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Future  作者: 浅咲夏茶
5th Chapter;Unpleasant memories of heroines.
57/127

Target:Ren and Elisa +α IV./episode56

「ご飯できたよ」

 姉ちゃんの声が聞こえた。僕と愁は返答を返さなかった。いつもなら返すのだが、ゲーム(特にエロゲ)に集中するということは、イコールでヘッドホンを付けているわけで、大きくボリュームを上げてしまっていれば、それはもう本当に聞こえないものだ。それこそ耳を覆い隠すような形なので、それも相まって、更に聞こえなくなっているのだ。

 会長はというと、こちらはエロゲを少しプレイして飽き、それから僕の部屋に転がっている……いや、置かれているラノベを読んでいた。

「返答をしなさ……」

 姉ちゃんがドアを開けてきた。結構強引である。ノック程度してもらわないと。そりゃあ、男だからって誤魔化されるかもしれないけど、こっちだってエロゲをプレイしているんだ。ノックくらいしてくれ。……いっそ、鍵でも掛けておこうかな?

「あ、貴方は……」

 姉ちゃんは、僕が自分の部屋にエリザ、恋以外の女を連れ込んだ事に相当動揺していた。前に一回ばかしあったとはいえ、それっきりの関係だ。だから、姉ちゃんからしてみれば、本当に驚きだったに違いない。

「わ、私は『西條里奈』と言います……」

「西條……まさか、あの大財閥の!?」

 会長から色々と口止めを受けているので僕は口を開こうとはしなかった。姉ちゃんに聞かれようとも、一切口を開かない、そう決心した。

 が、会長はそんな僕の思いなど裏腹に、『僕にだけ』のはずの秘密を姉ちゃんにも伝えた。

「は、はい。……一応令嬢です」

「しっかしまあ、可愛いよねえ」

「そ、そんなお世辞なんていりませんよ……」

「お世辞じゃないって。……凛から変なことされてない?」

「そ、それは……」

 会長、戸惑うんじゃない。後々僕が問いただされて死ぬ羽目になるじゃないか! ……会長、即決してくれ。早く何か、紛らわしでもいいから言ってくれ!

 ――が、その僕の心中の思いは届くことは無かった。

「ほ、本番を一回だけ……」

「夜の方?」

「……お、お恥ずかしながら」

 会長の頬が染まっていく。……会長、貴方って人は僕を陥れたいのか。デートとか、それこそ本番とか、隠し事みたいにしてることはいっぱいあるのに、一番やばいところからぶっちゃけていいんですか。

「――その、責任とかは」

「それについてはちゃんともう、凛君にも話してあります」

「さ、産婦人科とか紹介してあげようか?」

「だ、だからその……」

「ん?」

「最後は上の方で出してもらったので、その……だ、大丈夫です」

 また顔を真っ赤に染めてやがる。……本当、会長っていっつもあんなにテンションが高いわけでもなく、決して低いわけでもなく、話しやすそうにしてくれているが、時々過去の自分の『静かな女だった』というのが戻って、凄い照れたりするんだな。……いや、会長は『恋愛話』は大好物と言っていたが、こういった『エロトーク』とかは苦手って言ってたし、それも関係してるのかもしれない。

「そっか。そういう所はしっかりしてるんだな、あのエロゲーマーも」

「が、学校ではめちゃくちゃいい人なんですけどね……」

「彼奴を育てた甲斐があったな。……産んだのは私じゃなくて母親だけどね」

「えと、今更なんですけど、なんて呼べば……」

「凛は『姉ちゃん』って呼んでるけどね。『葉紅はく』って名前だから、『葉紅姉』とかさ、色々と呼び名はあると思うよ?」

「じゃあ、『葉紅さん』でいいですかね?」

「構わないが、別に敬語とかは使わなくていいよ? タメ口でいいんだぞ?」

「……タメ口、あんまり得意じゃないんですよね」

 そうだった。会長は本当に親密な人との間じゃないと『ボク』となんて言わない。『ボク』と言っているときは、殆どの確率、いや必ずと言っていいほど、『タメ口』で接している。だからそういう事から考えた場合、まだまだ会長は僕の姉ちゃんの事を『親密な人』とは考えられないんだと思う。

