Target:Elisa, Ren and Rina./episode94
12月9日火曜日。朝、起きると当然のようにエリザが寝ていた。そして、エリザを起こし、リビングに降りてまず始めに驚いたのは、朝から豪華なメニューがテーブルの上に陳列されていたことだった。
「えっ……」
思わず僕はそう口に出してしまった。全てが美味そうで、全て食べたくなるような、そういうメニューばかりだ。
丁度エプロン姿……というわけではなかったが、もう制服に着替えていた恋がいたので、一応聞いてみた。
「やけに今日は豪華だな」
「いやあ、奮発……。あ、正直言うとですね……」
「どうした?」
「いや、なっ、何も……」
「何か隠してるだろ、お前」
「かっ、隠してなんかないし……」
「嘘つけ」
「わっ、悪かったなあっ!?」
「ああ、実に悪かったな」
「まあその、あれだよ。会長さんが今……」
「来てんのか」
「お、おう。……で、何か今シャワーを……」
「うは、オーケー、把握」
「『w』は要らねえのかよ! って、まさかお前……っ!」
「行ってきまーす」
「おいこら、流石にそれはダメだ……」
恋が僕の手を掴もうと走ってくるものの、僕はその走りを見事にかまし、掴まれそうになった手を一度前の方に持って行き、そしてドアに手をかけ、恋の脅威から逃れることに成功した。
『お前後で殺されるぞ!』
「なんでだよ」
『なんでもだ! だからやめとけっつの!』
「そんな、会長が僕のことを殺しにかかってくるわけねえだろ。あの会長が、だぞ?」
『それでもだよっ!』
「全く、お前は一体何が言いたいんだか」
戸の向こうから聞こえてくる恋の声に、少々苛立ちを覚えながらも、僕は少しの間恋の言い分を聞いていた。だが、会長が何故怒り、何故僕を殺しにかかるくらいの感情を持つことをするのか、それを考えられなかった僕は、そのまま強行突破を決断し、風呂場のドアを開けた。
「会長、来るなら来るってメールで言ってくださいよ、もう」
「凛君は結局来るんだな……」
「え?」
「幼馴染から止められても、私のところに来るんだな。……まあいい。その度胸、心に感じた。……あと、朝からシャワー使っていて悪かったな」
「いや、別に構いませんよ。ああ、どうせ恋が風呂場は掃除してくれているので……」
「凛君って意外と恋に頼ってるんだな」
「頼っている、というより、任せているって方が有ってるかもしれないですね。まあ、あいつは小さい頃に親亡くしたので、それだけ親から教えてもらうはずのことでさえ、ただただ教えてもらえばいい事でさえ、あいつは人に聞かなくちゃできないので、掃除とかは僕の姉ちゃんが叩き込んだんですよ。で、結果的に……」
「超家事的な女の子になったわけか」
「そうですね」
「……ところで、だ」
「どうしたんですか、会長?」
「……突然かもしれないんだが、今日一日居候することになった」
マドレーヌみたいなことをする気なのか、このお嬢様会長は。
「まあ、居候位いいですよ。夜は、何処で寝るきなのかによりますけどね」
「当然凛君の部屋だ」
「却下します」
「前に一緒に……」
「前は僕以外に男が居たけど、今回は男がいない……」
「――『男』がいればいいんだな?」
……これ、まさか会長の変なスイッチを入れた感じじゃないだろうな?
