吐いてレオパードの男がコツコツと足音を立てて近づいてくる。目の前に立つ男を見あげる。仮面の隙間から刺すような視線に一瞬怯むがこちらも一応自警団の端くれだ。負けずに睨み返す。
「下がれと言っただろう。聞こえなかったのか?」
静かにだが確実に怒りを帯びた冷たい声がかけられた。
「私も…見逃せないと言ったわ。」
しばらく睨み合いが続く。ふんっと鼻をならし男が手で合図すると男の拘束が解かれ、脱兎のごとく逃げた。
「…これでいいだろう。お前の願いは聞いた。次は俺だ。やつの金はお前が払え。」
「えっ。」
「やつにはゲームの賭け金以外にもいくらか貸した。ゲームであいつが負けた分はチャラにしてやる。だがそれ以外は別だ。」
「どれ位よ…。」
男がさっと紙を取り出す。
額面には到底自分の貯金とお給金を合わせても払いきれない数字があった。
「払えないようだな。だが、お前のせいでこっちは損しているわけだから、責任はとってもらう。」
「…」
ごもっとも過ぎて言葉が見つからない。
「そうだな…金が無理なら身体で払ってもらおう。」
「えっ…」
そ、そんなお約束的な…。
「なんだ。」
「お、お互いの顔もまだ知らないのに…」
「ふっ、醜女ならお前を売り払うだけだ。なに、その身体があればどうとでもなるだろう。」
「こっちもあんたが不細工じゃ困るのよ。」
「減らず口を叩く女だ。」
パチンともう一度指を鳴らすと護衛たちがスカーフをさっと取り出した。
スカーフで外部からの視線を閉ざしそっと仮面を外す。
「俺は女には困らない。」
ニヤリとこちらを見て笑う妖艶な姿。凛々しい眉に鋭く光る紅い瞳。
「そうね。さぞモテるでしょうね。」
すっと仮面を付け直して護衛が下がる。
「ところで男は知っているか?」
「は?」
「処女かと聞いている。」
「なっ!レッ、レディに向かって公衆の面前で何てこと質問すんのよ!って、きゃっ!」
慌てて後ずさりした時に裾を踏んづけて尻もちをつく。今日もう二回目じゃない。恥ずかしいし…ついてない。
「ほぅ…どうやら今日は俺の運がいいみたいだ。顔も悪くない、それに加えて処女か…お前、今すぐ俺のものになれ。」
「えっ?って…か、仮面!」
床に転がり落ちた仮面を見つけ急いで手を伸ばす。
「もう必要無いですよ。」
すっと仮面を拾い上げた人物を見上げると、獅子の仮面をつけた人がいた。
「残念ですが、あなたのものにはなりません。」
「なんだ、貴様は。こいつの知り合いか?」
「えぇ、そうです。」
「こいつのせいで俺の金が消えた。それに誰のものでもない。ならどうしようと、勝手なはずだ。」
「えぇ、でも…」
将軍の手を取って立ち上がると同時に引き寄せられ顔を固定された。
「んっ!」
柔らかいものが口に当たり、口の中に暖かい異物が入ってくる。
「っ!ふっ…あっ…んっ」
考える暇も息を継ぐ暇も与えられず、頭がぼーっとする。
「んっ…」
全身の力が吸い取られるようで立っていられない…も、もうダメ…ストンと力が抜けた所を将軍が支えゆっくりと座らせてくれた。
「何の真似だ。」
「ほら、もうつば付けちゃいましたから。先に付けた私のものです。それに…」
獅子の仮面を床に投げ捨て将軍が叫んだ。
「全員動くな!違法賭博により身柄を拘束させてもらう。抵抗するのは構わないが痛い目にあいたくなければ、大人しくしてもらう。」
将軍の掛け声とともに次々と団員達が入ってきて拘束していく。
「っち!貴様の事は、よく覚えておく。」
レオパードの仮面の男も拘束されて連れて行かれた。
静まり返ったホールの中で、将軍が手を差し伸べて声をかける。
「目立たないよう言ったはずですが?」
「…」
「ほら、私たちも行きますよ?さっさと、立ってください。」
「…立てません。」
ぐいっと引っ張る将軍を涙目になりながらも睨む。
「何を言ってるんです。さぁ。」
先ほどよりもキッと強く睨み叫ぶ。
「っ!誰のっ!ダレのせいで立てないと思ってんですか〜〜〜っ!!!」
その後将軍は、貴方とは相性が良すぎたようですねと言ってずっと笑っていたが、こっちは人に断りもなくあんなことするなんて〜!と恥ずかしさと悔しさと怒りでいっぱいだった。