「そっか。……まあ、飯だ。降りてこい」

「葉紅さんってお料理上手いんですか?」

「……小さい頃から『姉』として凛と美来の面倒を見てきたからなあ。それに、母親の家事とかもよく手伝ったおかげで、家庭科だけは中学と高校全部5だった」

「中学と高校って事は、葉紅さんって大学生……ですか?」

「そうだよ。大学生。ゲームとか作ってるんだけど、結構大変なんだよね」

「なぜ料理とか、そういう分野へ進まなかったんですか?」

「正直、凛も手料理が上手いもんで、私が作る飯より凛の作る飯の方が上手いことに気づいてな。結局『新しいことをしたい』って思って、ゲームの分野へ進んだ。……一応私の名前には『紅』って入ってるから、何事にも情熱を持ってるんだよね。ついでに誇りも」

「……『ついでに』って言うのは、若干間違いかと」

「まあ、編集で修正してくれ」

「あ、は、はい」

「それじゃ飯だ。さあ、リビングへ降りてこい」

 愁の付けていたヘッドホンを強引に取ると、愁は当然怒った。……が、流石は姉ちゃん。僕含め、幼馴染みんなの扱い方を知っている。姉ちゃんは、一切喧嘩なんか起こさない人間なので、歯向かうことも昔は多かったが、今じゃ歯向かう幼馴染なんて一人もいない。美来に関しても歯向かうことは少ないが、偶に歯向かうことはある。でも、姉ちゃんを怒らせたりでもすると大変なことになるのを知っているので、怒らせない程度に自分の意見をみんな言っている。

 これはまあ、昔姉ちゃんが僕ら(僕と愁と梨人)が人の物を盗んで、それを遊びにしてて、ある日それを家まで持ってきて、姉ちゃんに怒られたのだ。『お父さんとお母さんには内緒にしておくから、今すぐ謝ってこい』と。

 ただ、その頃は姉ちゃんの本当の強さなんて分かってなかった。けど、その日僕と愁、梨人の三人は相当な傷を負った。だから、あれ以来姉ちゃんは喧嘩すること自体を恐れている。当然、人と闘うなんて以ての外。それなのに、ゲーム系のサークルに入ったのは結構意外なことなのである。


 ***


 夕飯をとっくに食べ終わった夜8時30分。エリザから電話が来た。

『だ、ダーリン?』

「どうした?」

『今、家の玄関前にいるんだけどさ、正直この格好で入りたくないんだ』

「な、何が有った?」

『路地裏で……レイプされた』

「本当、なのか?」

『本当に本当。……だからさ、ちょっとダーリン迎えに来てくれないかな?』

「この距離は『迎えに』とかいう距離じゃないと思うけど」

『そ、そんなのどうでもいいから。……迎えに来て』

「はいはい」

 少々ため息混じりにそう言うと、僕は電話を切って迎えに行った。


 迎えに行くと、そこには顔にはガムテープの痕と何かで叩かれたような痕があった。叩かれたような痕は顔だけじゃなくて手や足にもあった。さらに、履いていた黒いニーソックスは一部だけ切られており、こんな冬に寒そうだった。

「お前……これで帰ってきたのか?」

「そうだよ。……寒いから、ちょっとくっついていい?」

「はいよ」

 手を横に開き、受け入れる体勢になる。寒いわな、そりゃ。もう11月も最終の1週間へ突入したわけだ。冬至まで1ヶ月を切った。寒いのは普通だ。そんな中で、身体をめちゃくちゃにされたのだから、それはもう嫌だっただろうし、悲しみに暮れるしか無かっただろう。

「……ごめんな、助けに行く事とか出来なくて」

「電話してないから、助けに来ることが出来る方が稀だと思うけど……」

「そうかもな。でも、助けたかったな」

「何かあってから、終わって後悔しても遅いんだからさ……」

「分かってる、それくらい。……外で立ち話もなんだ。恋の家で休憩だ」

「な、なんで恋の家?」

「事情聴取みたいなのも含めてさ、色々と」

「それくらいならダーリンの家で……」

「女を分かってるのは『女』だけだろ? それに、愁に見られたいか?」

「いいよ、別にもう」

「正直、お前の裸体とか僕は見たくない」

「何で?」

「魅力がないわけじゃない。けど、それでお前が傷つくのなら、やめてほしい。ただそれだけだ。唯でさえ心も傷ついているんだ。今のお前には、もっと楽にしていてもらいたい」

