Target:Shu and Ren./episode77
高校に向かっている途中、愁が突然、僕の耳にこそこそと周りに聞こえないようにこう言った。
「……エリザ親衛隊?」
その言葉を愁から聞いた時、僕はもう一度愁に聞き返した。
「ああ。エリザ親衛隊だ。なんでも、『ESS』なんていう風に略語も有るらしい」
「……なんだそれ」
「まあしかし、エリザはあれだよな。怒ることはないし、めちゃくちゃ豊乳だし。……それこそお前、もう搾乳したんだろ?」
「さっ、搾乳っ!?」
驚いた僕は、コソコソして話していた話を大きな声にして話してしまった。
「声がでかいぞ、凛」
「わ、悪い。しかしなんで僕がそんな……」
「していないならしていないでいいんだけどさ、お前エリザに凄い近いじゃん?」
「それは愁も一緒だろ?」
「お前、『エリザと凛が一緒に寝てる件』とかいう議題がESSで浮上しているの知らないだろ……。お前、ESSから『要注意人物』としてかなり見られてるんだぞ?」
「ぼ、僕が要注意って、何もそんな……」
「そりゃあ、恋とお前はさ、『幼馴染』とか『腐れ縁』とか言えば大丈夫な関係だろ。……でもさ、お前は『エリザとは一つ屋根の下、同じ部屋で寝てる』んだぞ?」
「まあ確かにそうだけど、ある意味これはホームステイというか……」
「ホームステイ……か。まあ、それならそうと、ちゃんとESSに言わないと、後々無いッフで脅されたりとか、散々な目に遭うかもよ?」
「……それは嫌だわ」
「だろ? ……まあ、これから一切エリザと一緒に居ないって潔く言えたとしても、結局はエリザが悲しむだけだ。ギャルゲーマーとして、一言アドバイスしてあげられるとしたら、お前はまず、エリザと居るときは周囲の目線をよく捉えろ」
「お、おう。……でもまあ、正直な所、僕が自分からエリザから離れたら、やっぱり悲しむよな、エリザ。ある意味『シカト』だもんな」
「確かにな。……いっそ、お前とエリザが付き合ってるカップルみたいに、周りに見てもらえればいいんじゃないかな? それなら万事解決だ」
「……エリザルート、か」
「悪いことはないだろ。豊乳の女の子は神だ」
「……男の夢、とか言うのか?」
「な、何故分かった」
「お前の考えてることくらい分かるだろ。12年来の仲なら」
「まあな。……そういえば」
「ん?」
「もうすぐお前の誕生日だな。お前、何欲しい?」
「……また恋にエロゲ買いに行かせるかな」
「女の幼馴染にそうやって指図してるってことは、あんなことやこんなこともしてるんだよな? ……なんでお前ばっかりそうやって幼馴染を食べて!」
「いや、お前オタトモいるだろ」
「ああ、あの子か。彼女にした」
「……えっ?」
「だから、彼女にした」
「――嘘だろ?」
「本当さ」
「ちょっとそこでショタっぽく言うのやめて。声変わり終わってるお前がそんなショタ声に挑戦しようとしてるの見ると、可哀想になってくる」
「ひでえ」
「……悪いな。だが、それが社会の常識なんだ」
「嘘つけ」
「本当さ」
「……お前、ショタ声上手いな」
「だから女っぽいって言われるんだよな」
「安心しろ」
「ちょっ、やめっ……ひゃあっ!」
まだ朝8時前だぞ!? おい愁、何をしている!
