仮初めのご令嬢
馬車を降りるときらびやかな衣装に身を包まれた紳士淑女の姿がちらほらと見える。
「さぁ、サリア嬢、行きましょうか。」
手を取り腕をすっと組む。隣にはにっこりと優しい目でこちらを見るロイ将軍。
白い大理石でできた階段をゆっくりと登り、受け付けで招待状を見せる。
黒スーツに身をまとった男性がこちらをじっと見つめるので、怪しまれてるのではないかと内心ヒヤヒヤする。
「宜しければ、お召し物をお預かりいたしますが、いかがいたしましょうか。」
「えぇ、そうね。お願いしても構わないかしら?」
良かった…ばれたわけじゃないのね。そう思い、ドレスの上に羽織っていたケープを預けた。すると、まだ未だ男性がこちらをじっと見つめるので、ロイ将軍が咳払いを軽くした。
「サリア嬢、こちらへ。」
中央ホールへと向かう途中、ロイ将軍が軽くため息をついたり独り言をブツブツと呟いていたが、任務をこなさなければと緊張していたので気づかなかった。
廊下の先に広がったのは吹き抜けの白い天井。その中央に輝く大きなシャンデリアには小さな色とりどりの宝石が散りばめられていた。軽やかなワルツが演奏されペアになって踊る紳士淑女、シャンパンやワインを片手に談笑しあう女性陣、料理をゆっくりと嗜む人々。
「たくさん居ますね。」
「えぇ、そうですね。でもまぁ、我々のターゲットは三分の一以下ですけどね。」
「そうですね…」
こんな大人数の中から資料にあった人々を見つけていくのか…骨が折れそう。しかもその中のどれくらいの人が賭場の事を教えてくれるのか…不安そうな顔に気づいたのかロイ将軍が優しく手を取り微笑む。
「大丈夫ですよ。あなたはここの料理をゆっくりと楽しんでいてください。私が、サクッと情報を仕入れてきますから、安心して下さい。」
そんな、サクッとって…
「大丈夫です。あなたも知っての通り尋問は得意なので。」
チュッと軽い口づけを手に落とし、ロイ将軍は人ごみの中へと消えてしまった。
…置いてけぼり。とりあえず、将軍の言うとおりご飯でも食べよ…。
テーブルに並ぶ料理を左から順に少量ずつ取り、ホールの隅の方にあるテーブルに座る。頂きます、と一口頬張るとなんともいえない幸福感が全身に行き渡る。あぁ、やっぱり想像以上に美味しい。これは、全種類制覇したい…したいけど、さすがにそれはサリア嬢らしくないかも…?んー、でもサリア嬢って変わってるって設定だから…んー、どうしようと自問自答していると声をかけられた。
「お一人ですか?」
「いえ、連れを待っております。」
「そうですか、ではその方が来るまでお話をしても?」
この会話を一体何回繰り返すのだろう…最初の人がしつこくて、あ、連れが戻ったようです。と言って逃げては別のテーブルで食べて、また別の人が代わり番こでやってきて…もう何皿目よ。まぁ、おかげで全種類制覇できたからいいけど…。何人かリストにいた人物だったので賭場について探りを入れて見たけど外れだったし…。はぁ、デザートの前に少し休憩がてら夜風に当たろう…そう思って庭の方へ向かった。
サーっと音を立て流れ続ける噴水、綺麗に剪定されたバラ。少し薄暗くてドレスを引っ掛けそうだけど、小さな灯りが足元に星のように散らばっている。
「綺麗…」
静かだし、落ち着くな、と思って夜風に当たっているとくすくすと笑い声が聞こえてきた。
「クスッ、こんな所で…いけませんわ。」
声の方を見るとちょうどホールからは死角になる木陰に男女がいるようだった。
まぁ、こういうこともパーティーには付き物よね。そう思って立ち去ろうとすると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「何がですか?」
「素敵なご令嬢と一緒でしたのに。悪い方。」
「えぇ、でも、こちらも大事ですから。」
「もぅっ…仕方のない人ね。」
………。
間違いなく…うちの上司ですよね…。
…なんか、やだ。
任務だから?例え…任務だとしても…
さっと踵を返してホールへ戻る。
やだ。やだ。やだ。やだ!
〜〜〜〜〜っ!
人混みの中を早歩きで駆け抜ける。どこか、あの人のいないところに…。
ドンッ!