「……やっぱりさ、ダーリンって格好良いな」

「なんだよそんな唐突に?」

「レイプ魔の男達、めちゃくちゃ嫌だった。私に薬飲ませて、起きたらとっくに夜だった。……その間に、色々とあったみたいで。身体にも色々と文字が書かれているんだ。R18の単語がいっぱい」

「……その男達はどんなだった?」

「『デスブレインウォッシング』って手紙に書いてあった」

「デスブレイン……ウォッシング?」

 聞いたことのない名前だ。……『ブレインウォッシング』、つまり『洗脳』という意味だ。『デス』ということは、『死』を意味している。……『洗脳して殺す』という意味でもあるのだろうか。

「そう。……私も調べてみたんだよ。そしたら――」

 ちょっとは話が早すぎるような気もしなくもなかったが、調べてくれたのは有難いという言葉ほか無い。

「――DDAとの繋がりがあることが分かった」

「DDA……だと? ……それはともかく訴えないのか?」

「訴え無くていいよ。……ダーリン、心配してくれて有り難う」

「心配くらいさせろバーカ。……まあいい。入るぞ」

「いいの?」

「大丈夫だ」

 僕はインターホンを押して恋に承認を得た上で、恋の家のリビングへ向かた。エリザを抱き寄せながら。恋の表情は堅苦しいかったが、それでも流石はお節介屋の幼馴染だ。救急バックから、妊娠したか判定するアレを持ってきた。

「用意周到だな、おい」

「まあね。……ただ、直ぐには判定できない。だから、あの日が来るまで……って、ああもう、お前は聞くんじゃない!」

 恋が僕の背中を蹴ってきた。『これは女の子の話だ! 男は聞くな!』と一言言うと、僕をうつ伏せにさせて、その上に座ってきやがった。

「痛いわ!」

「あ、ごめん」

「お前、絶対今の悪意あっただろ?」

「悪意はなかった」

「あっただろ!」

「ごめん。……ただ、本当こういう話はお前が聞いても意味ないから」

「そりゃあ男だもん」

「……じゃあ耳塞げ!」

「面倒くせえ……」

 僕はそういってため息を付いてから耳を塞いだ。


「……いいよ、耳塞ぐのやめていいよ」

 恋にそう言われて僕は耳をふさぐのをやめた。恐らく30秒程度だろう。

「……病院行って、ピル貰ってこい」

「ピルって……アレ、だよな?」

「そうだ。お前も知ってると思うけどな、エロゲーマー」

「う、うっせえ! ……それで、それを買ってくればいいんだろう?」

「違う! 正確には処方だ。……ただ、お前が行くのもな」

「彼氏じゃないし、それこそ大変なことになるかも……」

 責任をとれ、だとか、病院で変な方向に走っていったら嫌だ。僕は無関係者なんだ。確かにエリザを助けようとしているのは事実だけど、決してレイプとか、そういう犯罪をしている訳じゃないんだ。

 と、その時ヒントがもたらされた。

『我と身体を入れ替えればいい』

『サタン?』

『ああ、正解だ。我だ』

 そう言うと、サタンは魔法陣を作り出して、そこから自らの力で自分を召喚した。……身勝手にされるのはあんまりいい気分ではないが、そんなこと言っている暇があるなら、早く病院に行きたいものだ。

「き、君は誰……って、この前の凛音に似てる!」

「いや、身体入替えただけだけどね」

「そうだったっけ。……忘れちゃった」

「そか。……んじゃ、身体入替えて『親友の女』設定でいいよな?」

「いいんじゃないかな。だって、凛は無罪じゃん」

 そう。僕は無罪だ。裏付ける証拠だってある。……ただ、病院に行ってピルを処方してもらう時、きっと聞かれると思うんだよな。「なんでこうなったか」って。そんな時、『レイプされた』って言えば、真っ先に疑われるのは僕だ。男の状態なら絶対に疑われる。……反面、女の体なら疑われない。そりゃあ体の作りも違うしな。