「そりゃ、異性が同性より多い時は話しづらいですからね」
「……分かったよ。着替える。ちょっと待ってろ」
会長はそういった後、すぐに風呂場を出て、タオルも巻かずに脱衣所へと戻ってきた。
「か、会長、タオルくらい着けてくださいよっ!」
「誰だよ、人にこういう真似させてるのは」
「……わ、悪かったですね」
「ああ、実に悪いぞ」
恋に言ったな、それさっき。
僕は会長の方を見ないように反対の方向を向き、心を落ち着かせ、素数を心のなかで声に出さずに数えだした。1、3、5、7、11、13……。
「よし、これで大丈夫だろ」
「えっ……」
振り返り、会長の方を向くと、以前見た執事姿の会長の姿より、遥かに格好良くなっている会長が居た。……格好良いじゃん、この子。なんなの、マジ。
「……そんな制服よく持ち込みましたね」
「……もっ、持ち込んだ訳じゃないんだ」
「え?」
「その……」
続けようとした時、一旦間を入れてから会長は、僕の耳元でささやくようにして伝えてきた。
「――悪魔になった」
僕は、驚きを隠すことが出来ずに、「えっ」とか、「マジかよ」とか、そういうことしか言い返せなかった。
そして、少し落ち着かせた後、僕は会長に聞いてみた。
「……会長。結局、悪魔ってことは誰かのモノなんですよね?」
「……まあ、な」
「その所有者は誰ですか?」
「本来なら同性の主人が良かったんだが……キミだ」
「えっ」
「御主人様は、その、凛君だ……。ほ、ほら、いいぞ。首輪もその、用意しておいたからその、ご自由にというわけじゃないんだけど……」
「いやいや、何ですか『ご自由に』って。というかまず、会長が仮に僕の悪魔だったとしても、僕は首輪なんか着けてあげませんよ。公然の前で付けるなんて、着けた奴と一緒に歩くなんて、僕は嫌だからな」
きっぱりと僕はそう告げた。
「じゃあ、首輪は無しですか」
「まず会長は犬じゃないし」
「見下したりしないんだね……」
「そりゃあ、元々年齢は会長のほうが低くても、会長は憧れるような所多いですし」
「例えば?」
「その巨額のマネーとか」
「それは無理だ。お前には絶対に無理だ」
「稼げないかもしれませんが、もう一つ裏の方法があるじゃないですか」
「何?」
「結婚ですよ。……まあ、金のために結婚なんてしませんが」
僕はそう付け足しておいて、足音を立てつつ、会長の側に向かい、肩を叩いた。
「その『悪魔』という状態をとくために、必要なことは一体なんですか?」
「き、キスとか……」
「えっ」
「とと、とにかくその、私の口から言うのもアレだけど、く、口説けっ!」
「え」
「ウソでもいいから、口説け!」
「今ですか?」
「今でしょ!」
「ふる」
「ひっでえ」
まあ、もう流行語なんて発表されてるし、1年前の流行語なんて寒いわな。
「……口説くことはちょっと無理です。なので、キスでいいですか?」
「キス、か」
「魚じゃないですよね?」
「そりゃそうだろ!」
「……じゃあ、放課後待っててください」
「でも、仕事……」
「終えてからでも十分時間有るだろ。まあ、会長が言っていたように二度目のデートになるんでしょうけどね、それは」
「一回目は無計画すぎたけどね」
「そりゃあ、会長が突然……」
「突然じゃないと思うけど」
「はあ……。まあその、僕の悪魔である会長は、僕の魔法陣の中に……」
「そそ、そうは行かないんだっ!」
「え?」
僕が首を傾げると、会長は俯いて語ってくれた。
「今、ボクは人間であって、悪魔なんだ。だから、魔法陣の中に入ろうとしても、入ることが出来ない。だから、それは無理なんだ。いつもより多くの魔力がいま出てるから、結構ボクの身体は火照ってるんだぞ……」
「そ、そうですか」
「確か38℃くらい……」
「休んでくださいよっ!」
「だ、だけど仕事……」
「そんなの僕がしますから! ……ていうか、そんな体温ならデートは延期ですよ、会長。……はあ、とにかくその格好でもいいので、僕の部屋で寝ていてください。今日は僕、3限で早退してきますので」
「バカ! 人の心配なんかすんな!」
「会長は休んでてください。……万が一、学校で倒れられたらどうしろっていうんですか。それに、トイレの中で倒れたりでもしたら……」
「とっ、友だちがいないからってそういう事言うな、バカ」
「……分かりました。じゃあ、ニュクスに作らせます」
「そ、それならボクだって魔力使って……」
「疲れてるのにムリしないでください」
僕は抵抗する会長をしっかりと抱え込み、そのまま脱衣所を出て、僕の部屋に連れて行ってベッドに寝かせておいた。そしてニュクスを召喚し、昼飯に『おかゆ』と定休して欲しいことなどを伝え、僕はそのままリビングに戻った。
「会長が風邪引いてるから、お前らも気をつけろ」
「うっ、うん……」
驚いて反応を見せた恋がそう言っていたが、恐らく僕も突然言われたらそういう顔と言葉を発しただろう。