「きゃっ!」
「オッと、」
余りに勢い良くぶつかった反動で座り込んでしまった。
見上げると猫の様な仮面をつけた男が、黙ってこちらをじっと向いていた。
「あの、す、すみま…せん。」
慌てて頭を下げた瞬間、ポロリと涙が床に落ちた。それを機にポロポロと次々に床に落ちていった。男の周囲にいた人々がよってきてざわつき出したが、仮面の男はただ一言静かに
「失礼」
と言って私に手を伸ばした。次の瞬間、フワッと体が宙に浮いた。
「あ、あの!お、下ろしてください。」
スタスタとまるで私の体重がないかのように歩いてメインホールを後にする。
こ、これってお姫様だっこだよね…は、恥ずかしい…。しかも見ず知らずの猫男に…。声から察するとおっさんじゃないんだろうけど…いや、そんなことより今入ってきた扉って関係者以外立ち入り禁止じゃ…
スタスタと歩き続ける猫男が扉を開けて一つの部屋へ入った。ゆったりとした部屋には天蓋のついたベッド、丸い紙に包まれたランプ、変わった観葉植物。なんだか異国のような雰囲気の部屋。その中でも目を引く金のビーズで刺繍された真紅のソファにゆっくり降ろされた。
座った私の前で膝をつき、また失礼と言って靴を脱がせドレスの裾を持ち上げる。
「えっ?!ちょっと!」
驚いた私に反して彼は
「良かった、怪我はしていないようですね。」
と言った。その声はとても優しく頭にひびいた
「え?」
「突然泣き出すので…どこか、痛いのではないかと。」
「あ…」
そっか、普通そう思うか…黙っていると仮面の男が続けた。
「どうかしましたか?やはりどこか具合でも?」
「い、いえ…大丈夫です。すみません…その、ご迷惑をおかけして…。」
「…迷惑など。むしろ感謝しています。」
「え?」
「どうでもいい会話を繰り返すのに疲れていた所だったので…抜け出すいい機会になりました。」
「そう、ですか。」
仮面のせいで表情がよくわからない。VIPには間違いないんだと、思うけど…誰かしら。あのリストに載ってるかな…
「お連れの男性はどうしました?」
「えっ?」
「来て早々、別行動をしていらしたようですが。」
な、なに?この人…私達のこと…見ていた?
「あ、あの…どうして?」
「目立ちましたから。」
男は床に足をつけたままこちらを向いて話続ける。
「こんなに美しいレディを置いていくなど…私には到底無理です。」
「あ、ありがとうございます…」
は、恥ずかしい。いや、猫の仮面だけど…だけどこうストレートに言われると…恥ずかしい。
「このドレスも、彼を魅了する為に選んだのでしょう?」
すっと手を伸ばして、ドレスの上から太ももを撫でられる。
「っ!」
これ以上ここにいたら危険な気がする!というか任務!そう思ってばっと立ち上がり猫男に向かって言う。
「あのっ!お世話になりました!あと、ぶつかってしまってごめんなさいっ!」
さっと一礼して駆け足で、部屋を後にする。
ホールに戻ると、将軍が駆け寄って来た。
「どこへ行ってたんですか、全く…」
軽いため息を吐く将軍に自分こそ何処でナニしてたのよ…という言葉を飲み込んで質問する。
「すみません。将軍、なにか分かりましたか?」
「当たり前でしょう。この後、私たちも賭博会場に参加しますよ。」
「はい。」
「ところで…目が少し赤いですね。どうしました?」
「…。化粧品がどうも合わないみたいで。さっき化粧室で大分直したんですが、酷いですか?」
「いえ、大丈夫ですよ。さぁ、口直しにデザートでも頂きましょう。」
将軍は何処と無く安堵した様子で答えたが、口直しという言葉が気になって気づかなかった。
美味しいはずのデザートは、美味しかったけどどこかぼんやりとしか味が感じれず、会場から少し離れた所にある賭博会場へ向かった。
小道に入った所にある無機質な扉を前に、ロイ将軍が仮面を手渡した。
「これを。」
あ、…ネコ。
白地にに金と水色の小さなガラスが散りばめられた仮面をつける。目元が隠されて誰だかわからないようにする決まりがあるようだ。
「将軍は、獅子ですか。」
「えぇ、ちゃんと覚えておいてくださいね?中は暗く余計に判別しにくいので。では行きますよ。」
ちょっとグダグダになってしまいましたorz