「――じゃあ、行って来い」

「はいはい。……じゃあサタン。身体入替、頼むぞ?」

 サタンはこくっと頭を下に下げた。そして、「せーの」と前に前振りのようなものを置いた上で、僕、そしてサタンは宣言した。

「――身体入替!」

 身体が入れ替わる。……またこの格好で生活することになるわけか。まあ、この前よりは全然マシだろうけどな。なにせ、この前なんて銭湯に行ったんだ。それより全然マシだ。

「じゃあ、行ってらっしゃい」

「ああ、行ってくる。……サタン、身体はそのままに戻れ!」

 サタンを戻して恋から適当に僕とエリザは服を借り、僕は脱衣所、エリザはトイレで着替えてから、僕とエリザは病院へと向かった。


 ***


 夜9時30分。昨日に引き続き、今日もこんな時間に外に出歩いている。……寒いもんだな、本当。何か温かいものでも食いたいなあ、なんてそんなことを思いながら歩く。

 

 結局、病院では『今のところは大丈夫』との事だった。そりゃあまだ『あの日』は来てないのだし、『大丈夫』と考えるのが普通かも知れないが、そういう医療系には詳しくないので、僕もあんまり言及しないようにしたい。

「ねえ、ダーリン」

「ん?」

「ごめんね。……『ダーリンの子供は私が作る』とかさ、バカな事ほざいてたのに、レイプされて、涙も出ないくらい傷ついて……。本当、バカだ」

「何がバカだよ」

「どうせああいう事ばっかり言ってるから『ビッチ』とか思ってたんでしょ?」

「思ってないけど? ……もしかして、まさか初めてをレイプで奪われた……とか、そんな悲しいこと言わないよな?」

「……その、うん。悲しいことになっちゃった」

 ニッコリしてた。……絶対、こいつは本心でにこやかにしているはずがない。絶対、心のなかで悲しさに押し潰されそうになってしまっているんだろう。瞳はうるうるしてるわけじゃない。何か隠しているような素振りもない。でも、心のなかに、話したくない片付けたい、そんな何かが眠っているのは分かった。うっすらながら。

「――寒いな」

「くっついていい?」

「勝手にしろ」

「じゃあ、くっつかせてもらいます」

「……今の僕は『ボクっ娘の女』って認識されてるみたいだけどな」

「ダーリンは女の子だったとしても、私を守ってくれるでしょ」

「100%とは言えんぞ。僕は執事って訳じゃないからな」

「いいよ、そんなこと気にしてないから。……じゃあ、さ。コンビニ行かない?」

「どうしてさ?」

「お、お、おトイレ……」

「……そ、そか。ごめん。ちょっと、それは聞かないほうが良かったかな?」

「いいよ別に。……和式じゃないよね?」

「ほとんどのコンビニは洋式だろ? お前まさか……」

「べ、べ、別に和式を使えないってわけじゃな……はっ!」

「自分から言っちゃってるよ……」

「わ、わ、忘れろ!」

「ちょっと今の可愛かった」

「……ダーリンって偶に『可愛い』とか言ってくれるよね。主人公だわ」

「うっせえ、メタ発言すんじゃねえ。これはギャグラノベじゃねえんだよ!」

「はいはい。で、でも本当コンビニ……」

「僕は一応サディストの気があるから、いいんだぞ、強引に家まで歩いて帰っても」

「ふ、ふざけんな! そんなん私が許さな……」

「力じゃ僕のほうが強いんだぞ」

「今のダーリンは女の子だから弱……くないか。サタンだもんね、身体は」

「ああ」

 確かに心と体は別になった状態だから、この体を使いこなすのは至難の業かもしれない。けれど、それを乗り越えれば良い話だ。僕は『やると決めたら最後までやる』って人間だから、直ぐに折れたりはしない。

「……じゃあ、逆らえないってことか。……でも、そんな酷いことしないよね?」

「僕は人を傷つけて喜ぶような人間だ。けど、愛を持たずに傷つけるのはしない主義だ。……だから、お前が本当に嫌がっているならしないぞ」

「じゃ、じゃあしないで! 早く、コンビニを見つけて!」

「はいはい」

 僕はまた溜息をつく。大体ラノベの主人公って僕みたいな奴、もしくは顔が不良っぽいけど心は違うとか、そんな奴。前者の場合は、僕みたいに『顔が女っぽい』とか、『やれやれ系』とか、『ヒロインに振り回される』とかが多い。……後ろ2つは後者も同じか。

「あ、あった……よ!」

 エリザが大きく声を上げた。けど、股を閉じてガクガク震えていた。……一応、今の僕は『女』なので、こんなにくっついていると『レズビアン』と思われなくもないだろう。ただ、僕はそう思われるのは嫌だし、エリザにはもっと気を使ってもらいたいものだ。