「こら、コチョコチョすん……ひゃあっ!」
「お前、顔は女っぽいけど声はちゃんと男だと思っていたんだが、実際違うんだな。こうやってこちょこちょすると、一気に声変わるもんなんだな」
「やめろ変態」
「それはお前だろ。……男同士、じゃれあって何が悪い」
「ホモって思われるだろ! 僕はホモじゃないよ!」
「俺だってホモじゃねえよ」
「嘘つけ、さっきの発言はそういう風に聞こえたわ!」
「まあでも、さっきの声は可愛かったかなあ、って」
「うっせえ」
「冗談冗談。……早く行かないとな」
「散々な目に遭った僕に向かって、何故お前は笑顔で接する?」
「お前をイジメるのが楽しいからだ」
「やめろ変態エロゲーマー。お前は恋に虐められてろ」
「……恋ってお前の彼女じゃないの?」
「なんで?」
「だってお前、今日の朝恋と一緒にご飯作ってたじゃん」
「そうだけどさ……」
「どうせ一緒の弁当なんだろ? ……何故幼馴染の間でこんな格差が」
「それはお前の好感度の影響だろ」
「き、キモいからか!?」
「……キモくない、とは一概にいえない。お前でも彼女が居るんだから」
「そ、そういうところでは俺のほうがお前より一枚上手だな」
「何か、『ハーレム』とか言われてるけどな、僕の場合は」
ハーレム。僕はあんまり好きじゃない。一人の女を生涯愛し続けるっていう、そういう覚悟がない以上は彼女になんてしたくない。それが僕の志だ。それは、昔から貫いてきたことで、今となっては笑われるかもしれないが、それでも僕はその意思を貫く。
「うっわ、早く行こうぜ。あと25分だ」
「姉ちゃんの大学みたいに、朝10時登校にすればいいのにな」
「だとしても、文化祭近いから登校時間は今と大差ないだろ」
「そうかもな」
走りながら、互いにそう言い合ってバスに乗り込んだ。
***
昼12時30分。昼休みの訪れだ。今朝は結構早く起きたから、適当にコーヒーを購入して生徒会室に向かった。流石にもう、屋上に上がって食べるなんて言うのは考えたくない。寒いからな。太陽があたっているから少しは温かいかもしれないが、いちいちセーターだの、冬の着こなしで上に上がるくらいだったら、生徒会室で大人しくしている方がいいだろ。暖房効いているし。
そんなことを考えながら、僕は生徒会室のドアを開けた。
「恋、それに会長も……。恋はなんでここに?」
「居て悪いか。……か、会長に誘われたの!」
「へえ。……って、恋。お前、制服汚れてるぞ」
「えっ!?」
恋の制服にホコリのようなものがついていた。……思えば、生徒会室の掃除なんて最近やっていないしなあ、文化祭が忙しすぎて。やっぱり机とかにも埃がたまってたのかな? なにせ、僕も会長も机で手を伸ばすなんてことは最近していなかったし。たまに書類置こうとした時でも、直に置くことはなく、入っていた封筒やらを下に敷いて工夫してしていた。
「お前、手伸ばしてくつろごうとしただろ」
「そ、そうだけどなんで……」
「最近掃除してなかったし、仕方ないんだよなあ。……で、お前今日ハンカチとか忘れたのか?」
「……」
「忘れたんだな。じゃあほら、僕のハンカチ貸すから」
「……が……て」
「ん?」
「凛が、拭いて……」
ちらりと周りを見渡す。先ほどまで居た会長の姿は無かった。逃げ出そうとしても、僕の目には生徒会室のドアが閉められているのが確認できた。恐らく、会長の仕業だろう。鍵を閉めて飲料でも買いに行ったのか? ……いや、会長の弁当箱など無い。つまり、それが何を示すのかといえば、会長は……生徒会室に戻ってこない、教室に向かった、その2つのことが考えられる。
つまり、今ここは実質『密室空間』ということになる。
「ぼ、僕が拭くって言ってもお前……」
「だ、大丈夫だよ。……い、いつもはその、色々とキツイこと言ってるけど、別に幼馴染同士なんだし、それくらいいいよね! ……は、はよ拭け!」
「お、お前が拭け!」
「いや、流石に……」
「だ、大丈夫だって言ってんだろ! ……そ、その、いっつもきつく当たってるから、少しは凛も男だし、そういうことも味わってもらえればいいかなあ、って思っただけで……」
「……恋。学校だぞ、ここは」
「だっ、だから何さ!?」
「……流石に学校でするっていうのは……」
「す、するって……へ、変な事考えてる?」
「かか、考えてねえし!」
考えてるのはお前のほうだろ、恋。……しっかし、いいのか? 恋はハンカチを持っていない、恐らくティッシュも持っていない。そう考えれば、やっていい……のか? いくら『幼馴染』同士とはいえ、目の前に居るのは暴力をいっつも振るってくる女、恋だ。まあそれが『ツンデレ』の『ツン』の部分だと捉えて僕は今まで生活してきたが、今日、ここで恋が見せている姿は『デレ』なのか? ……ツンデレの中の『デレ』なのか?
「……本当に、良いのか?」
「……私はもう覚悟を決めてるから」
「でもどうせ、サラシ入れてるんだろ」
「そりゃあ柔道してますから。……い、一応大変なんだよ?」
「でもなあ。何かノーブラじゃないと、ちょっと……いっ、今のは……」
「そそそ、そっか。そうだよね。……ちょ、ちょっと待っててね」
脱ぎだす恋。……本当にこいつがいつもの恋かと思って、疑ってしまうほどに、今の恋はおかしい。ああ、何処かおかしい。
「待て待て!」
「で、でもいっつもきつく……」
「ああ、もうそれ以上謝らなくていいから! ……まあ確かにその、制服の下にすぐ生のパイオツっていうのはさ、興奮するよ? 男だから」
「じゃあ……」
「だ、だけどな、だからって僕はお前に自分から脱いでほしく無い」
「……それは、私を特別視しているのかな?」
特別視、か。どうなんだろうか。でも、確かに特別視しているような所はあるかも知れない。何しろ、恋は『幼馴染』といっても、エリザより付き合いは長いし、僕が記憶をなくしたことも知っている。愁と梨人も知っているには知っているのだろうけれど、『女の幼馴染』に限定した時、僕が記憶をなくした原因を知っているのは恋だけだ。そういう面で、特別視できる。
「ああ、特別視できる」
「そそ、そっか……えへへ……」
恋は顔を紅潮させ、そのまま下を向いた。ある意味、これはチャンスだと思った僕は、『やるしかない』との一心で、ハンカチを手に取り、ホコリのついていたところを拭いた。拭き終わると、僕はボタンをしてあげた。流石に恋はそんな服の前を開けている女じゃない。だから、そうした。
「……あ、ありがと」
「別に何でもねえよ。……さてと、昼ごはん食べるか」
これ以上コーヒーを手の熱で温まらせるのもどうかと思った僕は、副会長が座る席に座り、恋の作った弁当を取り出した。風呂敷に包まれているわけでもなく、弁当箱を包んでいるのは普通の布の弁当包みだ。
「……美味しい?」
恋は、いつもは英洙が座っている席に座り、僕の近くに擦り寄ってきた。上目遣いで聞かれると、僕はやっぱり『不味い』なんて言えなかった。……いや、普通に美味しいから、不味いなんていう言葉は論外なんだけどさ。ツンデレのツンのほうに当たる感じなんだけどさ。
「……お、美味しいぞ」
「そっか」
恋はそう言うと、今度は自分の弁当を食べた。
「……あのさ」
「ん?」
「……サラシ取ったほうがいいのかな?」
「男に聞く内容じゃないだろそれ」
「ち、違うんだよっ! ……わ、私は両親が居ないから、葉紅さんにお世話になってきた。ブ、ブラだって買うの躊躇ったから私は葉紅さんのを……」
「柔道の件も重なれば、買わないのは当然、と?」
「うん。……で、エリザちゃんに私がその、Dカップであることを打ち明けたら、色々と知れ渡って……」
「僕にも言ってたけどな」
「迂闊だったよ。……そ、それでさ」
「ん?」
「り、凛は胸の大きい女の方が好きなんでしょ?」
「そりゃあ、胸のない女の子より胸の有る方が好みだけど、結局『好き』って感情がでたら、胸の大きさなんて気にする必要はないと思うけどな」
「何その貧乳側が言うような開き直った感じのやつ」
「一応、僕もお前に比べたら貧乳だろ。無乳か?」
「……女じゃねえだろ」
「まあな」
「……そ、それで、サラシ取るべきかな?」
「柔道の時は邪魔だから着けてるんだろ?」
「うん」
「僕が前に女になった時、胸のところに結構重みが出来るんだなって思ったんだけど、毎日それを味わっている訳?」
「うん。……言っておくけど、シリコンじゃないからね?」
「それならエリザがバラすだろ」
「そ、そっか」
「ああ。……だが、ここでサラシを外すとか、そういうのはダメだぞ」
「わかってるよそれくらい!」
「さっき脱ごうとしたくせに」
「わ、悪いな! あれは気の迷いだ!」
「……そう解釈しますよ、ええ」
「な、なんだそれ」
「ただまあ、僕はお前が巨乳なんていったところで、制服の胸の部分が出っ張ってる恋を見たこと無いしな。……やってみたら?」
「どうせもう柔道無いし」
「そういえば最近お前行ってないよな、柔道」
「いや、行ってるんだよ? たださ、もう高3だし、それなりの実力あるけど、やっぱり力が強い女って、清楚な子よりモテないというか……」
モテないって言っても、恋は十分だと思うけどな僕は。力が強くて、家事もできて、確かに心の面ではすぐキレたりすることもあるけど、基本的には優しいし、話をちゃんと聞いてくれるし。
「お前はその『力強さ』をなくせ。そうすればイケるだろ。それに、清楚で黒髪を目指すくらいなら、いっその事ギャルスタイルになるのも一手じゃないのか? そうすれば男は寄ってくるぞ」
「……ギャルだけはないわ」
「そうか。じゃあ、そのスタイルを活かしてみればいいんじゃねえの? てかさ、お前毎年スタイル面ではミスコンで上位じゃん。お前が悪いのはその『力強さ』だろ。一部のマゾヒストボーイからは『ストライク』かもしれんが、サディストボーイからは『ボール』だろ」
「つまり、私は捕まえられもしない女ということか。例えが上手いな」
「それはお世辞をどうも。……ただ、一部の男から人気があるのは事実じゃん。じゃなきゃ、毎年のようにミスコンになんて出れねえよ」
「……じゃあ、凛。一つ聞くよ?」
「なんだよ」
僕がそう言うと、恋は僕の顔を自分の右手を使って自分の顔の方に動かし、もう一方の手を僕の肩に置き、そして上目遣いで聞いてきた。
「――凛から見て、私は可愛いかな?」
答えは一択しか無いだろ。常識的に考えて。