「行ってこいよ」

「い、嫌に決まってんだろ! ……つ、付いて来い!」

「何でさ?」

「……こ、怖いんだよ!」

 それもそうか。……けど、ここはコンビニだ。レイプで色々とされたとはいえ、僕がトイレにまで監視するのは少々疑問が残る。

「……あのさ」

「何さ?」

「レズビアンって疑われたくないから、トイレ行ったら直ぐに着替えていいかな? ……ああ、別に変な意味は無いし、お前に見せようと思ってるわけでもない」

「変態」

「違うからな?」

「だよね。ダーリンはそうだよね!」

「ああ。……ほら、行くぞ」

 ちょっと急ぎ足で僕はエリザを連れてトイレへ向かう。……やはり、身体が入れ替わっても心が元のまま。年頃の男であるから、トイレにいく途中にあるエロ本のコーナーに目が行ってしまう。

「変態」

 トイレに入って、直ぐにエリザがそういった。

「酷いな、おい。……でも、否定はできないんだよな」

「だよね。……じゃ、先に着替えろ」

「はいはい。……サタン、召喚! 身体入替!」

 一瞬にして身体が入れ替わる。……結構早く言ったため、5秒程度ラグが発生してしまった。魔力はコンピュータで動いているわけじゃないけれど、サタンだって命令を聞いて実行するまでに時間がかかるはずだし、そのくらいのラグは仕方がない、と一言で終わらせて問題はないだろう。

「……よーし、元の姿に戻ったぞ」

「じゃあ、早く出ろ」

「何で? ……って、あ、そうだったな」

 トイレの事をすっかり忘れていた。……なんてこった。


 トイレから出て、適当にコンビニの中を屯する。特に欲しいものがあって来た訳じゃないからそれと言って所持金は多くない。5000円程度だ。正確には5000円なんてキリの良い数字じゃないけど、まあそれくらいであるのは確かだ。

「お前、前に何処かで……」

 突然、僕は誰かに話しかけられた。それは誰だか直ぐに分からなかった。その女は、僕も何処か出会ったのは覚えているんだが、名前が覚え出せない。そんな女。そんな奴が声を掛けてきた。

「思い出した。……お前は、凛!」

「ああ。僕の名前は凛だ。……けど、一体何故だ? 何故名前が分かるんだ?」

「この前バトったじゃないか」

「バトった……?」

「紅月クレイア、名前は知ってるだろ?」

「ああ。……待て。まさかお前、紅月クレイアの……」

「そう。主人だ。けれど、魔法少女ではない」

「……あの、この前ニュクスが殺されそうになったあれやめろよ?」

「ごめん。あれは、本当はニュクスを殺そうとした訳じゃないんだ。……けど、何かあの紅の髪を見た時、黒の髪を見た時、私の何かが壊れそうになった。なぜかは分からない。けれど、それが壊れそうになったのは事実だ」

「……トラウマだとか、そういう事か?」

「そうかもしれない。けど、そうじゃないかもしれない」

「……はっきりしろよ」

「ごめん。ただ、これだけは事実だ。私は、君、エリザ、里奈、その三人に関わりを持つ者全てを殺す気はない。……事実だ」

「そうか。じゃあ、悪魔も殺さないでくれ」

「悪魔は殺さないが、魔族を殺すかもしれない」

「何故だ?」

「……私も魔法少女ではないけど、魔族を倒すことの出来る女だからな。だから、魔族討伐関しては一切手加減はしない。それが私の基本概念だ」

「そうか」

「……それと、君に言っておかなければいけないことがある」

「何ですか?」

「……君は、『DDA』を知っているな?」

 彼女は唐突にDDAの話題を切り出した。今までの少しだらけた印象とは裏腹に、真面目な顔でこちらをじっと見てそう言った。

「あ、は、はい……」

「……君はきっと傷つくことになる」

「何で……ですか?」

「DDAに関して、君が様々な事を調べたりしたのなら、その分だけ君は傷つくことになる。……だから、今のうちに色々と覚悟しておいた方がいい」

「……じゃあ、一番最初に誰が傷つくんですか?」

「だから何度言ったら分かるんだ。『君』が傷つくんだ」

「僕……が?」

「そう。君が。……だから、覚悟しておくんだ。文化祭で、嫌な事がある気がする。……知らせておきたかったんだ。ごめんね、変な事言って」

「いや、別にそんな……」

「あ、そろそろ夜10時だ。私は先に行くよ。じゃあ」

「ま、待ってください!」

「何?」

「あの、名前を……」

「東條マドレーヌ。日本人の父とアメリカ人の母を持つ、帰国子女。じゃあ」

 そう言って彼女、いやマドレーヌは消えていった。右手を差し伸ばして止めようとしたわけでもなく、ただ消えていくマドレーヌを見ていただけだった。

「待った?」

 狙ったのだろうか、と思ってしまうようなタイミングだった。トイレからエリザが出てきた。……こちらはドイツ人同士の両親を持つ女だ。さっきのマドレーヌと同じく、帰国子女である。……ただ、エリザの場合は『帰国子女』とは言っていいのか否か。義務教育期間を終えてから、しかも高校3年の冬に日本に来たのを『帰国子女』と呼んでいいのか……。

「待ってねえよ」

「どうせエロ本呼んでたんでしょ。ダーリンも懲りないよねえ」

「それは僕じゃなくて愁や梨人だろ」

「……そうだね。ダーリンは『凛最高!』じゃなくて、『エロゲー最高!』っていう人だもんね。そっか。じゃあ、仕方ないか」

「……その『岡●最高!』みたいな言い方やめてくれないかな?」

「何故そういう風に捉えたのかってツッコんでいいかな?」

「勝手にどうぞ。……てか、ツッコむってことはこれギャグラノベだよな?」

「ほらまたメタな発言した」

「う、うるせえ! ……よし、帰るぞ」

「折角コンビニ来たんだし、何か買おうよ。……肉まんとか、アイスとか」

「冬の夜にアイスを食うっていうのかよ。……マジかよ」

「アイスは夏じゃなくて冬に食べるからいいんだ!」

「それはお前の勝手な考えだろ。……だから、勝手に押し付けんな」

「……ちっ。じゃあ、肉まんでいいよ」

「買わせることは同じなんだな。……今月小遣いピンチなのに」

「5000円あるだろうが!」

「お、お前人の金まで……」

「だ、ダーリンと私は運命共同体というか、なんというか……」

「まーたお前のそういう話始まった。……悪くはないんだけど、なんかついていく気になれないんだよなあ」

「な、なんだってー!?」

「驚きすぎだ。前から分かってたくせに」

「まあね。……あーあ。早く肉まん買えよ」

「急かすな。……あ、じゃあピザまんと……なにまんにする?」

「ダーリンと同じのがいいー!」

「……ピザまん一つしか無いぞ?」

「……じゃあ、ダーリンと同じのでいいよ」

「じゃあ、ピザまん一つ」

「168円です」

「つり銭要らないんで」

「いや、お客様それは……」

「ああ、じゃあお願いします」

 正直、8%の消費税って結構面倒くさいよな。10円とかさ、そういうキリの良い数字ならまだしも、8円玉なんて無いし。いっそ消費税8%にするくらいなら直ぐに10%にしてしまえばよかったものを。……それこそ、今から5%に下げるのも、オリンピックとか控えているからし難いだろうし。

 政治とかって結構難しいよな、本当。

「32円のお釣りです。お確かめください。有り難うございました」

 つり銭を貰い、僕は財布に入れてレシートも共に入れる。レジ袋に入っている肉まんをエリザが直ぐに取り出そうとした時、会計をしてくれた店員が、「お客様、店内飲食はおやめください」と、注意してきた。

 エリザはシュンとしてしまった。店を出た後に、僕はエリザを少々バカにした。

「お前怒られたな……」

「う、うるさいなっ!」

「……まあ、ドンマイ」

「くっ」

 むっとこちらを睨んでいるエリザ。店員に注意されたのを僕が揚げ足を取ったのが要因だろうな。ただ、謝ろうにも何か謝りづらい。

「……さ、帰るか」

 エリザは、機嫌を損ねたままだったが、僕の言うことを聞いてくれた。


 僕とエリザは、夜11時くらいに家についた。魔力を使っても良かったのだが、エリザが機嫌を損ねているので、少々エリザの機嫌を治そうとしたのだ。

 自宅から三宮までは1キロ以上あるので、寒い中、暗い中歩くのは辛かったけど、たかが1キロだ。ゲームばっかりしているからこうなったんだろうな。

 そんなことを思いながら、僕とエリザは自宅へと戻った。

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